Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ

文字の大きさ
45 / 59
第六章 グッバイ、旦那様。

6-6

しおりを挟む



 朝はこっそり出ていく匠くんを狸寝入りしながら見送った。玄関ドアの閉まる音を聞いてから飛び起きる。

「うっしゃ」

 腕を振って自分に気合を入れながら、主寝室を後にしてリビングへと向かう。入った瞬間から漂うコーヒーの香りに誘われてみれば、未だポタポタとドリップ中のコーヒーを見つけた。きっと私のため。そう思うと、嬉しくて笑みが零れた。戸棚からお洒落なカップを引っ張り出してコポコポと注げば、更に苦い香りが漂う。
 それを片手にベランダに立てば、眩い太陽が迎えてくれた。昨日とは違う素敵な朝。下を見れば人は本当に米粒で、人差し指と親指で掴む仕草をしてみた。指先は簡単にぶつかって、人も空気も掴むことなんて出来ない。ステンレスの冷たい手すりを撫でてみる。いつかのようにそこに両肘を乗せて。違うのは後ろから抱き締めてくれる腕がないだけ。



 マンションのロータリーには、見覚えのある黒い車が停まっていた。

「亜子さん」

「すみません。お待たせしました」

「いえ」

 天野さんは微笑んで手を差し出してくれた。それに応えるように右手に持っていたキャリーバッグを渡す。うんうんと小さく頷いてから、天野さんはそれをひょいと持ち上げてトランクに仕舞った。それを横目に私は開かれたままの後部座席に自ら乗り込み、そして扉を閉める。これからはまた、元通り。

「元のお住まいの手配は済んでおります。簡単ですが、直ぐに生活出来るように道具も揃えて置きました」

「ありがとうございます」

 車は動き出していて、移りゆく景色を頬杖を付きながら眺める。

 大丈夫。私、五年前もDVでボロボロだったけれど、立ち直れたじゃない。あれから執着することを止めたのに、いつのまにか匠くんに染まっていた。大丈夫。きっと煙草と同じように、時間が解決してくれる。
 田村さんに連絡してみよう。ニートじゃいらんないし、また働けるかどうか。そして傷が癒えて来たら、もし、私の勘が本当ならば田村さんと。・・・なんて、まだ全然想像つかないや。

「亜子さん」

「はい」

「匠様は末っ子です」

「はい?」

「末っ子は、上の兄弟の失敗を見て上手く生きていくんです」

「・・・」

「私にはわかります。亜子さんは代わりなどではなかった」

 ぐっと息が苦しくなるくらいに胸が締め付けられる。天野さんはどれだけのことを知っているのだろうか。匠くんの沙也加さんへの想いは、私なんかでは癒えない。私は・・・代わりにもなれない。

「少し聞いてくださいますか?」

「はい」

「私は数年前もこのように、ひとりの女性を送り届けていました。彼女は強い意思で想い人と別れを選んだ直後でした」

 まるで今の私のよう。

「その方は今、どうなっていると思いますか?」

「え、と・・・自殺とかのバッドエンドではないですよね?」

「はっはっは。亜子さんはこれから自殺しますか?」

「い、いえ! そんなことしたら、匠くんに迷惑かかります。私は・・・」

 私はどうなるんだろう。抜け殻のようになってしまうかな。匠くんを探して街を彷徨ってしまうかな。

「大丈夫ですよ」

 天野さんは私の心の声と会話しているかのように、さらりと答えた。


「その女性は今、とっても幸せです」


「そう、ですか。よかった」

「ええ。匠様はそれを見ているから、間違ったりしないでしょう」

「?」

「大谷家の血をナメたらいけませんよ?」

 バックミラーに映った天野さんの目は何かを確信しているようだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

高塚くんの愛はとっても重いらしい

橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。 「どこに隠れていたの?」 そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。 その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。 この関係は何? 悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。 高塚くんの重愛と狂愛。 すれ違いラブ。 見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。 表紙イラストは友人のkouma.作です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒
恋愛
ある日礼奈は、社長令嬢で友人の芹香から「お見合いを断って欲しい」と頼まれる。 引き受ける礼奈だが、お見合いの相手は、優しくて素敵な人。 そして礼奈は、芹香だと偽りお見合いを受けるのだが……

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

処理中です...