31 / 39
第3部最終回 檄文
しおりを挟む
曹操は董卓と同じである。
畏れ多くも漢の帝を傀儡と成し、天下を私有せんと欲している。
専横を極め、官軍を私兵と化して、戦火を広めている。
帝位と天下の簒奪。
悪辣なる想いを抱いていることは明らかである。
諸君、ともに逆賊曹操を打倒し、平和なる漢の国を再興しようではないか。
我は先陣を切る覚悟を持っている。
私は檄文を書いた。
龐統と魏延に見せた。
「私はこれを持って荊州へ行くつもりだ。劉備玄徳の名をもって、この檄文を各地に発送していただき、対曹操戦線を起こそうと思う」
ふたりは文面をじっと眺めていた。
「まことにけっこうな檄文ではありますが、すでに天下は三分されております。孫権殿以外に、これを送る相手がありましょうか」と龐統は言った。
「孫権は動こうとせぬ。孫権配下の者たちに送る。内心では孫権の領土保全第一主義に反発し、周瑜の志を継いで、天下統一をめざしたいと思っている者たちがいる筈だ。少なくとも、呂蒙、陸遜ら主戦派の心を動かすことはできるであろう。彼らの声が大きくなれば、孫権も動かざるを得なくなるかもしれぬ」
「なるほど……」
「曹操の配下にも送ってみよう。勤皇の志を隠し持っている者がいるかもしれない。楽浪郡の公孫康にも送ろう。各地で反曹操の火の手が上がる可能性はあろう」
「だめでもともとと思い、やってみればよろしいのではないでしょうか」
「そうだな。来春には、私と父上だけでも、打倒曹操の戦いを始めたいと思う。すぐには動く者がいなくても、勝勢になれば、この檄文が功を奏してくるであろう」
「勝ち組につこうとしている者は、きっといるでしょう。大きな戦の準備を始めねばなりませんね」と魏延が言った。
「そのとおりだ。士元は成都に兵糧を集め、可能な限りの徴兵をしてほしい。魏延は小型連弩と攻城兵器の大量生産を」
「自分も若君とともに、荊州へ行こうと思いますが」
「それにはおよばない。私は、馬岱と李恢を護衛として連れていくつもりだ。父上との話し合いは、私ひとりで十分。士元と文長は成都に残り、戦闘準備を進めよ」
建安二十年秋、私は馬岱と李恢、そして五百騎の親衛隊とともに、荊州の公安城へ赴いた。
父と諸葛亮、関羽、張飛と再会した。
「よく来た、禅よ」
父は覇気をみなぎらせて、私を見つめた。
「いよいよ戦が近いか」
「来春にも、始めようではありませんか、父上」
「よい頃合いだな」
諸葛亮はそっと微笑み、関羽と張飛は「うおーっ」と叫んだ。
私は父に檄文を見せ、これを曹操、孫権配下の有力者や地方の豪族たちに送ろうと提案した。
「父上の名で檄文を送れば、その気になる者がいると思います。すぐには決起してくれないかもしれませんが、我らが曹操を追いつめれば、味方が増えていくのではないかと思います」
「曹操は董卓と同じか。思想と手法は案外似ているかもしれんな。帝を利用し、天下を自分のものにしようとしておる。しかし、手腕は遥かに曹操が上だ」
「みすみす簒奪を許したくはありません。檄文を発しましょう」
「よかろう。しかし、なぜわしの名を使わねばならんのだ。おまえの名で送ればよいではないか」
「劉備玄徳の名には、劉禅公嗣よりも、遥かに重みがあります」
「おまえが定軍山で夏候淵を破ったことは、天下に知れ渡っておる。自分の名で、やってみよ」
「よいのですか」
「よい。わしは、おまえの檄文に応じて立つことにしよう。荊州から、洛陽を強襲する」
「私は、長安を落とします」
「曹操は黙って見ているわけにはいかないであろう。どこかで大きな戦闘になる」
「曹操の首を取りましょう」
「宿敵を滅ぼし、天下に平和を取り戻し、皇帝陛下に心安らかになっていただく。わしの本望である。なあ、関羽、張飛よ」
「兄上と義兄弟になったときから、変わらぬ志です」と関羽は言い、「劉備兄貴に志を遂げさせるのが、俺の志だ」と張飛は言った。
諸葛亮は黙ってうなずいていた。
私は成都に帰還し、自分の名で、各地に檄文を発した。
この檄が、呉に想像以上の大きな波紋を起こすことになる。
畏れ多くも漢の帝を傀儡と成し、天下を私有せんと欲している。
専横を極め、官軍を私兵と化して、戦火を広めている。
帝位と天下の簒奪。
悪辣なる想いを抱いていることは明らかである。
諸君、ともに逆賊曹操を打倒し、平和なる漢の国を再興しようではないか。
我は先陣を切る覚悟を持っている。
私は檄文を書いた。
龐統と魏延に見せた。
「私はこれを持って荊州へ行くつもりだ。劉備玄徳の名をもって、この檄文を各地に発送していただき、対曹操戦線を起こそうと思う」
ふたりは文面をじっと眺めていた。
「まことにけっこうな檄文ではありますが、すでに天下は三分されております。孫権殿以外に、これを送る相手がありましょうか」と龐統は言った。
「孫権は動こうとせぬ。孫権配下の者たちに送る。内心では孫権の領土保全第一主義に反発し、周瑜の志を継いで、天下統一をめざしたいと思っている者たちがいる筈だ。少なくとも、呂蒙、陸遜ら主戦派の心を動かすことはできるであろう。彼らの声が大きくなれば、孫権も動かざるを得なくなるかもしれぬ」
「なるほど……」
「曹操の配下にも送ってみよう。勤皇の志を隠し持っている者がいるかもしれない。楽浪郡の公孫康にも送ろう。各地で反曹操の火の手が上がる可能性はあろう」
「だめでもともとと思い、やってみればよろしいのではないでしょうか」
「そうだな。来春には、私と父上だけでも、打倒曹操の戦いを始めたいと思う。すぐには動く者がいなくても、勝勢になれば、この檄文が功を奏してくるであろう」
「勝ち組につこうとしている者は、きっといるでしょう。大きな戦の準備を始めねばなりませんね」と魏延が言った。
「そのとおりだ。士元は成都に兵糧を集め、可能な限りの徴兵をしてほしい。魏延は小型連弩と攻城兵器の大量生産を」
「自分も若君とともに、荊州へ行こうと思いますが」
「それにはおよばない。私は、馬岱と李恢を護衛として連れていくつもりだ。父上との話し合いは、私ひとりで十分。士元と文長は成都に残り、戦闘準備を進めよ」
建安二十年秋、私は馬岱と李恢、そして五百騎の親衛隊とともに、荊州の公安城へ赴いた。
父と諸葛亮、関羽、張飛と再会した。
「よく来た、禅よ」
父は覇気をみなぎらせて、私を見つめた。
「いよいよ戦が近いか」
「来春にも、始めようではありませんか、父上」
「よい頃合いだな」
諸葛亮はそっと微笑み、関羽と張飛は「うおーっ」と叫んだ。
私は父に檄文を見せ、これを曹操、孫権配下の有力者や地方の豪族たちに送ろうと提案した。
「父上の名で檄文を送れば、その気になる者がいると思います。すぐには決起してくれないかもしれませんが、我らが曹操を追いつめれば、味方が増えていくのではないかと思います」
「曹操は董卓と同じか。思想と手法は案外似ているかもしれんな。帝を利用し、天下を自分のものにしようとしておる。しかし、手腕は遥かに曹操が上だ」
「みすみす簒奪を許したくはありません。檄文を発しましょう」
「よかろう。しかし、なぜわしの名を使わねばならんのだ。おまえの名で送ればよいではないか」
「劉備玄徳の名には、劉禅公嗣よりも、遥かに重みがあります」
「おまえが定軍山で夏候淵を破ったことは、天下に知れ渡っておる。自分の名で、やってみよ」
「よいのですか」
「よい。わしは、おまえの檄文に応じて立つことにしよう。荊州から、洛陽を強襲する」
「私は、長安を落とします」
「曹操は黙って見ているわけにはいかないであろう。どこかで大きな戦闘になる」
「曹操の首を取りましょう」
「宿敵を滅ぼし、天下に平和を取り戻し、皇帝陛下に心安らかになっていただく。わしの本望である。なあ、関羽、張飛よ」
「兄上と義兄弟になったときから、変わらぬ志です」と関羽は言い、「劉備兄貴に志を遂げさせるのが、俺の志だ」と張飛は言った。
諸葛亮は黙ってうなずいていた。
私は成都に帰還し、自分の名で、各地に檄文を発した。
この檄が、呉に想像以上の大きな波紋を起こすことになる。
2
あなたにおすすめの小説
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる