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第五章 どうしようもなく、好きな人。
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しおりを挟む今日は都内でも一等地に立っているホテルの視察らしく、助手席で器用にメイクをする右手が自然と何時もより濃いメイクを作り上げていた。到着したのは外観から高級感のあるホテルで、正面は全面ガラス張りで中の様子が伺い見れる。ロータリーに入るかと思えばそのまま正面玄関を通り過ぎ、従業員用の裏駐車場で停まった。
当然のように先に車を降りた匠くんは、助手席に回り私を下ろしてくれた。外出が久しぶりだからか、この王子対応になんだか照れてしまう。匠くんに続いてホテル内の従業員通路を進めば、白髪と黒髪の黄金比で品のあるグレーの髪になった初老の男性が待っていた。
「天野さん。お待たせしました。こちらが話していた、亜子さんです」
「ええ、そうですか。亜子さん。私は大谷会長よりお仕えしている者で、天野と申します。お困りのことがあればなんなりと」
胸に手を当てて頭を下げる姿を見て、こういう人が執事というのかと思った。それでも隠しきれていない、大谷家の人たちから感じる”似ている”という視線。初めは理解出来なかったけれど、今はその表情の意味ちゃんとわかっていますよ。
「天野さんは本来お父さんに付いているんだけれど、僕の相棒が見つかるまで力を貸してもらっているんだ」
「匠様レベルをサポート出来る者は、なかなか見つからないものでして。この老いぼれが馳せ参じる次第です」
「持ち上げないでください。亜子ちゃんを失望させたくありません」
「はっはっは。何をおっしゃいますか。ご兄弟で一番の策士でありましょう」
「僕はありのまま生きているだけですよ。さあ、行きましょうか」
私以外といるときの匠くんは、こんな感じなんだ。そう考えると、匠くんは私に合わせて馬鹿な会話をしてくれている・・・?
誘導するように腰に添えられた匠くんの手が、大人に感じて背筋が伸びる。口を開かなければ、私の脳みそが残念なことには気付かれないはず。不安に視線を投げれば、口角を上げて笑みを返してくれる匠くんが先日まで高校生だったなんて詐欺だ。私が匠くんと同じクラスだったら、百パーセント好きになっている。学年が違ったって、寧ろ先生の立場だったとしても右に同じだ。そう思うと、匠くんの周りにいた男子が不憫でならない。
「えっ?! 社長」
通路で通りすがった女性従業員はコックコートに身を包んでいて、私たち・・・というか匠くんを見て目を丸くさせている。
「お疲れ様です。変わりないですか?」
「え、ええ、はい」
女性従業員の目は匠くんに釘付けで、周りにはピンクのオーラが漂っているように見える。匠くんを見れば優しい微笑みを女性従業員に向けていた。そんな顔したら、誰だってポーっとするし好きになっちゃうじゃない。
「何かあったら教えてくださいね。それでは」
「はい、ぃ」
彼女の瞳に私は一度だって映らなかった。そのくらい、この男は人を魅了するんだと改めて気付かされる。
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