婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア

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獅子の審判

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 フェアリュクトが駆けつけた瞬間、シャンフレックの胸には安堵が押し寄せる。
 過去にも似たような光景を見たことがあった。
 あれは……そう、グラバリの惨劇でアルージエの故郷を襲った賊を、フェアリュクトが次々と斬り伏せていた光景だ。
 奇しくもあの時の三人がまた揃っていて、状況も似ている。

 先程、シャンフレックが髪どめを付けて放った矢。
 フェアリュクトとデュッセルがいると思われる方角に向けて撃った合図は、無事に届いたようだ。

 兄ならばシャンフレックの合図に気づいてくれる。
 そう確信していた。
 アルージエは全身に感じる痛苦を抑え、何とか立ちあがった。

 「フェアリュクト……殿……」
 「聖下、どうか御身はお労りを。これまでの無礼の数々、お許しください。よくここまでシャルを守って下さいました」

 フェアリュクトはアルージエを庇うように前へ出る。
 そして眩い剣身を賊たちへ向けた。

 「フェアシュヴィンデ公爵令息、フェアリュクト・フェアシュヴィンデ。王家に叛意ありと見做し、貴様らを断罪する」

 さしもの賊たちも、たちまちに顔色が青褪めた。
 『雷光獅子』フェアリュクト・フェアシュヴィンデは王国最強の剣士。
 ヘアルスト国内では名を知らぬ者がいないほどの猛者である。
 もちろん賊とて例外ではない。

 「クソっ、逃げ……」

 リーダーが率先して身を翻し、その場から逃亡しようとした瞬間。
 彼の足に鋭い一閃が走る。
 フェアリュクトの目にも止まらぬ斬撃である。

 「なっ……!? い、いてええぇ!」
 「他の賊供も、無駄な怪我をしたくなければ大人しく投降することだな。どちらにせよゲリセン・ウンターガングの配下である以上、厳罰は免れないだろうが」

 フェアリュクトは知っていた。
 このバンディト山賊団はウンターガング領の村民であると。
 彼らは必然的に賊にされたのだ。

 ゲリセンの狡猾な企みによって交易路を断たれ、あえて苦しい生活を強いられることで……山賊になるようにコントロールされている領民。
 残念なことに、領主が領民を賊として飼いならすことは珍しくない。
 フェアリュクトはそんな彼らに憤懣と憐憫の情とを同時に抱いていた。

 「くそっ……こんなの無理だ! 投降する!」
 「お、俺も……雷光獅子に勝てるわけないし」
 「最初から無理な話だったんだ……」

 一人の賊が投降すると、他の賊も次々と武器を手放していく。
 早々に諦めた方が良いと悟ったのだろう。
 賊とは本来、己の利益を求めて動くもの。
 抵抗を続けても無益だと悟ればその時点で終わりだ。

 フェアリュクトに続いてやってきた騎士たちに賊は取り押さえられ、その場は収束する。
 だが、他の場所では依然として戦いが続いているようだ。
 危機が去ったのを確認すると、すぐにフェアリュクトがシャンフレックのもとに飛んできた。

 「シャル、無事か?」
 「私は大丈夫! それよりもアルージエが……」

 応援が来るまで戦い続けたアルージエは満身創痍。
 全身に傷を負い、今にも倒れてしまいそうだった。
 だが、彼は奮起する。

 「この程度の傷、なんてことはない。あの惨劇の時とは違い、今は自分の力で立ち上がれるのでね」

 アルージエが瞳を閉じ、十数秒祈りを捧げると彼の傷は徐々に塞がっていく。
 胸元に受けた大傷はまだ完治していないが、一見して無傷のように見えた。
 これでシャンフレックを心配させることもないだろう。

 フェアリュクトはアルージエに跪き首を垂れる。

 「聖下。まだ戦は続いております。神殿騎士の一団まで案内いたしますので、どうか妹と共にそちらで安静に」
 「わかった。だが、デュッセル王子は無事なのか……?」
 「はい。彼もまた俺と同じく勇猛の士。未だに指揮系統は崩れておらず、デュッセルは健在です。聖下が予め教えてくださったおかげで、ウンターガング家が山賊団を秘匿していることがわかりましたから」

 シャンフレックを救出しに来る前、アルージエとデュッセルは合流していた。
 その際にシャンフレックの居場所、救出の手順、そして相手の規模などを話し合っていたのだ。
 バンディト山賊団を制圧するほどの大規模な騎士団を用意したのも、両者の合流があってこそ。

 「僕にはまだ教皇としてやるべきことが残っている。シャンフレック、きみは最後まで僕の役目を見届けてくれるだろうか」
 「ええ、もちろん。でもその前に……」

 シャンフレックには伝えなければならない言葉がある。
 彼女は汚れてしまったスカートの裾を持ち上げる。
 慣れた所作でカーテシーをした。

 「私を助けてくれてありがとう。あなたがいなければ、私の命はありませんでした」

 シャンフレックの感謝を受けて、アルージエは目を丸くした。
 まさか彼女に助けられてばかりだった自分がこうして感謝されるとは。
 アルージエにとって、これは数ある恩のうち一つを返したに過ぎない。
 そして、恩など受けてなくともシャンフレックを助けることに変わりはなかった。

 「その言葉が聞けただけでも幸せだ。さあ、危なくなる前に早く騎士団のもとに行こう」

 シャンフレックはアルージエに手を引かれて駆けていく。
 そんな二人の様子を、フェアリュクトは微笑ましく見守っていた。

 「あの方になら……安心してシャルを任せられるか」
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