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第七章 好き、の意味。
7-1
しおりを挟むピンポーンとチャイムが鳴り、出なくてもわかる来訪者に困惑のため息を吐く。あれから匠くんは二日置きくらいで訪れるようになった。いくら突っぱねてもいつまでも待つから、私は白旗をあげるしかない。
「はい」
『こんばんは。亜子ちゃん』
「___帰ってください」
『お断りします』
「私の方こそお断りします」
『じゃあ、ベランダに上がるからいい』
モニターフォン越しにむくれた匠くんは、前よりもちょっとわがままになった。本当は嘘だよって、会いたかったよって抱き締めてあげたい。
「あっ、だめ! 怪我したら『亜子ちゃんが責任とってね』___今、開けます」
『おじゃましまーす』
こんなんで開けていたら、オートロックの意味など何もない。きっと匠くんが他人でも、私は開けてしまっていたかもしれない。
再び部屋のチャイムが鳴り、来客を告げるモニターフォンの”玄関”に赤い点が点滅している。もう、すぐそこまで匠くんがきている。髪を綺麗に撫でつけてから、少しだけ玄関扉を開く。そんな私の小さな抵抗をものともせず、匠くんは隙間に長い足を入れて強引に扉を開いてしまう。
「亜子ちゃん、会いたかった」
キュンとする。でも、そうじゃないって顔をするの。私は貴方なんてどうとも「っわ」
正面から抱き締められた。回された腕は力強くて、身を捩ってみたら更に強く抱き締められる。最近こう思う。私の抵抗は悪循環なんじゃないかと。
「亜子ちゃんの匂い。大好き」
「___変態」
「うん。亜子ちゃんだけにね」
「___変態」
「うん。なんでもいいよ。もう、なんでも」
肩口で呟かれれば、耳が敏感に甘い声をキャッチしてしまう。匠くんの胸に埋まりながら、私もこっそり匂いを吸い込む。数週間前までは匠くんの匂いで溢れた場所にいたから、その香りがなくなってしまった今のほうがむず痒い。
「離れて」
「はい」
私を解放した匠くんはにっこりと笑ってこちらを見ている。
「「・・・」」
本来であれば口付けを交わしているタイミング。でもそれはない。匠くんは抱き締めてくることはあっても、男女の一線を越える様なことはしなくなった。と言っても元々私と匠くんは清い関係で、キス止まりの中高生と同じだ。
「いい加減に諦めて、他に彼女作ったら?」
「んーん。僕には亜子ちゃんがいるから」
「私はもう貴方の亜子ちゃんじゃなくなったの」
「そっか。前までは僕の亜子ちゃんだったんだね」
墓穴を掘った。やっぱり悪戯っ子のように笑う匠くんには敵わないし、私は今でも貴方の亜子ちゃんだ。心の中では、ね。
「今日は休みだよね。デートに行こう」
「・・・」
「なんだかんだ行ったことなかったよね。行こう」
「行きません」
「どうして?」
「あっ、明日も仕事だから」
あからさまにしょんぼりして見せる匠くんの顔は見ないように、匠くんの肩越しに見える外を見ながら答えた。流石に言い訳が苦しいかもしれない。
「僕より仕事?」
「当り前でしょう」
「仕事だったらなんでもやるの?」
ちょっと飛躍しすぎている気がするけれど、とりあえず今を乗り切れたらなんでもいい。
「そう。私、大人だから。生きていくために仕事が何より大切なの」
「そっか。わかった」
やけにあっさりと引き下がった匠くんは、「残念だなあ」と呟いた。知っている。相手が私だから、匠くんは十八歳の匠くんを演じてくれているだけなこと。本当なら私がぐうの音も出ないくらいに論破することなど容易いはず。
「じゃあ、今日は帰るよ。明日の仕事頑張ってね」
帰っていく匠くんの背中を見送りながら、今日は何をして時間を潰そうかと思った。
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