第7皇子は勇者と魔王が封印された剣を手に、世界皇帝を目指します!

七色夏樹

文字の大きさ
1 / 33

第1話 プロローグ 奈落の底

しおりを挟む
「はぁ……はぁ……どうしてこんなことになったです。なんでですかっ!?」
「殿下っ! 今だけは何も考えずに走って下さい!」

 暗がりの通路を傷だらけの少年と女が全速力で駆けいく。

 無惨にも引き裂かれてしまった美しい衣装は血が滲み、ミルク色の素肌が見え隠れしている。痛みをこらえるたびに少年の蒼い瞳が涙で潤んでいく。

 少年はどこか女性的で品のある顔立ちをしているが、歳はまだ12歳と幼く、その年頃の少女のように小柄で、麗しい金髪碧眼はまさに生きた妖精の如しと謳われたほどである。

 首から下げたペンダントには、翡翠の石に特殊な紋様が刻まれている。

 翡翠は「忍耐」「調和」「飛躍」を表す鉱物とされ、持つ者に大いなる叡智を授け、素晴らしい人徳を与えてくれると言い伝えられていた。

 そのことから、エンヴリオン帝国の皇子に授けられる皇位継承権、その証とされていた。

「逃がすなよ! 絶対に逃がすでないぞ!」

 耳をつんざく怒号と無数の足音が迫ってくる。松明と得物を掲げた男たちを従え、エンヴリオン帝国皇位継承順位第5位を有する――アビル・ランペルージュの魔の手が。

「母上……どうか御守り下さい」
「さあ、こちらです殿下っ」

 逃げる少年は、皇位継承順位第7位ヨハネス・ランペルージュ。
 少年の手を引く白銀の髪に金の瞳をした女は、従者ヴァイオレット。

「くくっ……どうやらここまでのようだな、ヨハネス」

 ヨハネスがアビルに命を狙われていると知ったヴァイオレットは、秘密の地下道から彼を逃がそうと懸命に努めた。
 しかし、相手も皇族。
 ついには行き止まりに追い込まれてしまう。

「どうしてこのような真似をするのですっ、兄上!」
「穢らわしい! あの女が生んだゴミが俺を兄などと呼ぶなァッ!!」

 腹違いの兄弟など、皇族では珍しくもない。
 むしろ皇帝が戯れで侍女を侍らし、その間に生を受けた彼が、皇帝継承順位第5位にいることこそが異例だと言えた。

 本来ならば皇城に足を踏み入れることさえ許されない。生まれてすぐに殺されていても不思議ではなかった。

 事実、アビルの母は彼を生んですぐに粛清された。

 彼も同じ道をたどるはずだったのだが、マリーヌ・ランペルージュ――後に第7皇子となるヨハネスの母がそれを止めた。

「なぜ母を悪く言うのです。母は兄上のことも愛していました!」
「黙れぇッ――!! この俺を哀れみの目で見たあの女だけはッ! 俺を見下すあの女だけは絶対に許さぬッ!!」

 黒髪を揺らしながら憎しみの炎を滾らせ吠えるアビルに、ヴァイオレットは諭すように声をかけた。

「マリーヌさまはそのような御方ではありません。誰であろうと常に平等であられた、立派な御方です。現に貴方のことをずっと気にかけておられた!」
「平等だと? あいつが俺に何と言った知っているか? あの女はぬけぬけと俺にこう言ったのだ。ヨハネスはいつか皇帝になる、その時にあの子を支えてあげてほしいとッ」

 苛立ちを露にしていたアビルは鬼の形相で叫んだ。


「馬鹿にするなぁぁああああああああああああああああああああああッ!!」


 ありとあらゆる感情を乗せた怒号を放つアビルは、皇子たちの中でも肩身の狭い思いをしてきた。そんな彼を支え続けてきたものが、皇帝という野心。

 たとえ兄弟たちに白眼視を向けられたとしても、彼には皇子としての矜持があった。

 俺は偉大なる皇帝の息子なのだと。

 皇帝は言った。
 皇帝に相応しきは生まれの順にあらず、相応しきは皇帝の器なのだと。

 本来ならば皇位継承順位は生まれによって運命付けられている。
 しかし、皇帝の座は尤も優秀な者に与えると宣言したのだ。
 アビルは心の底から歓喜し、神に、皇帝に感謝した。

 が――そんな折り、現皇位継承順位第7位ヨハネス・ランペルージュの母、マリーヌにお前は皇帝にはなれない。私の息子がなるから、お前はヨハネスに忠義を尽くせと言われてしまう。

 されど、それはアビルの勘違いである。

 マリーヌはこうも言った。
 貴方が皇帝になった暁には、きっとヨハネスが貴方の支えとなるでしょう。
 兄弟ともに力を合わしてより良い国を築いて下さい……と。

 けれど頭の中が真っ白になっていたアビルには、その言葉は届かなかった。

 次第に彼の中でマリーヌやヨハネスに対する憎悪が膨れ上がることは必然だった。それだけ彼にとって皇帝の座は絶対的なものだったのだ。

 だから――

「くくっ、惨めだったな、あの女の最期は」

 悪魔のように笑ったアビルが耳を疑う言葉を告げる。

「病死だったか? そんな訳なかろうがッ! アレは毒蜥蜴ポイズンリザードの毒で死んだのだ!」
「え……」

 一瞬何を言われたのか分からなくなってしまって固まるヨハネスに、アビルは目尻に涙を溜め込み大笑いする。

「はじめは食事に少しずつ気付かれぬように混ぜてやり、次第に毒が回って辛そうになってきたところに、これはとてもよく効く薬だと毒を差し出してやった。したら、あの馬鹿女は涙ながらに感謝しながら、疑うことも知らずに自ら大量の毒を飲んで死んでいった! とんだまぬけだったぞ。お前の母はなっ!!」
「そん……な」

 ヨハネスの顔面は蒼白になり、がちがちと歯の合わない音を響かせる。

「貴様ッ、なんということを……!?」

 怒りに顔を歪めたヴァイオレットは腰の長剣を抜刀、切っ先をアビルに突きつけた。



「たった一人でこの人数を相手にする気か? ククッ、愚かな。貴様は殺さず一生奴隷として飼い殺してくれるわァッ!」
「この外道がッ! 貴様だけは絶対に許さぬ!!」

 暗く狭い通路で幾度となく火花が飛び散る。
 凄まじい剣戟によって壁や地面には亀裂が生じる。

 ヴァイオレットは女性ながらヨハネスの近衛騎士として任命されるほどの剣の使い手だったが、狭い通路でヨハネスを庇いながら戦うにはあまりに不利であった。

「ぐっ……」

 多勢に無勢の戦況がヴァイオレットに焦りを覚えさせる。

「ククッ、どうしたヴァイオレット! 貴様の剣はこの程度かッ! それとも早く奴隷になりたくて剣に集中できないか? この変態めがァッ!!」

 アビルは強かった。
 彼に幼い頃から剣を教えてきた人物は英雄と称えられるスターク・ギャラバンなのだ。
 野心家のアビルが力を注いだのが剣術である。

 剛王と謳われた武勇で鳴る皇帝の背を追うように強さこそが皇帝への近道という信念を持ったアビルにとって、それは苦ではなかった。

「あっ……!?」

 それは刹那の油断だった。
 横槍を入れてきた男に注意が逸れたわずかな隙に、アビルがヨハネスの元まで駆け出していたのだ。

 大きく剣を横に構えながら突っ込んでくるアビル。それを間一髪後方に下がって回避するヨハネスだが、足がもつれて転倒してしまう。

「ヨハネス殿下!」

 切羽詰まったヴァイオレットの声とともに、軟弱ものがと罵るアビルの声音が降ってくる。

 悪意に染まるアビルから逃れるように、臀部を地面に擦り付けながら後ずさるヨハネス。
 アビルはゆっくりと剣に光を帯びさせ、間合いを詰めながら殺意を持って剣を振り下ろす。

「うっ……!?」

 顔をしかめたアビルの手元が狂う。
 剣はヨハネスの股の間を貫いていた。

 ヨハネスの首から下げた翡翠のペンダントが剣身の放った光を反射して、アビルの視界を焼いたのだ。

「へっ……?」

 しかし、安心したのも束の間。
 竜騎士必殺の一撃の如く地面を貫いたアビルの剣によって、地面には深々と亀裂が走り、あっという間に砕け散ってしまう。

 アビルはバックステップで難を逃れたが、ヨハネスは深い奈落へと落ちていく。


「でんかぁぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 悲痛なヴァイオレットの叫びが狭い通路にこだまし、嘲笑うアビルの声がいつまでも響いていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...