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第七章 好き、の意味。
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しおりを挟む触れそうで触れてくれない匠くんのもどかしい仕草に、身体中の神経が研ぎ澄まされていく。
「亜子ちゃん」
幾度も名前を呼ばれる。特別でもなんでもないと思っていたのに、好きな人が名前を呼んでくれることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
吹っ切るために離れたのに、二度と会わないつもりだったのに、強引なこの人は私の気持ちなんて無視してどんどん入ってくる。匠くんの世界を覗いた。一生経験出来ないような生活をさせてもらった。そこから離れたら、現実に戻れると思っていたのに。匠くんはいとも簡単に私の世界まで降りてきて、馴染んでいく。
それをはっきりと断れない私は、結局どうしたいんだろう。いつまで経っても、匠くんを忘れることなんて出来そうになくて。しょっちゅう会っている。それなのに夜眠るとき、人気の無い部屋が寂しくて仕方がない。今、一緒にいるのに中途半端な距離が切なくて、恋しいの。
瞳は海を見ている。でも視覚情報なんてそっちのけで、脳に伝達されてくるのは匠くんを感じるための情報ばかり。ゆっくりと右手を手摺りから放し、匠くんの右肘のあたりを探る。空を掴んでいた指先に、上質なスーツ生地の感触がしてそのままきゅっと掴み、引いた。
「・・・」
何か言ってくれると思っていた。「なあに?」って優しく微笑んで、抱き締めてくれると思っていたのに背後に動く気配はない。何、勘違いしているんだ。私はあくまで沙也加さんの代わりで、ここに匠くんがいるのは・・・罪悪感? あれ? 私に愛を呟くのはどうして? よく考えてみれば、私と沙也加さんのように平凡な人は多いはず。同じような恰好をさせれば、それで代わりはいくらでも利くんじゃないの・・・。
考えていると、頭を撫でられた。それから匠くんは、何も言わずに私の髪をくるくると弄っている。匠くんは私の髪が好き。正しくは昔の沙也加さんと同じこの髪型が好き。沙也加さんにも同じように、撫でて触っていたのだろうか。そう考えれば、わかっていても心が沈む。匠くんと沙也加さんがどれほどの関係だったかなんて、私にはわからないし聞くことだって出来ない。だから尚更、私の妄想は膨れ上がっていく。その唇で、沙也加さんのこと・・・。
「寒くなってきたね」
「・・・」
「入ろうか?」
「うん」
元気な返事は返せなくて、いや、返さないほうがいいんだ。私は嫌々ここに来て、嫌々匠くんと過ごしているんだから。私は匠くんのことが嫌いなの。その手も、仕草も笑い方も・・・全部嫌いになるの。
揺らぐ心に言い聞かせながら、匠くんの後ろを大人しくついて行く。廊下を進み到着したのは、私の部屋くらいの広さのフィッティングルーム。大きな鏡と壁際にズラリと並んだドレス、化粧台の横には二人の女性が頭を下げて待っている。
「え?」
「ディナータイムにはドレスコード。ね?」
「どれすこーど?」
「楽しみにしているね」
匠くんはにっこりと口角を上げてから、驚いてフリーズしたままの私を置いて出て行ってしまった。口をポカンと開けたまま女性たちに視線をやれば、キラリと目を光らせた二人がツカツカと近付いて来る。
「え? ちょっ」
「やりがいがありますね」
「ええ。燃えます」
私の驚きを余所に髪を捕まれ、服を脱がされていた。
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