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第1章 声だけカワイイ俺は廃嫡される
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「クラヴィス。お前を今日限りで廃嫡する」
16歳となる誕生日を翌日に控えたその日。
かれこれ1年以上まともに顔を合わせていない父から珍しく呼び出しがあり、執務室を訪ねたところ、冷ややかに告げられたのはそんな言葉だった。
「……」
驚きはしたものの、この展開が全く予想できなかったかといえば噓になる。
覚悟はしていた、と言っていい。
表情を変えないまま俺は静かに目を伏せる。
渦巻く複雑な思いを心の奥底に押しやり、しっかり蓋をして、今はただ父の下した決断を素直に受け入れようとした――が、
「この家はセシリアとその婿、ノウルライ伯爵家の三男エリオット殿に継いでもらう。お前は引き続き屋敷においてやるから、与えられた仕事をこなせ。しっかり2人を支えろ」
続く言葉に、一瞬自分の耳を疑った。
は? 傲慢で金遣いの荒いあの姉が婿をとってこの家に残る? しかもその相手は、素行が悪いという噂のノウルライ家の三男って。
…………正気か???
話は終わりだとでもいうように、父は執務机に広げた書類の処理を再開する。
立ち尽くす俺をちらりとも見ない。
この部屋に入ってから着席も促されず、お茶のひとつも出されなかった。元より長話をするつもりなどなかったのだろう。
返事すら求められていない。
当然だ。そもそも俺は父に対して頷くことしか許されていないのだから。
「……、っ」
引き結んでいた唇が僅かに開く。
駄目なことは分かっている。分かっているけれど。
でも、これは――流石に黙っていられない。
「……待って、ください」
意を決して口を開いた瞬間、部屋の空気が変わるのを肌で感じた。
ああ、まずいな。
頭の中、警告めいた音がガンガン鳴り始める。
それでも今、伝えておかなければ。今を逃せば、何もかも手遅れになってしまう。
深く息を吸い、握った拳に力を込めて俺は父に進言する。
「どうかお考え直しください。廃嫡は受け入れます。ですが、姉の婿に継がせるならその相手は……ノウルライ家の三男には良い噂を聞きません。父上もご存じでは――」
できるだけ刺激しないよう、心掛けたつもりだ。
だが、すべてを言い終える前に、正面から飛んできたティーカップが俺の右頬を掠める。
幸いにも中は空だったものの、壁に叩きつけられたそれはガシャンと派手な音をたてて砕け散り、
「黙れ!!!」
激高した父の怒鳴り声が室内を震わせる。
「その気色悪い声が変わらないうちは二度と私に話しかけるなと言ったのを忘れたか!?」
きゅっ、と喉の奥がしまる。
忘れるわけないだろ。
何度も何度も、繰り返し言われ続けてきた言葉だ。
だから、これまでずっとその言いつけを守ってきた。たとえその場に父がいなくとも、必要最低限しか口を開かないようにしていた。それなのに。
俺はこんな時でも、自分の口で意見を伝えることすら許されないのか。
心が軋む音を聞いた。自分の中の何かが急激に冷えていく。
一方で父の怒りはどんどん熱を帯びて。血走った双眸がギロリと俺を睨みつける。
「いいか、もう一度言ってやる! 二度とその声で私に話しかけるな! ヴァルハイド家の恥晒しが!!!」
……駄目だ。
こうなってしまった父に届く言葉などない。
虚しさに苛まれながら、俺は未だ怒りの冷めきらない父を残し執務室を出る。
深いため息とともに自室へ向かって歩を進める。
動かす足は、自分のものとは思えないほどずっしり重くて。
無駄に広いこの屋敷を恨めしく思った。
16歳となる誕生日を翌日に控えたその日。
かれこれ1年以上まともに顔を合わせていない父から珍しく呼び出しがあり、執務室を訪ねたところ、冷ややかに告げられたのはそんな言葉だった。
「……」
驚きはしたものの、この展開が全く予想できなかったかといえば噓になる。
覚悟はしていた、と言っていい。
表情を変えないまま俺は静かに目を伏せる。
渦巻く複雑な思いを心の奥底に押しやり、しっかり蓋をして、今はただ父の下した決断を素直に受け入れようとした――が、
「この家はセシリアとその婿、ノウルライ伯爵家の三男エリオット殿に継いでもらう。お前は引き続き屋敷においてやるから、与えられた仕事をこなせ。しっかり2人を支えろ」
続く言葉に、一瞬自分の耳を疑った。
は? 傲慢で金遣いの荒いあの姉が婿をとってこの家に残る? しかもその相手は、素行が悪いという噂のノウルライ家の三男って。
…………正気か???
話は終わりだとでもいうように、父は執務机に広げた書類の処理を再開する。
立ち尽くす俺をちらりとも見ない。
この部屋に入ってから着席も促されず、お茶のひとつも出されなかった。元より長話をするつもりなどなかったのだろう。
返事すら求められていない。
当然だ。そもそも俺は父に対して頷くことしか許されていないのだから。
「……、っ」
引き結んでいた唇が僅かに開く。
駄目なことは分かっている。分かっているけれど。
でも、これは――流石に黙っていられない。
「……待って、ください」
意を決して口を開いた瞬間、部屋の空気が変わるのを肌で感じた。
ああ、まずいな。
頭の中、警告めいた音がガンガン鳴り始める。
それでも今、伝えておかなければ。今を逃せば、何もかも手遅れになってしまう。
深く息を吸い、握った拳に力を込めて俺は父に進言する。
「どうかお考え直しください。廃嫡は受け入れます。ですが、姉の婿に継がせるならその相手は……ノウルライ家の三男には良い噂を聞きません。父上もご存じでは――」
できるだけ刺激しないよう、心掛けたつもりだ。
だが、すべてを言い終える前に、正面から飛んできたティーカップが俺の右頬を掠める。
幸いにも中は空だったものの、壁に叩きつけられたそれはガシャンと派手な音をたてて砕け散り、
「黙れ!!!」
激高した父の怒鳴り声が室内を震わせる。
「その気色悪い声が変わらないうちは二度と私に話しかけるなと言ったのを忘れたか!?」
きゅっ、と喉の奥がしまる。
忘れるわけないだろ。
何度も何度も、繰り返し言われ続けてきた言葉だ。
だから、これまでずっとその言いつけを守ってきた。たとえその場に父がいなくとも、必要最低限しか口を開かないようにしていた。それなのに。
俺はこんな時でも、自分の口で意見を伝えることすら許されないのか。
心が軋む音を聞いた。自分の中の何かが急激に冷えていく。
一方で父の怒りはどんどん熱を帯びて。血走った双眸がギロリと俺を睨みつける。
「いいか、もう一度言ってやる! 二度とその声で私に話しかけるな! ヴァルハイド家の恥晒しが!!!」
……駄目だ。
こうなってしまった父に届く言葉などない。
虚しさに苛まれながら、俺は未だ怒りの冷めきらない父を残し執務室を出る。
深いため息とともに自室へ向かって歩を進める。
動かす足は、自分のものとは思えないほどずっしり重くて。
無駄に広いこの屋敷を恨めしく思った。
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