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第二章 秘密のベール、脱がせます。
2-1
しおりを挟む高層マンションのゲート前で、私はあんぐりと開いた口が塞がらなかった。それを横目に匠くんはスタスタと中に入って行く。
「亜子ちゃん。おいてっちゃうよ」
「待って! 私、不審者になっちゃう」
ぱたぱたと匠くんの後を追ってマンション内に入れば、まるでホテルのようにコンシェルジュが笑顔で迎えてくれた。遊園地に遊びに来た子どもみたいに、本当は色んなところを見て回りたかったけれどその気持ちは抑えこむ。私のほうがずっと大人なんだから、しっかりしなきゃ。
隣を歩く匠くんを見ると、直ぐに気付いてにっこりと微笑んでくれる。電撃の入籍から三日が経った。あれから引っ越しの連絡は取り合っていたけれど、直接会うのはあれ以来初めて。改めて見た匠くんは、やっぱり格好良くて可愛くて優しい。こんな人が私の旦那様だなんて、きっと五年後だって実感湧かないと思う。
「うちはここのエレベーターからね。他に乗ったら永遠に着かないよ」
「わっ、わかりました」
心の弾みがバレないように、溜息を吐くように返事を返す。落ち着かなきゃ。私は今日からここで暮らすんだ。
「ここは親が借りているの?」
「んー、まあうちの物件だからそうと言えばそうなのかな」
「す、凄いね。ご両親は不動産業の人なんだ」
「んー、他にも色々だからなんでも屋さんかな」
「???」
なんだかわかったようなわからないような、モヤモヤが正直たくさん溜まっている。何故なら私が知っているのは、匠くんの名前と年齢くらい。なんなら彼がギリギリ高校生だったらどうしようかと思っているレベルで、彼は玉葱よりもずっと厚く何十ものベールに包まれている。これを全部剥がしたところに、どんな匠くんがいるのか。それは想像したって仕方のないことなんだけれど。
エレベーターが到着して扉が開くと、そこはもう玄関ホールだった。床に敷き詰められているのは、多分大理石というものだと思う。これがただの石だったとしても、私には大理石とそのへんに転がっている石の違いなんてわからない。用意されていたスリッパを履いて匠くんに続くと、廊下にあった扉は六枚でそのうちの一枚がこのリビングに続いている。
「ここ・・・、家族みんなで住んでいるわけじゃあ・・・なさそうだね」
「うん。僕だけ」
「・・・」
これまでどんな暮らしをしてきたんだろう。なんの苦労もせずに育ってきたのだろうか。もちろん羨ましいけれど、お金持ちだって人生イージーモードなわけではないはず。部屋の案内を続けている匠くんの背中に、どんなものが圧し掛かっているのかだなんて私にはわからない。
「それにしても亜子ちゃんの荷物、それだけ?」
「うん。あんまり執着心とかなくってさ。要らないものはバンバン捨てちゃうから」
「そうなんだ」
「身軽って良いよ。ははっ」
両手を広げてポーズして見せたとき、匠くんの表情が一瞬曇った気がした。それもほんの一瞬で、私の見間違いだったかもしれない。また一つモヤが胸にかかってしまって、幸せなはずなのに心は陰る。これがマリッジブルーだと言われたらそうなのかもしれない。
部屋の案内は全部聞いた。私の部屋が作られていたのは匠くんの気遣いなんだろう。白を基調としたアンティーク調の家具は可愛らしくて、私には似合いそうにない。それでも彼の思いが嬉しくて、上辺なんかじゃなくありがとうを伝えた。私の部屋にはベッドがあって、大きなベッドが置かれた主寝室もあった。私はどちらで寝るんだろうなんて、恥ずかしくて聞けないんだけれど。
「お茶を入れようか?」
「あ、私やるよ」
「じゃあ、場所教えるね」
キッチンは整頓されているというよりは、料理はしないんだろうなっていう雰囲気だった。必要最低限の食器だけが並んだ棚を開けると、来客用のお洒落なカップが並んでいる。その端には取っ手が猫のしっぽをモチーフにした可愛らしいマグカップがペアで置いてあった。まさかペアものを既に準備しているとは思わなかったけれど、正直嬉しい。水をポットに入れている匠くんの背中に喜びの舞を密かに送っておいた。
「お湯が沸くま・・・で」
「どうしたの?」
振り返った匠くんが言い淀む。
「あ、・・・と。それ全然使っていなかったから、洗ってから使ったほうが良いかも」
ぱっと表情を笑顔に変えた匠くんは、私の持っていたマグカップを指差した。ああ、そっか。これは私たちの為じゃなくて、過去の誰かとのモノだったんだ。私は勘の悪い方ではないと自負している。これだけ素敵な人なんだから。元カノがいたって全然不思議じゃないもの。そうだよね? 別にとっておくことに理由なんてないよね・・・?
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