どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第33話

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「でもやっぱり、殿下もすごいよ。逆に言えば、殿下が宝剣を手にしたら同じレベルになれるってことだし。そんな人、大陸中を探してもそうそういない。いたとしても、せいぜい数人ってところだろう」
「たしかにね」

 それだけの戦力を計算に入れられるのは大きい。
 現在のアストリア王国にとって最大の脅威はローム帝国ではなく――あくまで隣国。
 国が豊かになれば、いずれまた狙われる。
 それは歴史が証明してきたこと。

 もちろん理想としては武力に頼らない解決が最善だ。
 けれど、“戦って対抗できる手段がある”ことと“まったくない”ことでは、選択肢の幅がまるで違う。
 力があるからこそ、平和的な交渉のテーブルにだってつける。
 ……ちょっと皮肉だけど、これが世界の現実。

「ただ、そんなグロウ兄様に追いつきかけているギルも、私から見たらやっぱりすごいわ。もし勝てたら、そのときは二人でお祝いしましょ」
「お祝いかぁ」

 私の思いつきに、ギルも表情を明るくする。

「いいね。そのときはせっかくだし、なにか特別なことでもしたいね」
「特別なこと?」
「ああいや、具体案はないんだけど。なんとなくふと思っただけ。あ、別に無理にとは言わないよ。俺にとっては、フェルトと二人で過ごすだけで十分特別な時間だし」

 ……まったく。またそんな惜しげもなく恥ずかしいセリフをさらっと言う。
 でも、特別なことか。
 たしかにいいかもしれない。

 私たちに限らず、この国はもうずっと余裕のない日々を過ごしてる。
 ここらで少しくらい息抜きや贅沢をしてもバチは当たらないはず。
 問題は、じゃあ何をするかってところだけど……。

「あ、そうだわ。花火を上げるっていうのはどうかしら?」
「ハナビ?」

 ギルがキョトンとする。

「それっていったいなんだい? また錬金術の発明?」
「あ……そっか。この世界には花火なんてないのね」

 そうよね。いまだに兵士の主力が剣と弓だけだもの。
 この世界にはまだ火薬という概念すら存在しない。
 魔術によって爆発という現象こそ知られているものの、それを人工的に生み出す物質の製造など誰も想像したことすらないだろう。
 でも、錬金術を会得した今の私ならきっと再現できるはず。

「そうね。言うなれば、“空に咲く炎の花”ってところかしら」
「炎の花? それはまたなんともとてつもない……」
「ええ。とても綺麗で華やかなのよ。まるでギルのその赤い髪みたいにね」

 ギルの持つ真紅の髪は美しい。
 華麗で閃光のような剣技と相まって、私は彼の戦う姿を見ると時折見惚れてしまう。
 前世でも今世でも、何の変哲もない黒髪に生まれた私としては密かな憧れだ。

「はは、そんなこと……」

 ギルが頬をかき、照れたように笑う。

「でも、空に咲く炎の花か。なんだかすごくロマンチックだね。見てみたいかも」
「ええ。夜空に煌めく姿はまさに圧巻よ。きっとギルも気に入ると思うわ」
「楽しみだな。こうなったら是が非でもグロウ殿下に勝たないとね。また負けられない理由が増えたよ」

 ギルが微笑みながら拳を軽く握る。
 その横顔は少年のようで、けれどどこか誇らしげだった。
 と、そこで――彼がふと呟く。

「ただ、褒めてくれたのは嬉しいけど、俺はフェルトの黒い髪もキレイだと思うよ。少なくとも、俺は好きだ」
「!」

 ……この子は本当にもう。
 うん、決めた。
 形だけの小さな花火じゃなくて、夜空いっぱいに咲く本格的なものを作ろう。
 忙しい日々の合間を縫ってでも絶対に成功させてみせる。
 私もギルと一緒に、あの空を見上げたいもの。


 ***


 ついに――この日がやってきた。

 ギルとグロウ兄様が剣を交える、決闘の日。
 場所は海辺ではなく、王城の中にある騎士団の正式な訓練場。
 ふだんは海沿いで塩田づくりに勤しむ兵士たちも、この日ばかりはすべての作業を中断して戻ってきていた。
 主君であるグロウ兄様の勇姿を見届けようと、誰もが整列している。

 観客席にも、すでに大勢の民が詰めかけていた。
 王族同士の決闘は“儀礼”であると同時に、国の行く末を決める大事な“祭事”でもある。
 リヒテル兄様の計らいで一般公開されたこの一戦は、すでに民たちの関心を一身に集めていた。

 貴賓席には国の重役たちが勢ぞろいし、その一角には珍しく弟のライルの姿もあった。
 近衛のモーリスを伴って登場したライルに、観客席からどよめきが起こる。
 普段は病弱で人前に姿を見せることがほとんどないため、その愛らしい笑顔をひと目見ようと民たちは一斉に前のめりになった。

 チラッと目の合ったライルが微笑んでくる。
 私は少しだけ緊張がほぐれた。やはり癒し。

「我が兄、グロウ=アストリア。そして我が妹フェルト=アストリアの代理であるギルバート=ガルディーニ。両者の決闘、このリヒテル=アストリアが立会人となろう」

 決闘の場――訓練場中央のリングに、リヒテル兄様が進み出て宣言した。

 その左手側には、私とギル。
 対面には、威風堂々といった様子で直立するグロウ兄様。

 一カ月前、同じようにこの二人が相対した日のことを思い出す。
 あのときはまだ木刀を使った模擬戦だった。
 けれど今、グロウ兄様の手には愛剣である大剣が握られている。
 まさに歴戦の戦士にふさわしい風格ね。相手をするのは私じゃないのに、つい冷や汗が流れてしまう。

「決闘について改めて確認を行う。実剣を用いた真剣勝負。勝利条件は、相手の身体に一太刀入れること。そして敗者は王位継承権を放棄する。すでに第二王子である僕は継承権を放棄した。つまり、ここでの勝者が自動的に次期国王となる。――両者、異存はないね?」
「問題ない」
「はい。構いません」

 両手を広げて左右に向かって促したリヒテル兄様に、グロウ兄様と私が頷く。
 一気に張り詰める場の空気。
 兵士たちの鎧が、かすかに鳴った。

 ――そう、この決闘に賭けられているのは「王位」だ。

 敗者は王位継承権を放棄し、王となる資格を失う。
 もともとグロウ兄様とリヒテル兄様は、揃って王位継承権を破棄しようとしていた。
 けれど、軍部を中心に反発が起きた。彼らはグロウ兄様こそが王だと信じてついて来た者たち。納得できなかった。
 結果、リヒテル兄様だけが正式に放棄し、グロウ兄様の権利は残ることになった。

 もちろん本来なら強行して権利を放棄することもできた。
 そうしなかったのは、それだと兵士たちの心が私から離れてしまうから。
 王族の権威など、民の信頼を失えば形だけのものにすぎない。
 だからこそ、この「決闘」という儀式が必要だった。

 私の剣であるギルが勝てば、自然と兵士たちはその主である私を次期国王として受け入れるでしょう。
 ……もっとも、もし負ければその流れは一瞬で反転してしまうけれど。

「天と祖の御名において、いまここに王家の決闘を開く。この場に集う者すべて、剣の誓いの証人たれ」

 リヒテル兄様の澄んだ声が、静まった場内に厳かに響く。

「王家の血に誓い、この剣を抜く。我が身こそ正統の証、天命の刃なり」

 グロウ兄様が剣を引き抜き、宣誓の言葉を口にする。

「王家の誇り、この剣に託す。我が意は忠義の刃と共に在り。たとえこの身が剣を振るわずとも、我が魂は共に立つ」

 一方の私は王族特権を用いて、騎士であるギルバートを代役に指名する。
 これで舞台は整った。あとはいつでも始められる。

 ……が、そう思った矢先。
 グロウ兄様は一度剣を下ろすと、闘技場中に届く声量で言い放った。

「フェルト。始める前に今一度、改めてこの場で俺の考えを伝えよう。俺はお前の理想に協力すると言った。その気持ちは今も変わらん。俺はこの決闘で、お前と――お前が信頼するその騎士の勝利を願っている」

 ざわ……と風が変わる。

「え?」「どういうことだ?」「対戦相手の勝利を願うって……」

 困惑する観客席。
 その空気は波紋のように広がり、その一部からは小さく「まさか……八百長?」なんて言葉すら漏れ聞こえた。
 けれど、当の本人は眉一つ動かさない。

「だがな、勘違いするなよ。勝利は願っちゃいるが、俺は一切手を抜かん。お前たちが語る理想の正しさは、お前たち自身の力で証明するんだ」

 お兄様の足元から、土台ごと震わせるような圧が立ち上った。

「逆にもしできないならば、そのときは潔く潰れろ。身内の俺を越えられずして、強大な他国と渡り合うなどできるはずもない。そんな弱い理想ならここで潰れたほうがお前のためだ。そのときは容赦なく俺が王になり……この国を導く!」

 燃え上がる闘志が形を持ったみたいに、熱が押し寄せる。
 私は後ずさりしそうになった足を必死に踏みとどめた。
 ここで怯めば兵も民も、たやすく私を見抜く。弱い王に未来はない。

 グロウ兄様はくるりと背を向け、今度は兵たちへ拳を高々と掲げる。

「いいか、お前ら! しっかと見極めろ! 俺は全力で戦う! 全身全霊でもって、こいつらを叩き潰す! ――だから俺を超えたそのときは、フェルトと坊主を認めろ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 兵士たちの咆哮。拳の林。
 熱が観客席へも伝播し、歓声が一段高く跳ね上がる。

 そうか、グロウ兄様の狙いはこれだったのね。
 一度は自ら王位継承権を手放そうとしただけに、もし負けたときは「わざとだったのでは?」と疑念が残りかねない。
 それを払拭するために、兵士や観客を焚きつけた。

 さっきまでの静寂は吹き飛び、一転して観客席は興奮のるつぼだった。
 王国最強の武人が本気で振るう剣を見られることへの歓喜。
 さらにはその最強を超える者が本当にいるのか――ギルへ向けられる視線に期待の色が混ざっていくのがはっきりわかる。
 そこにはもう、八百長への懸念などない。

「……ありがとう、グロウ兄様」

 私は小さく呟いた。
 グロウ兄様は完璧なお膳立てをしてくれた。
 あとはもう、ただ勝つだけ。

「ギル、準備はいい?」
「ああ。……でも、ほんの少しだけ、やっぱり怖いかな」

 無理もない。この一か月、海での稽古でも結局一本も取れなかった相手だ。

「だから、君の力を貸してほしい」

 そう言ってギルが右手を差し出してくる。私はその手を握り返す。

「よし。もう大丈夫。あとは任せてくれ」
「ええ、お願い」

 ギルの瞳に迷いはなかった。
 私はリヒテル兄様とともにリングを降りる。残るは、二人だけ。

「俺を超えてみせろよ、坊主」
「殿下。修行では一本も取れませんでした。……でも、今日こそ勝ちます。フェルトと二人で」

 視線が交差し、興奮と緊張が最高潮に達する。
 リヒテル兄様が右腕を高く掲げる。

「二人とも準備はいいみたいだね。では古の誓いに従い、王家の定めを剣に問う――はじめ!」

 決闘が始まる。

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