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6話 朝
しおりを挟むビオレータのほっぺを誰かが、ムニッ… とつまんだ。
「…んんんん?」
眠りから目がさめて、ほっぺをつまむ誰かを見あげると… 姉の旦那様のクロードが、怖い顔でビオレータをにらんでいる。
「ビオレータ・デントン…! なんで君がここにいるのか、説明してもらおうか?」
「あ…… クロード様?」
寝室のカーテンが開けられ、窓からさわやかな朝の光が差し込み… クロードを照らしていた。
「説明しなさい!」
ビオレータのほっぺをつまむのをやめて、クロードは腕組みをしてニッコリ笑う。 顔は笑っているが、目が少しも笑っていない。
「…はい、あの… その……」
ううっ… どうしましょう?! クロード様… すごく怒っているわ?! 私がうちあける前に、クロード様に知られてしまったわ?! クロード様の笑顔が、とても怖いわ?!
「ビオレータ?」
子どものようにビオレータは、情けない言いわけをいくつもしてから… 結婚式の直前に姉のマグノリアが、手紙を残して家出したことを、クロードに話した。
フゥ―――ッ…… とクロードは、長いため息をつき…
「それならそれで、最初から言えば良かったのに…」
「クロード様のおっしゃるとおりです… 本当にすみません…」
ビクビクと怯えながら、ビオレータがあやまると…
「妻の名前がちがうのだから、神殿で誓いの言葉をいうところから、もう一度やり直しだ!!」
「…妻の名前?! あのクロード様… それはつまり、マグノリアお姉様ともう一度、結婚式をあげなおすという意味ですか?」
クロードはもう一度、ビオレータの頬をムニッ… とつまむ。
「君の純潔を奪ったのだから、君と結婚するに決まっているだろう? ビオレータ」
「まぁ…!」
クロード様は、お姉様を愛しているのに…?! ああ、どうしよう?! 誠実で高潔なクロード様なら、こうなることは予想できたはずなのに?! 昨夜はなぜ私は、そのことに気づかなかったのかしら?! 愛に目がくらんでしまったからだわ!!
「まぁ! …じゃないぞ、ビオレータ?! マグノリアの身代わりを引き受ける君もかなり非常識だが… 君の両親までマグノリアの悪戯に流されて付き合うなんて… 本当にどうかしているぞ?!」
「・・・・・・」
確かに… 昨夜はどうかしていたわ! 初夜までマグノリアお姉様の、身代わりをするなんて… 私のせいでクロード様は、愛するお姉様を妻にすることが、できなくなってしまったわ!!
私が予定どおり、初夜のまえにクロード様にすべてをうちあけていたら… 私はお姉様の身代わりをぶじにやりとげて… クロード様は愛する人を妻にできたのに… こんなことになるなんて…!
ビオレータは大きな罪悪感に、おしつぶされそうになり、血のけをうしなう。
「とりあえず、私は腹が減ったから朝食にしよう…」
「はい… 本当にごめんなさい、クロード様」
「もう、良いよ! 優しい君は、家族が困っているのを見たら、ことわれなくて押し切られて、受け入れてしまったのだろう?」
落ち込んだビオレータは、あたたかいクロードの手で頭をなでられた。
そんな風に優しくクロードに慰められると… よけいに自分が情けなくなってきて、ビオレータは涙がこぼれるのをがまんできなくなる。
「クロード様、ごめんなさい…! ごめんなさい…!」
お姉様の身代わりになることを受け入れたのは、私自身だわ…!
昨夜の初夜も、私がクロード様への愛をおさえられなくて、かってに純潔を捧げてしまった…
あの時の私は家族やお姉様のことなんか、少しも考えていなかった! 何よりも大切なクロード様の気持ちさえも…! 自分のことしか考えていなかった…!! 私は最低だわ!!
瞳からあふれ出したビオレータの涙が、ポタッ… ポタッ… ポタッ… と白いシーツに音をたてて落ちる。
「きつい言いかたをして悪かった…! 私はもう、怒ってないよ… ビオレータ?」
ビオレータが子供だったころのように… クロードは自分の膝の上にビオレータをのせて、泣き止むまで背中をなでて抱きしめてくれた。
「もう、怒ってないよ……」
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