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劉備玄徳
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劉備とは楽団のような人である。
優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。
初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。
関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。
諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。
劉備楽団の演奏の数々を描きたいと思う。史実とは多少異なる演奏を……。
劉備玄徳は161年、幽州涿郡涿県で生まれた。
祖父は劉雄。兗州東郡范県の令まで出世した。
父は劉弘。郡の官吏となったが、劉備が幼い頃に亡くなった。
そのため劉備の家は貧しく、母とともに筵を織り、街へ出て売り、なんとか生き延びていた。
終生のライバルとなる曹操孟徳は、劉備よりも遥かに恵まれていた。
祖父曹騰が宦官のトップである大長秋になり、父曹嵩は国の軍事を統括する太尉にまで昇った。
劉備は苦難に満ちた人生を送り、常に曹操の後塵を拝した。
しかし、彼の性格は不思議と明るい。底抜けに明るい。春の太陽のようである。
劉備には人を惹きつける謎の魅力があった。
それだけを武器にして、強大な曹操と渡り合ったと言ってもいい。
「母さん、筵を織るの、楽しいね」
「ああ、楽しいわね。無心で織ると、心が清らかになるのよ」
「たくさん売って、お茶を買ってきてあげるね」
「お茶は無理よ。筵を百万枚売らないと買えないわ」
「じゃあ、百万枚売るよ」
「うふふ、玄徳ならできるかもしれないわね」
母も明るい人であった。
母ひとり子ひとりでも、楽しげに暮らしていた。
玄徳には誇りを持たせようとした。
「うちはお父さんが早く亡くなってしまって貧しいけれど、高貴な家系なのよ」
「高貴?」
「中山靖王劉勝様の末裔なの。その誇りを持って生きなさい」
劉勝は前漢の景帝の第九子。
紀元前113年に死亡した彼には、百二十人以上の子と孫がいた。その末裔は後漢末期にどれほどいたかわからない。おそらく大勢いただろう。特別に高貴と言えるほどではない。
だが、母はくり返し高貴であると伝えながら、劉備を育てた。
後に後漢最後の皇帝、献帝が系図を調べさせて、劉備を「劉皇叔」と呼ぶようになるのだから、もしかしたら本当に高貴だったのかもしれない。真相はわからない。
劉備の家の前には大きな桑の木がはえていた。
「大きくなったら天子の馬車に乗るんだ」と少年劉備は言った。皇帝の馬車は桑の木でできている。
叔父の劉子敬がそれを聞いて、あわてて劉備の口をふさいだ。
「滅多なことを言ったらあかん。そのようなこと、口に出すだけで、われらは族滅されてしまうぞ」
「叔父さん、族滅ってなに?」
「一族皆殺しのことだ」
劉備はそれを聞いても、にこにこしていた。
「怖いねー。もう言わないよ」
彼はまだ桑の木を見つめていた。心の中では、天子の馬車に乗りたいな、と無邪気に思いつづけている。
七歳のときのことである。
近所に簡雍憲和が住んでいた。
同い年で、幼馴染。
劉備は明るいが、どこかぼんやりしたところのある少年だった。
簡雍は悪ガキだった。
「劉備、柿を盗もうぜ」
「えーっ、そんなことしたらだめだよ」
「甘くてうまいぜ」
「甘いのか。欲しいなあ」
貧乏なので、甘い物などめったに食べられない。
劉備はお金持ちの庭に侵入して、柿を盗もうとした。
見つかって、こっぴどく怒られた。
泣きながら帰ると、劉備の家の庭で簡雍が柿を食べていた。たくさんの柿を持っている。
「おまえが怒鳴られているうちに、裏庭の柿を盗んだ」
劉備は少しも怒らず、すぐに泣きやんで、一緒に柿を食べた。
「美味しいね」
「うめえな」
劉備はそういう少年である。
簡雍は劉備を馬鹿にしていたが、あまりにも幼馴染が寛容なので、いつしか尊敬するようになった。
「おまえはすごいやつだ」と言うようになった。
「全然すごくないよ。母さんに本を読みなさいって言われるんだけど、簡雍と遊んでいる方がいいよ」
「おまえと一緒にいると、心があたたかくなる」
「そう? それならいつまでもぼくと一緒にいるといいよ」
簡雍は死ぬまで劉備に臣従し、その一生に付き合うことになる。
優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。
初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。
関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。
諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。
劉備楽団の演奏の数々を描きたいと思う。史実とは多少異なる演奏を……。
劉備玄徳は161年、幽州涿郡涿県で生まれた。
祖父は劉雄。兗州東郡范県の令まで出世した。
父は劉弘。郡の官吏となったが、劉備が幼い頃に亡くなった。
そのため劉備の家は貧しく、母とともに筵を織り、街へ出て売り、なんとか生き延びていた。
終生のライバルとなる曹操孟徳は、劉備よりも遥かに恵まれていた。
祖父曹騰が宦官のトップである大長秋になり、父曹嵩は国の軍事を統括する太尉にまで昇った。
劉備は苦難に満ちた人生を送り、常に曹操の後塵を拝した。
しかし、彼の性格は不思議と明るい。底抜けに明るい。春の太陽のようである。
劉備には人を惹きつける謎の魅力があった。
それだけを武器にして、強大な曹操と渡り合ったと言ってもいい。
「母さん、筵を織るの、楽しいね」
「ああ、楽しいわね。無心で織ると、心が清らかになるのよ」
「たくさん売って、お茶を買ってきてあげるね」
「お茶は無理よ。筵を百万枚売らないと買えないわ」
「じゃあ、百万枚売るよ」
「うふふ、玄徳ならできるかもしれないわね」
母も明るい人であった。
母ひとり子ひとりでも、楽しげに暮らしていた。
玄徳には誇りを持たせようとした。
「うちはお父さんが早く亡くなってしまって貧しいけれど、高貴な家系なのよ」
「高貴?」
「中山靖王劉勝様の末裔なの。その誇りを持って生きなさい」
劉勝は前漢の景帝の第九子。
紀元前113年に死亡した彼には、百二十人以上の子と孫がいた。その末裔は後漢末期にどれほどいたかわからない。おそらく大勢いただろう。特別に高貴と言えるほどではない。
だが、母はくり返し高貴であると伝えながら、劉備を育てた。
後に後漢最後の皇帝、献帝が系図を調べさせて、劉備を「劉皇叔」と呼ぶようになるのだから、もしかしたら本当に高貴だったのかもしれない。真相はわからない。
劉備の家の前には大きな桑の木がはえていた。
「大きくなったら天子の馬車に乗るんだ」と少年劉備は言った。皇帝の馬車は桑の木でできている。
叔父の劉子敬がそれを聞いて、あわてて劉備の口をふさいだ。
「滅多なことを言ったらあかん。そのようなこと、口に出すだけで、われらは族滅されてしまうぞ」
「叔父さん、族滅ってなに?」
「一族皆殺しのことだ」
劉備はそれを聞いても、にこにこしていた。
「怖いねー。もう言わないよ」
彼はまだ桑の木を見つめていた。心の中では、天子の馬車に乗りたいな、と無邪気に思いつづけている。
七歳のときのことである。
近所に簡雍憲和が住んでいた。
同い年で、幼馴染。
劉備は明るいが、どこかぼんやりしたところのある少年だった。
簡雍は悪ガキだった。
「劉備、柿を盗もうぜ」
「えーっ、そんなことしたらだめだよ」
「甘くてうまいぜ」
「甘いのか。欲しいなあ」
貧乏なので、甘い物などめったに食べられない。
劉備はお金持ちの庭に侵入して、柿を盗もうとした。
見つかって、こっぴどく怒られた。
泣きながら帰ると、劉備の家の庭で簡雍が柿を食べていた。たくさんの柿を持っている。
「おまえが怒鳴られているうちに、裏庭の柿を盗んだ」
劉備は少しも怒らず、すぐに泣きやんで、一緒に柿を食べた。
「美味しいね」
「うめえな」
劉備はそういう少年である。
簡雍は劉備を馬鹿にしていたが、あまりにも幼馴染が寛容なので、いつしか尊敬するようになった。
「おまえはすごいやつだ」と言うようになった。
「全然すごくないよ。母さんに本を読みなさいって言われるんだけど、簡雍と遊んでいる方がいいよ」
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