悪役令嬢はゲームのシナリオに貢献できない

みつき怜

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41 悪役令嬢になります

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 濡れたマントを肩から外して投げ捨てると、レヴェントはハティスを強く抱きしめた。
  
「レヴィ様…………」

「ここにいる、もう心配要らない」
  
 会場で一人きり、ずっと緊張していた。抱きしめられたら、もう離れたくない。レヴェントが諭しても、ハティスは背中に回した腕を解こうとしない。

 惜しげもなく晒された背中に触れるのは躊躇われて、レヴェントの手は彷徨って、細い肩の上に落ち着いた。
 
「ハティス、大丈夫だから」

「……嫌」

「あなたが最後まで手出ししてはいけないと、離れているよう俺に言ったんだ」

「二度と言いません、お願い……」

「……っ」
 
 他の男たちと言葉を交わす婚約者を、レヴェントは遠くから眺めていた。――この上なくイライラしながら。だから意趣返しするつもりでいたのに、潤んだ瞳に射抜かれて決意はもろくも崩れ去った。
 
「――そのままにしてやれ、レヴェント。だがハティス、よければ私の上着を貸そう」
 
「エディ、お前のを寄越せ」

「はーい」
 
 ハティスがイスハークに返事をする前に、肩へ上着をかけたエディはよしよし、と頭を撫でた。
 
「いい子いい子。手出しはダメって言い付けを守ったけど、もうやめてほしい。兄様は胸が苦しかった」

「ごめんなさい、エディ兄様」

「わかってくれたらいいんだよ。……これくらいで睨むなよ、レーヴェ」

「……別に睨んでなどない」
 
 イスハークに呼ばれたエディを見送って、ハティスはレヴェントの胸に頬を寄せた。





――あの衣装合わせをした日。

 レヴェントはハティスのお願いに頷いたことをすぐ後悔した。
 
「私、悪役令嬢になろうと思います」

「…………ハティス、俺の聞き間違いか?」

「悪役令嬢になります、レヴィ様」

「先ず、説明をしてくれ」
 
 愛する婚約者の言動に、悩ましげな顔をしたレヴェントは長椅子に座りハティスを呼んだ。手で示された場所に座ると、ハティスはエリーから借りた本の話を始める。

 
『――ある国に王子と公爵令嬢がいた。二人は幼い頃いわゆる政略的な婚約をしてよい関係を築いていた。月日が経ち、大人になった王子はこの物語の女主人公とされる伯爵令嬢に出会い恋に落ちる。
 
 聡明な公爵令嬢は穏便に婚約解消を提案する。対する伯爵令嬢は自身の正当性を主張したいがために、公爵令嬢に悪役令嬢という汚名を着せ、ありもしない数々の罪で裁こうと企む。
 
 そして国を巻き込んだ断罪劇が繰り広げられた』

 
 読了後にハティスは考えた。

 記憶の中の彼女はハティスを悪役令嬢と呼んで、妄想に囚われていた。
 
 近日中に催される王太子殿下主催の夜会に彼女は必ず出席する。これまでのようにハティスに突っかかってくるだろう。
 
 断罪されるのが悪役令嬢の役割だというなら、おとなしく従う――わけがない。

 
 隣に座るレヴェントに向き合うと、ハティスは打ち明けることにした。

「ですから、彼女が言うように悪役令嬢になります。でも大人しく従うわけではありません。断罪される前に断罪するといいますか、彼女の目を醒まさせてしまうの」
 
「……言葉にならない」

「望むならなんでも、とおっしゃったわ」
 
「相手はまだわかっていない事が多い魔力持ちだ。それでもか……?」
 
「はい、私は負けたくありません」
 
「いいか、ハティス。俺はあなたを危険な目にあわせたくないんだ」
 
「レヴィ様、私を守ってくださるでしょう?」

 手を重ねられたレヴェントは後に続く言葉を呑み込んだ。
 
「……あなたには敵わない」

 ふわっと笑うハティスのえくぼをなぞりながら、レヴェントは深い溜め息を吐いた。

 
   
『恋と裏切りの迷宮』
 
 テーブルに置かれた本の題名に、再び深い溜め息を吐いた。
 
 ハティスには敵わないのだから仕方がない。彼女がそう望むなら全力で叶える。白い背中を撫でながら、レヴェントは自分がやるべき事をすばやく算段した――――
 




「――ディライル、確かに飲ませたのか?」
 
「ええ確かに。殿下も飲むところをご覧になっていたでしょう」
 
「だが普段どおりのようだ」
 
「そうなのですか?僕はこうして接するのは初めてだからよくわからないな。面倒だから、もっと足しますか」
 
 
「……な、なにをおっしゃってるの?」
 
 目の前にいる男たちの間で交わされる不穏な会話の内容に、アレイナは怖々声を上げた。
 
「ん……?怖がる必要はないよ、ただの自白剤だから」
 
「じ、自白剤……!?」
 
 イスハークとエディを交互に見たアレイナはもしかしてさっき飲んだあれが……、と目を瞠り喉元に手を当てる。なんてものを飲ませるのか、確認しないで飲んだ自分が悪いのか、混乱しすぎてわけがわからない。
 
「――騎士団で使ってる一番強力なヤツ」
 
「……っ!!」
 
 満面の笑みで話すエディにアレイナは絶句する。甘い顔とその口から紡がれる言葉の差異に戦慄した。
 
「気分がよくなって、なんでも話したくなるらしい。安全は保証済みなんだけど、はは……笑ってしまうな。いや、全く……」

 突如相好を崩してエディは肩を震わせる。アレイナはぞくりと寒気を感じた。口の中はこれ以上ないくらい渇いていた。

「エディ、様……?」

 すっと目を細めたエディは先程までの柔らかな雰囲気とは変わって、酷薄な笑みを浮かべている。

「君……死ねだのなんだのと、僕のかわいい妹を散々虐げてきておいて。終いには呪いまでかけようとしたのに、至極安全な自白剤を飲んだくらいで被害者気取りかい?――魔力持ちにこちらは対抗する術がないんだ。手早く聴取しないと、不測の事態が起きるかもしれないから使わせてもらったんだよ」
 
「魔力持ち。呪い。……エディ様、なにを、おっしゃっているの……?」

「――なに、だって?その前に君、親しげに名を呼ぶのはやめてくれ。よい気分じゃない」

 ゲーム中でハティスに向けられていた双眸が、今アレイナに向けられている。ようやく邪魔者を始末できると愉悦に満ちていたエディの双眸……

 アレイナの心臓が痛いくらい嫌な音を立て始めた。


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