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第六章 グッバイ、旦那様。
6-4
しおりを挟む声を上げて泣いた。家では声を殺して泣いていたから、もうタガが外れてしまって。行き交う人たちが驚いた顔をしながら通り過ぎていくのに、男性は立ち去りもせずに私が泣き止むまで隣にいてくれた。
「送ります」
「___ぐっ、ずずっ」
しゃっくりが止まらなくて、直ぐに返事が出来ずに男性を見上げた。目の前に立った男性は、にこやかに手を差し出してくれている。それにいつもの癖ですんなりと手を乗せてしまった。私の身体には匠くんのエスコートが染みついてしまっている。
ぐずぐずと鼻を啜っているうちに、静かに車が停まった。黒の高級車。匠くんの車よりは細長い。
「どうぞ。ちゃんと家まで送り届けます。怪しい者ではありません。身分証を見せます」
男性に促され車の後部座席に座った。男性は私の隣に座って、運転免許証を差し出している。それを受け取りながら運転席を見ると、そこには運転手が背筋を伸ばして座っている背中が見えた。
「___え? おおたに、まこと?」
免許証には”大谷真”と記載されていた。今の私は”大谷”に敏感。
「ええ。そうです」
「大谷グループとは関係ないですよね?」
「・・・」
「え?」
「あります。私は大谷グループの会長をしておりますから」
「・・・」
改めて男性を見る。綺麗な二重の横には深く笑い皺が刻まれていて、優しい雰囲気の向こう側に凛とした強さを感じる。この人が・・・
「匠くんのお父さん・・・」
大谷会長は私の言葉に驚いた顔をしてから、口を横にきゅっと閉じた。
「亜子さんですか?」
そう言ったのは大谷会長ではなく運転手。バックミラーで運転席を覗くと、そこに座っていたのは天野さんだった。
「天野さん・・・」
「失礼しました。先日の様子とは違いましたので気付きませんでした」
「い、いえ。大丈夫です」
そう言いながら口を閉じている大谷会長をちらりと見る。ここでまさかお義父さんに会う事になるとは。それにさっきの話・・・
「先程の話は匠の事ですか?」
「・・・」
あそこまで言ってしまっていたら、今更しらを切ることは出来そうも無い。
「はい」
「はあ。・・・天野。私の息子たちは、本当に仕事以外はだめで仕様が無いな」
「そうですね。旦那様」
「出してくれ」
「承知致しました」
すぅーっと静かな音を立てて車が滑らかに動き出したが、私の頭は大渋滞だった。
やばいよ。お義父さんに言っちゃった。しかも匠くんの片想いのことまで。ああ、どうしよう。
「では・・・、亜子さん、で大丈夫ですか」
「あ、はっ、はい。大丈夫です」
「始めに確認しておきたい。亜子さんは匠と出会ったことを後悔しているかい?」
「そんなことないです。ありえないです。私は匠くんに感謝しています。心の底から」
「ふっ、そうか、そうか。よかった」
私の答えを聞いて、大谷会長は嬉しそうに笑った。それは会長としてではなく、たぶん父親として。
「亜子さんたちは結婚していると言っていたね?」
「はい。おと・・・、会長もご存知ですよね? サインも貰ったと言っていましたし」
「いいえ。初めて知りました」
「え・・・?」
「亜子さん。純粋さに付け込まれましたね」
「えと、どういう?」
「貴女たちは婚姻関係にありませんよ」
頭が真っ白になった。ショックだった。それは騙されていた事ではなく、私と匠くんを繋ぎ止めるものが無くなってしまったことに。
「貴女は自由です。どうしますか?」
「どう? ですか?」
「ええ。それでも匠の元に帰りますか?」
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