どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第31話

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「正気ですか、オーストンさん! コメだかなんだか知らねぇけど、んなもんがうちの畑で育つわけないですよ!」

 背後から怒声が飛んだ。
 声の主は若い農夫だ。

「んだんだ! いくらフェルト王女の言うことでも、信じられるわけねーべ!」
「所詮、王女様は俺らとは住んでる世界が違うんですよ!」
「飢えたことだってねぇくせに! だからそんな無責任なことが言えるんだ!」
「最近は顔も見せなかったしな! 内心じゃ、俺らの生活なんてどうでもいいと思ってるんだろ!」

 一人の声を皮切りに、次々と飛び交う非難の叫び。
 彼らの目に宿っているのは、怒りよりも恐怖だった。
 長年の失敗の記憶が、やはりまだ彼らを縛っているのだ。

「みんな……」

 気持ちは理解できる。それでも……やっぱり胸が痛かった。
 説得がうまくいかないことよりも、かつて共に汗を流した彼らに「住む世界が違う」と言われたことが。
 ……それでも引き下がれない。もう一度、きちんと伝えなくちゃ。
 この国の未来のためにも――。

 ――しかし、そう思って私が一歩前に出ようとしたところで。

「おいてめえら、今なんつった! フェルト王女が俺たちのことをどうでもいいと思ってるだと? ふざけんな! よくそんなことが言えたな!!」

 オーストンが私を手で制し、怒鳴り声をあげた。
 あまりの声量に、一瞬鼓膜が破けてしまうのではと思った。

「俺らは知ってんだろうが! 不作になりそうだったとき、知恵を貸してくれたのは誰だ! 俺らの持ってるこの鉄のクワを見ろ! これを作ってくれたのは誰だ! あの木だってそうだ! あんな大木、俺らじゃ到底どうにもできねぇもんを切り倒してくれたのは誰か、忘れたわけじゃねぇだろ!」

 いつぞやの農作業のときに切り落とした大木。
 魔力持ちで身体能力を強化できる私は、昔からよくそういう手伝いもしてきた。
 他にも錬金術を学んでからは、作物がよく育つ肥料の配合を考えたり、耕作用の道具を自作してみんなに渡したり。

「王族だから飢えたことなんてない? ふざけんな! この国がろくに食べるもんがねぇのは、誰だって知ってんだろ! でなきゃ、シルフィーナ様が他国に嫁ぐなんてことになるはずがねぇ!」

 心優しいシルフィーナ姉さんは、民たちにとっても憧れの的。
 姉さんが進んでこの国を離れたわけじゃないことは、アストリア国民であれば誰しもが知っている事実だった。

「それなのにフェルト王女は忙しい時間を縫って、んな義務もねえのに、俺らの作業を手伝ってくれてたんだ! 少しでもこの国を良くしたいって歯を食いしばりながらな! そんな人が俺たち民をどうなってもいいと思ってるとか、そんなわけゼッテーありえねぇ! そんくらいお前らだって本心じゃわかってんだろ!?」

 オーストンはなおも続ける。

「なあ! こんなに俺たちを想ってくれて、知識もあって立派な人が俺たちなんかのために頭まで下げてくれたんだ! ならもう一回、難しかろうがみんなで力を合わせて協力しようぜ!」

 オーストンの叫びに、場が静まり返る。

 私も何か言わないと――。
 そう思うけど、うまく言葉が出てこなかった。
 感情があふれすぎて声にならない。こんな気持ちは初めてだった。

「…………」

 しばしの静寂。
 やがて最初におずおずと口を開いたのは、先ほど声を荒げていた若い農夫だった。

「……フェルト王女、悪かった。全部オーストンさんの言うとおりだ。でも、やっぱり俺らも不安で……」
「俺もだ。一昨年、弟が飢えて死んでな。そのときのことがついよぎっちまって……本当に申し訳ねぇ」
「情けねぇぜ。不安なのは王女様だって同じはずだろうに。恩があるのも棚に上げて、自分たちだけ下を向いて」
「ああ。フェルト王女はこの国のために、いつも前を向いてくれてたってのによ」

 次々に反対していた者たちが頭を下げる。
 皆が本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

「……いいえ。いいのよ、みんな」

 そんな彼らに、私もやっと微笑みながら声をかけた。

「私も配慮が足りなかったわ。あなたたちの不安を、ちゃんと受け止めなきゃいけなかったのに。でも――納得してくれて、本当に嬉しい。そして、信じてくれてありがとう」

 その言葉を境に、場の空気がふっと和らいだ。
 笑い声が少しずつ戻り、皆の顔にも笑顔が灯る。

 ……よかった。
 一時はどうなるかと思ったけど、きちんとみんなが納得してくれて。
 それどころか、お互いがしっかり想いをぶつけ合ったことで彼らとの絆が深まったような気がする。

 必ずや、この地に黄金色の田園風景を築き上げよう――。
 みんなの顔を眺めながら、私は心の中でひっそりとそう誓った。


 ***


 説得が終わったあと、私はリヒテル兄様と共に城へ戻った。
 行く前は緊張で胸がいっぱいだったのに、今じゃもうすっかり抜けていた。

 ……けれど一方で、頭の片隅にはずっと引っかかっていた疑問もあった。
 だから城門をくぐったところで私は立ち止まり、お兄様に声をかけた。

「ねぇ、リヒテル兄様。ひとつ聞いていいかしら?」
「なんだい?」
「今回の件、もしかしてリヒテル兄様はあえて私に彼らの説得をさせたの? だとしたら、どういう目的?」
「……ほう。どうしてそう思うんだい?」
「だって変だもの。冷静に考えたらリヒテル兄様の話術があれば、彼らに稲作の安全性や重要性を説いて説得させるくらい朝飯前のはず。なのに私にやらせたってことは、なにかしら理由があってしかるべきじゃないかって」
「ふっ……さすがは我が妹。そこまで気づくとはね」

 リヒテル兄様がわずかに口の端を上げる。

「そうさ。実を言うと、僕には彼らを納得させる別の策があった。でも、それよりフェルトをぶつけたほうがいいと思ったんだ」
「やっぱり。でも、なんでまた?」
「…………」
「……お兄様?」

 私が怪訝そうに見つめる中、リヒテル兄様の足がピタリと止まる。
 夕日が背中を照らし、金色の髪が光に揺れた。

「理由は二つある。まずその一、今回の件をうまく使えば、開拓民の中心人物であるオーストンの忠誠がより強固になる。そうなれば、民たちの支持は一層フェルトへと傾くだろう。それはいずれ、フェルトが王になるとき必ず活きてくる」
「そういうことでしたか。でも私、そういう打算的なやり方はあんまり好きじゃないんだけど」
「それも含めて政治だよ」

 リヒテル兄様が肩をすくめる。
 ああ、そういえばこういう人だったわね。
 まあでも、リヒテル兄様なりに先を見据えてのことだから今回は何も言うまい。

「そして、その二。こっちのほうが重要かな。フェルトに教えておきたかった。僕がフェルトの何を恐れていたのかをね」
「リヒテル兄様が、私を……恐れていた?」
「ああ、恐かったよ」

 お兄様は淡く笑って、少しだけ視線を落とした。

「フェルト、君は昔からいろんな人を助けてきたよね。けど、そのたびに“これは自己満足だから”って笑っていた。たしかにやってきたこと一つ一つは小さいさ。国全体で見れば些細なことだ。でもね――その小さな積み重ねが、いつの間にか“大きな力”になっていたんだ」
「大きな力……?」
「民の信頼、だよ」

 リヒテル兄様はまっすぐに言い切った。

「さっきの光景がいい証拠さ。フェルトの言葉なら、みんな信じてくれる。そういう力がフェルトにはある」
「そうかしら? でも、さっきの説得は結局ほとんどオーストンがしてくれたようなものだと思うけど……」
「そのオーストンを説得したのは? それに彼の言葉が開拓民たちに響いたのは、土台となるフェルトの行動あってこそだ。それこそ長年の積み重ねであり、一朝一夕で作れるものじゃない。それは何よりも価値のあるフェルトだけの宝であり、最強の武器だ」
「最強の……武器」
「ああ。そしてそれは、僕には手に入れられなかったものだ」

 そう……なのかしら。自分ではぜんぜん自覚がないけど。
 私はただ、みんなの生活が少しでも良くなればって……。

「いいか、フェルト。これから君は王になる。その前に覚えておけ。フェルトが言っていた“自己満足”――その積み重ねこそが信頼を生む。それがあるから、この国は変われるんだ。お前がやってきたことは、何一つ無駄じゃない」
「!」
「僕が今日わざわざこんなことをしたのは、王になる前にフェルトに自分の武器を理解させたかったからなんだ。いいか、錬金術なんて所詮は道具にすぎない。それで国を変えられると思うのは甚だ思い上がりというものだ」

 ……そのとおりだ。
 道具はあくまで道具。活かせるかどうかは、いつだって使い手次第。

「僕が心から恐れていたのは、フェルトが勝ちえた民の信頼だよ。それを忘れるな。そして、絶対に失くすな。もし失くしたなら、そのときは容赦なく僕がこの国をもらう」

 言い終えると、リヒテル兄様は静かに歩き去っていった。
 私はその背に小さく呟く。

「……ありがとう、リヒテル兄様」

 ――無駄じゃない。

 その一言が、どうしようもなく嬉しかった。
 ずっと心のどこかで求めていた言葉。
 もどかしい思いを抱えていたあの頃、自分のしていることが意味を持たないように思えて何度も迷った。

 でも、リヒテル兄様のおかげでわかった。
 私がやってきたことには、ちゃんと意味があったんだ。

「……けどそれにしても、グロウ兄様もリヒテル兄様もどうしてこんなに私に良くしてくれるのかしら。昔はあれだけつっけんどんだったのに」

 もしかしたら口では認めつつも、二人にとって私はまだまだ頼りない王であり、妹なのかも。

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