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第三章 大谷匠、という男。
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しおりを挟むまだ開店前なのに、駐車場には五台の車が止まっている。従業員は裏の駐車場に止めるようになっているから、これは・・・お客様かな。不信に思いつつも、その横を通り過ぎて裏口に回る。
「本当にアポ取っているの?」
「うん、そう。もう諦めてね」
ははっと笑って頭を撫でてくる匠くんは濃いブルーのスーツに身を包んでいて、正直隣を歩くのが恥ずかしいくらいに格好良い。動くたびにチラリと覗くカフスボタンも良いものなんだろう。
扉の前で緊張にバクバクと高鳴る心臓に手を当てる。ああ、なんて言えばいいんだ。どんな顔して行けば「いらっしゃいませ!」
「!?」
勝手に開いた裏口の扉の向こうで、店長が最高の営業スマイルをこちらに向けている。ここの店舗に配属になって二年が経つが、こんな顔見たこと一度も無い。
「おはようございます。突然申し訳ありません」
「とんでもございません。さあ、中にどうぞ」
固まっていた私よりも落ち着いて店長に笑顔を返した匠くんは、私の腰を優しく押す。
「あ、おはようございます」
小さく会釈してから中へと足を踏み入れれば、いつもよりもきつい消臭剤の香りが鼻をつく。絶対いつもより多めに振ってるよと、内心呆れつつテーブルに鞄を乗せた。裏口から入ればそこは従業員の控室があり、そこを出ればスマイルを絶やせない売り場が広がっている間取りだ。
「ここは狭いので、こちらのほうにどうぞ」
三人ならば特に窮屈でもないのに、店長は売り場へと続く扉へと案内しようとしている。振り返って匠くんを見ても、にこやかに「行こうか」と言うのでそのまま続いた。
「これはこれは、大谷様。小汚いところで申し訳ありません」
扉をくぐって広がる景色に言葉が出なくなるほど驚いた。いつもの職場じゃない。商品が棚ごと端のほうに移動されていて、真ん中には高そうだが年季の入ったソファが向かい合うように置かれている。即席会議室だろうか。広い空間の真ん中に置かれたソファの周りには、男性が八人と女性が一人。さっき声高らかに挨拶していたのは、よく見ればあれは社長・・・と隣は社長夫人じゃないか。
「いえ。急なご連絡失礼致しました」
「とんでもございませんよ。大谷様のためなら、地球の裏側にいても飛んでまいりますぞ。はっはっは」
なんなんだ、これは。隣に立つ匠くんに小声で話しかける。
「社長と知り合い?」
「いや、初対面」
「・・・わお」
ソファに座る私たちの向かいには社長夫婦と言う謎の構図に、とっても居心地が悪い。先程からわかりやすいお世辞を並べる社長を、匠くんはのらりくらりとかわしている。
「木下社長。本題なのですが」
「ええ、ええ。私に出来る事であればなんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます。では・・・、白石さんを我が社でいただいてもよろしいですか?」
「えっ?」
「ええ、もちろん」
「?!」
匠くんの発言にもはてなが飛ぶが、それよりも大事な社員を間髪入れずに即売り飛ばすなんてどういうことだ。それとも私が派遣社員だからか!?
「白石は、とても優秀な社員です」
社長の後ろから飛んできた声に、みんなの視線が一斉に向く。声の主はエリアマネージャーの田村さんだった。店舗では若いスタッフが多い中、マネージャーの田村さんとは年齢が近いのもあり気にかけてもらっていた。三十歳にして統括という役職を得た田村さんは、誰が見ても出来る男で更にイケメンである。すらっと高い身長に黒縁の丸眼鏡で、整った顔立ちは女性社員からも人気が高い。
「ええ、存じ上げております」
「白石の才能を潰さない様に、・・・大切にしてください」
「田村さん・・・」
軽く手放した社長とは雲泥の差で、共に戦った田村さんの言葉は私の胸をじんと熱くさせた。
「これ、田村! いやぁ、申し訳ありません。出過ぎた真似を「いえ。それだけ大切にされてきた白石さんをいただくので。田村さん、これまでありがとうございました」
「___いえ」
「では、詳しい書類などは後で秘書に届けさせます。開店前にお時間をいただいてありがとうございました」
「大谷様! また、いつでもお越しください」
全員の最敬礼に見送られながら店舗を出る。ここはもう私の職場じゃなくなったんだ。突然過ぎて何が何だか。
「ごめんね、亜子ちゃん」
いつもの甘えたに戻った匠くんに、あからさまに不機嫌をアピールしてみる。
「___聞いてない」
「だって、嫌って言うかなって」
「言うよ。一体どういう「白石!」
匠くんを睨みつけながら車へと向かっていた背中に、聞きなれた声が聞こえてくる。振り返らなくても、声の主が誰だかわかる。
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