悪役令嬢はゲームのシナリオに貢献できない

みつき怜

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番外編 エクシオウルの星屑文書

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ゲーム中いわゆるハティスには厳しいエンドです。

レヴェントではない攻略対象との絡みあり。
ヤンデレ、無理矢理、苦手な方はご注意ください。





 アレイナ・エシャーの聴取より。


『エクシオウルの星屑』
 
 中世ヨーロッパを模した乙女ゲーム。主な攻略対象は6人で、それぞれが屈折した想いと性癖を隠し持つ。


 イスハーク国王陛下、側近たちはその内容に戦慄し、「エクシオウルの星屑文書」として王宮図書館地下に厳重保管されることとなった。






「ハティス、あなたとは結婚できない」
 
「……はい。では私は、これで失礼いたします」
 
 執務机に座るイスハークが、静かに婚約解消を告げた。その表情はいつもと変わらず淡々としたもの。
 
 交わされた約束は、あっけなく破られた。

 
 いつかこんな日が来ることを、ハティスは覚悟していた。自分の義務を果たせなかったことを残念に思いながら、粛々と婚約解消を受け入れた。
 
(大丈夫……これで私は、自由になったのだから)
 
 深く礼をして扉へ向かおうとしたハティスの前に、イスハークが立ち塞がった。ハティスは長身のイスハークを戸惑いながら見上げた。

「……殿下?」
  
「やはりあなたは、私のことなどどうでもいいのだな。随分と簡単に私を捨てる。だがそんなことは許さないよ、ハティス」
 
(捨てる、ですって……?)
 
 つい先程捨てられたのは自分の方だ。

 楽しみにしていた学院に通うことは許されなかった。いつからか名前を呼ぶことを禁じられた。社交の場でも無視されつづけた。

 婚約が政略だとしても、存在しない者のように扱われるのは悲しかった。

(全て、今日で終わり……)
 
 ハティスはぎゅっと手を握りしめた。
 
「フスレウ侯爵家へ帰ります。ごきげんよう、殿下」
 
「ハティス、私は許さないと言ったよ」
 
 低い声でそう告げると、イスハークは少し乱暴な手つきでハティスを引き寄せた。

 抗議の声をあげようとした次の瞬間、視界が揺れてイスハークに囚われていた。あまりに咄嗟のことで動けないハティスを軽々と肩に担いだまま、イスハークは歩きだした。
 
(なにが、起きているの……?)
 
 細っそりしていると思っていたイスハークの身体は意外にもがっしりしていて。ドレス生地を通して伝わる彼の熱に、ハティスは身を震わせる。
 
 気づけば叫んでいた。


「いやっ、離して!エディ兄様!お父様!レヴィ様……!!」

 
 もしかしたら憐れに思う近衛や侍女たちが助けてくれるかもしれない……

 そんな甘い考えはすぐ捨てた。

 国王陛下の代わりに政務を執る、権威ある若い王太子殿下に逆らう者などいない。
 
 けれどハティスは無我夢中で何度も父や兄を呼んだ。怖くて、逃げたくて必死だった。小さな頃から慕っていたレヴェントの名を何度も口にしていた。
 
(私の騎士様。レヴィ様……!)
 
 再びレヴェントの名を叫んだ瞬間、腰に回されたイスハークの腕が、息するのも苦しいくらいきつく締められた。
 
「殿下、離してくださいっ……!」

「あなたは私を煽るのが上手いな、ハティス」

「……なにを、おっしゃっているの?」

「無自覚なのか?酷い人だ、あなたは」
 
 脚をバタバタさせて暴れてみても、イスハークは手を緩めない。それどころか拘束する力はますます強くなる。
  
 抵抗虚しくハティスは離宮に閉じ込められてしまった。




 離宮に閉じ込められて、5回目の夜を迎えた。あの日以降イスハークは顔を見せない。
 
 心細くて堪らなかった。

 外部との接触を一切断たれてしまったハティスには、自分の身になにが起きているのかわからない。

 外に出ようとしたらどうなるか、イスハークから最初の日に警告を受けた。自分ではなく父や兄を咎めることになるだろうと……
 
 世話をする侍女はハティスが好む果実や甘いお菓子を頻繁に勧めるが、食べられるわけがない。必要ない、とやんわり断ると侍女は悲しそうな顔をした。
 
 最初に連れていかれた部屋は整い過ぎていて、逆に居心地が悪かった。することがなにもないハティスは広い離宮の中を歩きまわり、見つけた小さな部屋でずっと過ごしている。

 窓から見える景色がフスレウ侯爵家の庭に似ていて、心がなぐさめられた。

 夜になると星空を見上げて、自分を励ました。
 
 
……限界だった。


 イスハークの怒りを買ってしまった自分のせいで、フスレウ侯爵家が大変な目にあっていたらどうしよう。父や兄は無事だろうか。悪いことばかり考えてしまう。
 
 兄の顔が浮かんだ瞬間、胸がツキンと痛んだ。
 
(エディ兄様……)
 
 いつからか距離を置かれ避けられるようになった。ずっと考えるけれど、理由はわからないまま。
  
 もう一人、大切な人の顔が浮かぶ。
 
「レヴィ様……」

「――忌々しいな、こんな時にもあいつの名を呼ぶの?」


 冷ややかな声にハティスの肩が跳ねた。ゆっくり振り向くと、イスハークが腕を組み壁にもたれていた。



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