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降伏と逃走
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曹操軍が許都から出陣して南下しているという情報は、襄陽城にも新野城にも伝わっていた。
襄陽城では、新荊州牧の劉琮と重臣の蔡瑁たちが、戦うか降伏すべきか議論していた。
劉琮は荊州を失いたくないので、戦いたいと思っている。
しかし、蔡瑁らは抵抗せずに降伏すれば身分が保証されると考えて、降伏すべきだと主張していた。目的は保身だが、口では「民の命を守るため」などと言っている。
「荊州軍は、一戦もせずに曹操に降伏するでしょう」と孔明は新野城で予言した。
「まさか」と劉備は言った。劉表は侵略戦争はしなかったが、曹操の下風に立つこともなかった。跡を継いだ劉琮が、まったく抵抗せずに降伏するとは思えない。
「いまの襄陽城で主張を通せるのは劉琮様ではなく、蔡瑁様です。荊州牧は降伏すれば州から追放されるでしょうが、役人たちは州の秩序維持のために尊重されます。蔡瑁様は曹操軍を怖れて、降伏したいと考えているはずです。きっとそうなるでしょう」
「しかし、おれにはなんの連絡も来ていないぞ。新野城主を蚊帳の外にして、降伏を決めるだろうか?」
「殿は降伏したいですか?」
「曹操に降伏したくはない。荊州には十万の兵がいる。戦うべきだ」
「そうおっしゃるだろうと思っていました。殿は主戦派です。つまり蔡瑁様にとっては煙たい存在です。殿が軍議に呼ばれることはなく、降伏が決まるでしょう」
劉備は唖然とした。言われてみれば、ありそうだという気がした。
「孫乾、すぐに襄陽城へ行き、情報を集めてくれ」
孫乾は馬を走らせた。そして、襄陽城で劉琮に面会した。
「残念だが、曹操殿に降伏することになった。降伏の使者を送ろうとしているところだ」
劉琮は無念そうにうつむいた。
「劉琮様、劉備様は抗戦すべきだと言っています。荊州軍十万で籠城戦をすれば、戦えないことはありません」
「もう決まったことなのだ。私は命を捨てる覚悟でいる。そのかわりに、荊州の民を守るつもりだ」
劉琮の苦しそうな表情を見て、孫乾は、蔡瑁たちが若き領主を人身御供に差し出したのだと思った。
孫乾はただちに新野城に引き返し、劉備に報告した。
「なんてことだ。腰抜けたちめ!」
劉備は珍しく怒った。
「殿も降伏しますか?」と孔明はたずねた。
「おれは戦うぞ! もう曹操には降伏したくない。いま降れば、一生やつの部下のままだ」
「しかし、新野城の兵力だけではとうてい曹操とは戦えません。ここは逃げるべきです」
「どこへ逃げればいい。孫権のもとへか?」
「孫権様に頼れば、天下三分はできません。曹操と孫権様が天下を南北に二分することになるでしょう。殿は浮上できなくなります」
「どこへ行けばよいのだ?」
「江夏郡へ。劉琦様と力を合わせ、孫権様にも働きかけて、曹操に対抗しましょう」
「わかった、そうしよう。さっさと逃げ出すぞ」
「早急に逃走経路を考えます。殿は幹部を集めてください」
劉備は家臣たちを集合させた。
軍議が開かれ、孔明が作戦を説明した。
「撤退戦です。曹操軍は五十万の大軍で、抗することはできません。いかにわれらの戦力を温存したまま、江夏郡へ逃げ込めるかの勝負となります」
孔明は淀みなく話した。
「関羽殿は水路を行き、船を集めて、漢津で待っていてください。その他の方々は、陸路で漢津へ向かってください。張飛殿はしんがりとなり、もし曹操軍に追いつかれたら、時間を稼ぐ戦いをしてください」
「曹操軍を蹴散らしてやる」
「張飛殿、あなたを失いたくないのです。けっして玉砕などしないでください。時間を稼ぐだけでよいのです。全員、漢津で合流し、水路で江夏郡をめざします」
「わかった」
張飛は冷静になった。
「江夏郡へ逃げても、曹操は追ってくるのではないか?」と関羽が疑問を呈した。
「補給路が長すぎて、おそらくすぐには追ってこられないでしょう」
「それもそうか」
「皆、急いで出発せよ!」と劉備は命じた。
関羽は五百の兵を連れて、あわただしく出発した。
少し遅れて、新野城の全軍が、漢津をめざして南下した。
その頃、曹操軍は豫洲と荊州の州境を越えて、襄陽城へ向かっていた。
すでに劉琮の使者が曹操に会い、降伏すると伝えている。
荊州情勢を調べている曹操の間者が、新野の劉備が逃走したという情報をもたらした。
「逃げたということは、私に敵対するということだな」と曹操は言った。
「劉備など小物です。放置してよいのではないですか」と軍師の賈詡は答えた。
「いや、劉備は侮れない。倒しておかねば、いつか邪魔になるだろう。曹純、五千の軽騎兵を率いて追い、劉備を殺せ」
曹操が命令し、曹純の騎兵隊が劉備軍を追った。
曹純は曹仁の弟で、対袁氏の攻防戦で袁紹の息子袁譚を斬るなどの功績をあげた武将である。
劉備軍は将校以上は馬に乗っているが、ほとんどが歩兵。
急いで進んでいるが、騎兵の速度にはかなわない。
曹純隊は急速に劉備軍に接近した。
襄陽城では、新荊州牧の劉琮と重臣の蔡瑁たちが、戦うか降伏すべきか議論していた。
劉琮は荊州を失いたくないので、戦いたいと思っている。
しかし、蔡瑁らは抵抗せずに降伏すれば身分が保証されると考えて、降伏すべきだと主張していた。目的は保身だが、口では「民の命を守るため」などと言っている。
「荊州軍は、一戦もせずに曹操に降伏するでしょう」と孔明は新野城で予言した。
「まさか」と劉備は言った。劉表は侵略戦争はしなかったが、曹操の下風に立つこともなかった。跡を継いだ劉琮が、まったく抵抗せずに降伏するとは思えない。
「いまの襄陽城で主張を通せるのは劉琮様ではなく、蔡瑁様です。荊州牧は降伏すれば州から追放されるでしょうが、役人たちは州の秩序維持のために尊重されます。蔡瑁様は曹操軍を怖れて、降伏したいと考えているはずです。きっとそうなるでしょう」
「しかし、おれにはなんの連絡も来ていないぞ。新野城主を蚊帳の外にして、降伏を決めるだろうか?」
「殿は降伏したいですか?」
「曹操に降伏したくはない。荊州には十万の兵がいる。戦うべきだ」
「そうおっしゃるだろうと思っていました。殿は主戦派です。つまり蔡瑁様にとっては煙たい存在です。殿が軍議に呼ばれることはなく、降伏が決まるでしょう」
劉備は唖然とした。言われてみれば、ありそうだという気がした。
「孫乾、すぐに襄陽城へ行き、情報を集めてくれ」
孫乾は馬を走らせた。そして、襄陽城で劉琮に面会した。
「残念だが、曹操殿に降伏することになった。降伏の使者を送ろうとしているところだ」
劉琮は無念そうにうつむいた。
「劉琮様、劉備様は抗戦すべきだと言っています。荊州軍十万で籠城戦をすれば、戦えないことはありません」
「もう決まったことなのだ。私は命を捨てる覚悟でいる。そのかわりに、荊州の民を守るつもりだ」
劉琮の苦しそうな表情を見て、孫乾は、蔡瑁たちが若き領主を人身御供に差し出したのだと思った。
孫乾はただちに新野城に引き返し、劉備に報告した。
「なんてことだ。腰抜けたちめ!」
劉備は珍しく怒った。
「殿も降伏しますか?」と孔明はたずねた。
「おれは戦うぞ! もう曹操には降伏したくない。いま降れば、一生やつの部下のままだ」
「しかし、新野城の兵力だけではとうてい曹操とは戦えません。ここは逃げるべきです」
「どこへ逃げればいい。孫権のもとへか?」
「孫権様に頼れば、天下三分はできません。曹操と孫権様が天下を南北に二分することになるでしょう。殿は浮上できなくなります」
「どこへ行けばよいのだ?」
「江夏郡へ。劉琦様と力を合わせ、孫権様にも働きかけて、曹操に対抗しましょう」
「わかった、そうしよう。さっさと逃げ出すぞ」
「早急に逃走経路を考えます。殿は幹部を集めてください」
劉備は家臣たちを集合させた。
軍議が開かれ、孔明が作戦を説明した。
「撤退戦です。曹操軍は五十万の大軍で、抗することはできません。いかにわれらの戦力を温存したまま、江夏郡へ逃げ込めるかの勝負となります」
孔明は淀みなく話した。
「関羽殿は水路を行き、船を集めて、漢津で待っていてください。その他の方々は、陸路で漢津へ向かってください。張飛殿はしんがりとなり、もし曹操軍に追いつかれたら、時間を稼ぐ戦いをしてください」
「曹操軍を蹴散らしてやる」
「張飛殿、あなたを失いたくないのです。けっして玉砕などしないでください。時間を稼ぐだけでよいのです。全員、漢津で合流し、水路で江夏郡をめざします」
「わかった」
張飛は冷静になった。
「江夏郡へ逃げても、曹操は追ってくるのではないか?」と関羽が疑問を呈した。
「補給路が長すぎて、おそらくすぐには追ってこられないでしょう」
「それもそうか」
「皆、急いで出発せよ!」と劉備は命じた。
関羽は五百の兵を連れて、あわただしく出発した。
少し遅れて、新野城の全軍が、漢津をめざして南下した。
その頃、曹操軍は豫洲と荊州の州境を越えて、襄陽城へ向かっていた。
すでに劉琮の使者が曹操に会い、降伏すると伝えている。
荊州情勢を調べている曹操の間者が、新野の劉備が逃走したという情報をもたらした。
「逃げたということは、私に敵対するということだな」と曹操は言った。
「劉備など小物です。放置してよいのではないですか」と軍師の賈詡は答えた。
「いや、劉備は侮れない。倒しておかねば、いつか邪魔になるだろう。曹純、五千の軽騎兵を率いて追い、劉備を殺せ」
曹操が命令し、曹純の騎兵隊が劉備軍を追った。
曹純は曹仁の弟で、対袁氏の攻防戦で袁紹の息子袁譚を斬るなどの功績をあげた武将である。
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