34 / 59
第五章 どうしようもなく、好きな人。
5-4
しおりを挟む(コンコン)
ドアが叩かれる音がして、数秒後に伺うように少しドアが開いた。真っ暗な室内に、廊下からの灯りが細く差しこむ。
「亜子ちゃん、寝てる?」
いつもより少し小さな声で、私が寝ていると思って気遣ってくれている。きゅうっと簡単に締め付けられる心臓を手で抑えながら、小さく息を吐いて落ち着かせる。
「起きてるよ」
ベランダから返事を返せば、隙間からにゅっと匠くんが顔を出した。逆光で表情は見えないけれど、多分お留守番をしていた犬のように喜んでいると思う。
「お風呂沸かしたんだ。入る?」
「ありがとう。ちょうど寒くなってきたところなの。準備したら行くね」
「わかった。僕も「だめ」
「おねが「だめ」
「___わかった」
しょんぼりと犬の尻尾を垂らしながら、匠くんは去って行った。こちらが暗くてよかった。好きな人に一緒にお風呂入ろうと言われるだなんて嬉しくないはずがないし、ついでに恥ずかしくて堪らないの。
上から降ってくるシャワーは、色んなパターンで出るように設定出来る。初めて使った時は横の壁から冷水が出て飛び上がったけれど、もう今ではお手の物だ。冷えた手足が流れるお湯で急激に温められていく。ここに引っ越してからは来るはずのない初夜を意識して、入念に身体を洗っていることは秘密にしておいて欲しい。匠くんが準備してくれていたバスタブには、乳白色の入浴剤が入れられていて、ちょうど邪魔にならない量の薔薇の花びらが一輪分くらい浮いている。
「ほわぁ・・・、最高じゃあ」
思わず溜息と共に歓声が漏れた。お湯は柔らかく肌を包み、保湿するようにコーティングしてくれている。髪は洗ってから邪魔にならないようにてっぺんでお団子にしているから、首のギリギリまで身体を沈めてお湯の香りを胸一杯に吸い込む。甘い香りに心が安らぐ。
「だめだよ、亜子ちゃん」
「ふぁっ!?」
突然後ろから首元に回された腕に間抜けな声が出てしまった。こっちは心臓バクバクなのに、後ろから押し殺した楽しそうな笑い声が聞こえる。
「もっと警戒してなきゃ。危なっかしくて見てらんないよ」
「___だ、めって言った」
本当は心臓が飛び出てしまいそうなくらいにドキドキしていたけれど、意地で平静を装って見せた。少し声が上擦ってしまったこと、バレていなければいいけれど。
「うん。だめって言われた」
「じゃあ、なんでここにいるのよ」
「だって僕は服着ているし、これは一緒にお風呂とは言わないよね」
「そういうのは屁理屈って言うのよ」
匠くんの唇がうなじに押し当てられて、ぞわりと鳥肌が立った。嫌悪の鳥肌ではなく、女としてのそれを感じてしまって。それがバレてしまっているのか、確認するようにぐりぐりと舌先を押し付けられて両肩を震わせてしまっている。気持ちを認めてしまったから、もう私は匠くんを拒むことなど出来ない。ちゅうっと音を立てて吸われたうなじには、甘い疼きが残っている。
「だめ」
「これもだめなの?」
「___だめ」
「だって亜子ちゃん、こうでもしなきゃ逃げちゃうでしょ?」
「・・・っ」
10
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
高塚くんの愛はとっても重いらしい
橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。
「どこに隠れていたの?」
そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。
その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。
この関係は何?
悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。
高塚くんの重愛と狂愛。
すれ違いラブ。
見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。
表紙イラストは友人のkouma.作です。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
社長は身代わり婚約者を溺愛する
日下奈緒
恋愛
ある日礼奈は、社長令嬢で友人の芹香から「お見合いを断って欲しい」と頼まれる。
引き受ける礼奈だが、お見合いの相手は、優しくて素敵な人。
そして礼奈は、芹香だと偽りお見合いを受けるのだが……
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"
桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる