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龐統士元
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劉備は公安を新たな荊州の中心地にしようとしている。
ここはもとは油江口という地名であった。それを公安と改め、郡府にしようという構想を立てたのは、孔明。
「殿、ここに城を築きましょう」と彼は言った。
「築城するのか?」
劉備は驚いた。彼は長らく流浪の将であった。自分で城を築いたことなどない。
「そうです。ここから殿は飛躍するのです。天下を三分し、曹操や孫権と対抗できるように……。もちろん荊州五郡だけでは力不足です。次に益州を取らねばなりません。それでようやく、曹操と渡り合えるようになります」
「わかった。公安を栄えさせ、さらに躍進するための拠点としよう」
210年、劉備は公安城を築いた。そこに郡の役所を建てた。
彼を慕う人々が、荊州各地から公安に移住してきた。
劉備は荊州では人気がある。
劉表がかつて、曹操の徐州大虐殺を住民に伝え、曹操嫌いの方向へ民心を誘導していた。そのため、曹操と戦いつづけてきた劉備人気が高い土地柄なのである。
公安は賑わうようになった。
その頃、公安城へふらりと現れた人物があった。年齢は三十歳くらいに見える。襤褸を纏っていたが、眼光は鋭かった。
「劉備様にお会いしたい」と城門で言った。
門番は首をかしげた。
「おまえは誰だ?」
「龐統士元と言います。周瑜様に仕えていましたが、亡くなられ、失業してしまいました。劉備様に雇っていただきたいのです」
「ただの失業者が殿に会うことはむずかしいだろう」
門番にとって、劉備は雲の上の人。
劉備は荊州南部を領有するようになり、急激に勢力を増大させていた。もはや流浪の将でない。堂々たる群雄のひとりである。
門番は簡雍に取り次いだ。
簡雍が劉備に「周瑜に仕えていた龐統という男が、殿に会いたいと言っているそうだ」と伝えた。
このとき、孔明は関羽とともに江陵城へ行っていて、留守であった。
「会ってみよう」と劉備は言った。
公安城の一室で、劉備は龐統と会った。
趙雲が背後に立ち、護衛をしている。いまや劉備は、暗殺をも警戒しなければならない大物となっている。張飛と趙雲が交代で劉備を守っていた。
龐統の衣服は汚れ、ボロボロ。劉備は一見して、たいしたやつではなさそうだ、と思った。
「劉備玄徳だ」
「龐統士元と申します。かつては周瑜様に仕えていました。あの方が亡くなられ、仕事を失ってしまいました。雇っていただけませんか?」
龐統は仕官を希望しているのに、頭を高くし、堂々としていた。劉備に鋭い眼光を向け、その器量をはかっているようでもあった。
「周瑜殿のもとでなにをしていた?」
「江陵県の行政をしていました。周瑜様はあの地を支配してすぐに亡くなられたので、ごく短い間でしたが……」
「行政というと、県の官吏だったのか?」
「まあそんなようなものです。肩書きは県令でした」
劉備は龐統をまじまじと見た。
県令とは、県の代表者である。こんなに小汚い男が、県令だったのか?
「なぜ孫権殿のもとへ行かず、おれのところへ来た?」
「新興の公安が面白そうだと思ったものですから」
劉備は考え込んだ。もし龐統が、孫権が送り込んできた間諜だとしたら、重職を与えるわけにはいかない。
かといって、元江陵県令に軽すぎる役職をさせるのもどうかと思われた。
「少し待っておれ」
劉備は別室へ行き、簡雍と相談した。
「桂陽郡の耒陽県令がちょうど空席だぜ」と簡雍は言った。
耒陽は田舎の県である。龐統を試すには、ちょうどよいと劉備は思った。
龐統は耒陽県令に任命され、赴任した。
彼は部下に県の行政の仕事を任せ、自分は県令室で酒ばかり飲んでいた。働かなかった。
その怠慢ぶりが公安まで聞こえてきて、劉備は怒った。
「龐統を牢屋に入れてやる!」と叫んだ。
「龐統?」
江陵から戻ってきた孔明がその名を聞いて、劉備を見つめた。
「龐統とは、龐統士元のことですか?」
「ああ、そんなような名前だった。雇ってくれと言うので、耒陽県令にしてやったのに、働かず、酒ばかり飲んでいるそうだ」
「耒陽県令? それはいけません」
「ああ、やつには大役すぎたようだ」
「逆です。そんな田舎の県令では、彼の能力が活かされません」
孔明は龐統を知っていた。
水鏡先生とも呼ばれる司馬徽のもとで交流していた。
「龐統は水鏡先生から鳳雛と評された秀才ですよ」
「鳳雛だと? そんなにすごいやつなのか?」
「ええ。殿の身近に置いて、大役を与えるべき男です。田舎に追いやったから、拗ねて、酒を飲んですごしているのでしょう」
「孫権の間諜かもしれないと思ったのだ」
「信用してやらねば、大才を失うことになりますよ」
「おれはどうすればいい?」
「すぐに呼び戻して、重く遇してやってください」
劉備は龐統を公安城に呼んだ。
「龐統、治中従事をやってみろ」
劉備はさらりとそれだけを言った。治中従事は州の長官の補佐役。要するに、おれの補佐をしろということである。
龐統はにこりと微笑んだ。
彼は襤褸から華麗な服に着替え、たちまち州の繁栄と強兵のための献策をして、劉備を喜ばせた。
ここはもとは油江口という地名であった。それを公安と改め、郡府にしようという構想を立てたのは、孔明。
「殿、ここに城を築きましょう」と彼は言った。
「築城するのか?」
劉備は驚いた。彼は長らく流浪の将であった。自分で城を築いたことなどない。
「そうです。ここから殿は飛躍するのです。天下を三分し、曹操や孫権と対抗できるように……。もちろん荊州五郡だけでは力不足です。次に益州を取らねばなりません。それでようやく、曹操と渡り合えるようになります」
「わかった。公安を栄えさせ、さらに躍進するための拠点としよう」
210年、劉備は公安城を築いた。そこに郡の役所を建てた。
彼を慕う人々が、荊州各地から公安に移住してきた。
劉備は荊州では人気がある。
劉表がかつて、曹操の徐州大虐殺を住民に伝え、曹操嫌いの方向へ民心を誘導していた。そのため、曹操と戦いつづけてきた劉備人気が高い土地柄なのである。
公安は賑わうようになった。
その頃、公安城へふらりと現れた人物があった。年齢は三十歳くらいに見える。襤褸を纏っていたが、眼光は鋭かった。
「劉備様にお会いしたい」と城門で言った。
門番は首をかしげた。
「おまえは誰だ?」
「龐統士元と言います。周瑜様に仕えていましたが、亡くなられ、失業してしまいました。劉備様に雇っていただきたいのです」
「ただの失業者が殿に会うことはむずかしいだろう」
門番にとって、劉備は雲の上の人。
劉備は荊州南部を領有するようになり、急激に勢力を増大させていた。もはや流浪の将でない。堂々たる群雄のひとりである。
門番は簡雍に取り次いだ。
簡雍が劉備に「周瑜に仕えていた龐統という男が、殿に会いたいと言っているそうだ」と伝えた。
このとき、孔明は関羽とともに江陵城へ行っていて、留守であった。
「会ってみよう」と劉備は言った。
公安城の一室で、劉備は龐統と会った。
趙雲が背後に立ち、護衛をしている。いまや劉備は、暗殺をも警戒しなければならない大物となっている。張飛と趙雲が交代で劉備を守っていた。
龐統の衣服は汚れ、ボロボロ。劉備は一見して、たいしたやつではなさそうだ、と思った。
「劉備玄徳だ」
「龐統士元と申します。かつては周瑜様に仕えていました。あの方が亡くなられ、仕事を失ってしまいました。雇っていただけませんか?」
龐統は仕官を希望しているのに、頭を高くし、堂々としていた。劉備に鋭い眼光を向け、その器量をはかっているようでもあった。
「周瑜殿のもとでなにをしていた?」
「江陵県の行政をしていました。周瑜様はあの地を支配してすぐに亡くなられたので、ごく短い間でしたが……」
「行政というと、県の官吏だったのか?」
「まあそんなようなものです。肩書きは県令でした」
劉備は龐統をまじまじと見た。
県令とは、県の代表者である。こんなに小汚い男が、県令だったのか?
「なぜ孫権殿のもとへ行かず、おれのところへ来た?」
「新興の公安が面白そうだと思ったものですから」
劉備は考え込んだ。もし龐統が、孫権が送り込んできた間諜だとしたら、重職を与えるわけにはいかない。
かといって、元江陵県令に軽すぎる役職をさせるのもどうかと思われた。
「少し待っておれ」
劉備は別室へ行き、簡雍と相談した。
「桂陽郡の耒陽県令がちょうど空席だぜ」と簡雍は言った。
耒陽は田舎の県である。龐統を試すには、ちょうどよいと劉備は思った。
龐統は耒陽県令に任命され、赴任した。
彼は部下に県の行政の仕事を任せ、自分は県令室で酒ばかり飲んでいた。働かなかった。
その怠慢ぶりが公安まで聞こえてきて、劉備は怒った。
「龐統を牢屋に入れてやる!」と叫んだ。
「龐統?」
江陵から戻ってきた孔明がその名を聞いて、劉備を見つめた。
「龐統とは、龐統士元のことですか?」
「ああ、そんなような名前だった。雇ってくれと言うので、耒陽県令にしてやったのに、働かず、酒ばかり飲んでいるそうだ」
「耒陽県令? それはいけません」
「ああ、やつには大役すぎたようだ」
「逆です。そんな田舎の県令では、彼の能力が活かされません」
孔明は龐統を知っていた。
水鏡先生とも呼ばれる司馬徽のもとで交流していた。
「龐統は水鏡先生から鳳雛と評された秀才ですよ」
「鳳雛だと? そんなにすごいやつなのか?」
「ええ。殿の身近に置いて、大役を与えるべき男です。田舎に追いやったから、拗ねて、酒を飲んですごしているのでしょう」
「孫権の間諜かもしれないと思ったのだ」
「信用してやらねば、大才を失うことになりますよ」
「おれはどうすればいい?」
「すぐに呼び戻して、重く遇してやってください」
劉備は龐統を公安城に呼んだ。
「龐統、治中従事をやってみろ」
劉備はさらりとそれだけを言った。治中従事は州の長官の補佐役。要するに、おれの補佐をしろということである。
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