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第一章
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気持ちがばれ、いっそ吹っ切れた彰太は、いつ白沢がハグしてくれるのかを待ちわびるようになった。ソワソワしながら白沢を見るくせに、目が合えば逸らす。白沢は多少の罪悪感を覚えながらも、何となく可愛い小型犬に似ているなあとほんわかしていた。
だいたいはいつも、昼御飯を食べ終えた白沢が教室を出ていき、しばらくすると彰太のスマホに連絡が入る。例えば今日は、家庭科室で待っているからとラインがきた。
彰太が席を立つ。友達には適当な言い訳をして、家庭科室に向かう。ドアを開けると、にっこりと笑う白沢がいて、彰太は駆け寄り、抱き付いた。全身で幸せだと語る彰太を、白沢が優しく抱き締める。
半月経ち、白沢は彰太を腕の中に抱えながら「多比良、あのね」と言いづらそうに口火を切った。対し、顔を上げた彰太は。
「うん? 止める? いいよ」と、傷付いた顔一つ見せず、笑いながら離れようとする。
「……ううん。いつもありがとう」
解こうとした腕を再びからませ、白沢は彰太を抱き寄せた。彰太は白沢の胸に額をつけながら「あのね」と頬を緩ませた。
「嫌なら、いつだって止めていいんだよ。白沢の嫌なことは、しなくていいんだから。おれはもう、充分過ぎるぐらいの幸せをもらったからね」
白沢の全身に、僅かな動揺が走った気がした。心からの言葉ではあったが、優しい白沢には逆効果だったかもしれない。あるいは、それを見越しての台詞だったのか。
(……性格悪いなあ、おれ)
白沢の優しさにつけこんでいることは、充分過ぎるほど理解していた。でも、自分から手を放すことは出来そうもない。
「ね、多比良」
「んー?」
「キス、しようか」
日課となった昼休みのハグ。今日の場所は、理科室だった。白沢はそこで、彰太を抱き締めながら言った。彰太は顔を上げ、白沢と目線を交差させた。からかっている風には見えなかった。
ふは。
彰太は、小さく笑った。
「どうしたの? 誰かと間違えてる?」
「……間違えてないよ?」
「なら、疲れてるんだよ。いくらおれが女顔だからって、男にキスしようとするなんてどうかしてる」
「……そんなに、可笑しなことかな」
「うん。可笑しい。今日はもう早退して、帰って寝た方がいいよ」
保健室行く?
笑みを崩さない彰太に、白沢は「……いや」と返答することしか出来ない。「そっか」と彰太は再び、白沢に抱き付いた。
その顔が、見る間に赤くなっていく。心臓が早鐘を打ちはじめる。動揺が全身に走っていく。
(……何でキスしようとか言ったんだろ)
あまりにおれが憐れだから? だとしても、出来てハグまでだろう。それとも、モテる白沢にとってはキスなど、取るに足らないことなのか。もしおれがしたいって答えたらどうするつもりだったんだろう。
──キス、してくれたんだろうか。
(……あれ? おれは人生最大のチャンスを自ら逃してしまったのか?)
はたと気付き、赤くなった顔色を青く染めていく。何で、何で素直に「したい!」と言えなかったのか。だって白沢が同情でも気まぐれでもキスしようなんて言うわけないと思い込んでいたから。絶対誰かと、あるいは女と間違えていると思ったから。男とキスしたなんて、白沢にとっては汚点にしかならない。だから。
(……そうだ。おれの判断は間違ってない。これで良かったんだ)
涙を呑みながら、彰太は必死に自分に言い聞かせた。代わりのようにいつもより強く白沢にしがみつき、白沢の体温と匂いを堪能した。白沢は何も言わず、咎めることもなく、いつものように受け入れてくれた。
学校から帰宅した彰太は、玄関にある兄と瑠花の靴に気付いた。今日は大学が昼までと言っていたのを思い出し、開けたままになっているリビングのドアからもれる明かりに目を向けた。此処にいるのなら挨拶しようと足を踏み入れる。
ドアを入って右側にあるソファーに、背を向けて座る二人の人影。彰太は目を丸くした。兄と瑠花が、キスをしていたからだ。
「──げ、彰太っ」
気付いた琉太が、しまったとばかりに目を見張った。瑠花も顔を赤くし、琉太から慌てて離れた。彰太はじーっと二人を見詰めた。
「しょ、しょうちゃん。お帰りなさい」
「……ただいま」
気まずさから瑠花は「わ、私このあとバイトだから、もう帰るね」とカバンを持ち、立ち上がった。琉太も「え、駅まで送ってくよ」とあたふたする。
「い、いいよ。まだ外明るいし、平気」
じゃあ、またね。
彼女が手をふり、帰っていった。玄関に佇む琉太がぽりぽりと頬を無意味に掻く。いいな。彰太は琉太の背後で、ぼそっと呟いた。
「いいな。堂々とキス出来て。いいなあぁぁ」
昼休みの出来事を脳裏に描きながら、恨みがましく何度も繰り返してくる彰太に何と返していいかわからず「さーて。オレもバイト行くかな」と琉太は背を向けた。彰太はがしっと兄の服を掴み「──おれも行く」と言った。
だいたいはいつも、昼御飯を食べ終えた白沢が教室を出ていき、しばらくすると彰太のスマホに連絡が入る。例えば今日は、家庭科室で待っているからとラインがきた。
彰太が席を立つ。友達には適当な言い訳をして、家庭科室に向かう。ドアを開けると、にっこりと笑う白沢がいて、彰太は駆け寄り、抱き付いた。全身で幸せだと語る彰太を、白沢が優しく抱き締める。
半月経ち、白沢は彰太を腕の中に抱えながら「多比良、あのね」と言いづらそうに口火を切った。対し、顔を上げた彰太は。
「うん? 止める? いいよ」と、傷付いた顔一つ見せず、笑いながら離れようとする。
「……ううん。いつもありがとう」
解こうとした腕を再びからませ、白沢は彰太を抱き寄せた。彰太は白沢の胸に額をつけながら「あのね」と頬を緩ませた。
「嫌なら、いつだって止めていいんだよ。白沢の嫌なことは、しなくていいんだから。おれはもう、充分過ぎるぐらいの幸せをもらったからね」
白沢の全身に、僅かな動揺が走った気がした。心からの言葉ではあったが、優しい白沢には逆効果だったかもしれない。あるいは、それを見越しての台詞だったのか。
(……性格悪いなあ、おれ)
白沢の優しさにつけこんでいることは、充分過ぎるほど理解していた。でも、自分から手を放すことは出来そうもない。
「ね、多比良」
「んー?」
「キス、しようか」
日課となった昼休みのハグ。今日の場所は、理科室だった。白沢はそこで、彰太を抱き締めながら言った。彰太は顔を上げ、白沢と目線を交差させた。からかっている風には見えなかった。
ふは。
彰太は、小さく笑った。
「どうしたの? 誰かと間違えてる?」
「……間違えてないよ?」
「なら、疲れてるんだよ。いくらおれが女顔だからって、男にキスしようとするなんてどうかしてる」
「……そんなに、可笑しなことかな」
「うん。可笑しい。今日はもう早退して、帰って寝た方がいいよ」
保健室行く?
笑みを崩さない彰太に、白沢は「……いや」と返答することしか出来ない。「そっか」と彰太は再び、白沢に抱き付いた。
その顔が、見る間に赤くなっていく。心臓が早鐘を打ちはじめる。動揺が全身に走っていく。
(……何でキスしようとか言ったんだろ)
あまりにおれが憐れだから? だとしても、出来てハグまでだろう。それとも、モテる白沢にとってはキスなど、取るに足らないことなのか。もしおれがしたいって答えたらどうするつもりだったんだろう。
──キス、してくれたんだろうか。
(……あれ? おれは人生最大のチャンスを自ら逃してしまったのか?)
はたと気付き、赤くなった顔色を青く染めていく。何で、何で素直に「したい!」と言えなかったのか。だって白沢が同情でも気まぐれでもキスしようなんて言うわけないと思い込んでいたから。絶対誰かと、あるいは女と間違えていると思ったから。男とキスしたなんて、白沢にとっては汚点にしかならない。だから。
(……そうだ。おれの判断は間違ってない。これで良かったんだ)
涙を呑みながら、彰太は必死に自分に言い聞かせた。代わりのようにいつもより強く白沢にしがみつき、白沢の体温と匂いを堪能した。白沢は何も言わず、咎めることもなく、いつものように受け入れてくれた。
学校から帰宅した彰太は、玄関にある兄と瑠花の靴に気付いた。今日は大学が昼までと言っていたのを思い出し、開けたままになっているリビングのドアからもれる明かりに目を向けた。此処にいるのなら挨拶しようと足を踏み入れる。
ドアを入って右側にあるソファーに、背を向けて座る二人の人影。彰太は目を丸くした。兄と瑠花が、キスをしていたからだ。
「──げ、彰太っ」
気付いた琉太が、しまったとばかりに目を見張った。瑠花も顔を赤くし、琉太から慌てて離れた。彰太はじーっと二人を見詰めた。
「しょ、しょうちゃん。お帰りなさい」
「……ただいま」
気まずさから瑠花は「わ、私このあとバイトだから、もう帰るね」とカバンを持ち、立ち上がった。琉太も「え、駅まで送ってくよ」とあたふたする。
「い、いいよ。まだ外明るいし、平気」
じゃあ、またね。
彼女が手をふり、帰っていった。玄関に佇む琉太がぽりぽりと頬を無意味に掻く。いいな。彰太は琉太の背後で、ぼそっと呟いた。
「いいな。堂々とキス出来て。いいなあぁぁ」
昼休みの出来事を脳裏に描きながら、恨みがましく何度も繰り返してくる彰太に何と返していいかわからず「さーて。オレもバイト行くかな」と琉太は背を向けた。彰太はがしっと兄の服を掴み「──おれも行く」と言った。
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