うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第二章

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「親の本性を知ったマネージャーが、酷く同情してくれてね。彼氏と半同棲していてほとんど帰らないから、家にいたくないなら、好きなだけ部屋を使ってくれていいよって言ってくれて」

 一つ、彰太の中で腑に落ちたことがある。高校のとき、どうして一度も部屋に誘ってくれないんだろうと、事情も何も知ろうともせず、勝手に不安になった。

 他人の部屋に。お世話になっている人の部屋に、勝手に人を招き入れるのは、気が引けるだろう。それぐらいのこと、さすがに想像がついた。ついて、あまりの自分の身勝手さが、消えたくなるぐらい恥ずかしかった。

「……ごめん。おれ、何も気付かなくて」

「気付かれないようにしてたんだ。あんな親がいるってばれたら、嫌われてしまうと思ったから」

 一翔は両手を後ろにつき、天井に向かって一つ、大きく息を吐いた。

「──高校三年のとき。取り引き先の社長に、娘が俺のファンだって聞いた両親が、俺にその娘と付き合えと言ってきたんだ」

 好きな人がいない時ならまだしも、一翔には彰太がいた。好きな人とお付き合いをしている。他のことなら何でもする。家にいれるお金も頑張って増やすから。だからそれだけは出来ないと頭を下げた。それでも両親は聞き入れてくれなかった。

『親不孝者が! 取り引き先との繋がりが出来れば会社は安泰になるのに……社員を露頭に迷わせる気か?!』『今まで誰がお前を育ててきてやったと思っているの? どれだけお金がかかったかもしらないで……っ』等など。

 父にも母にも、散々責められた。色々言われてもちろん傷付いたけど。やっぱり自分のことを、そんなに大切には思ってくれてなかったんだと、一翔は逆に冷めてしまった。だから、高校を卒業したら正式に家を出ようと改めて決心した。この親とは縁を切ろうと。 

「でも、あいつらは最低の方法をとった。自分の命を、盾にしたんだ」

 大学一回生となり、しばらくは穏やかな日々が続いていたが、夏頃から頻繁に母から連絡がくるようになった。電話には出なかったが、留守電が毎回のように入っていて。

 経営が悪化した。取り引きを止められるかもしれない、とのことだった。でも、一翔は無視した。もう放っておいてほしかった。親からの仕送りはもちろんもらってはいない。大学は奨学金で通っていたし、生活費はモデルとその他のバイト代で何とか補っていたから。逆に仕送りをしろと言われ、何度かお金を振り込んだことはあったけど、感謝されたことは一度もなかった。

 そして訪れた、最悪の日。

 十二月下旬のことだった。

「いつものように、母から着信がきていた。どうせろくでもない用だろうと思ったけど、留守電が入っていたから、一応聞いてみた。すると、父が自殺を図ったという連絡だった」

 彰太が瞠目する。一翔は顔を天井に向けたまま続けた。

「母がすぐに見つけたから、命はとりとめたけど。案の定、母に言われたよ。お前のせいだって。人殺しってね」

 父が眠る病室で。母にずっと泣きながら責められ続けた。人殺し、人殺し、と。一翔は何も言えず、ただ静かに涙を流すことしか出来なかった。

 一翔はシーツから手を離し、今度はゆっくりとうつ向いた。

「もう俺に、選択肢なんかなかった。少なくとも、俺はそんな風に追い詰められていた。彰太と一緒に、どこか遠くに逃げようかと思ったけど。俺の家庭の事情に、どうしても巻き込みたくなかった。彰太や、彰太の家族にまで金をせびりにいくかもしれない。それが怖かった。──酷いと思われるかもしれないけど、親のためになんて気持ちは、欠片もなかった」

 膝に置かれた一翔の拳が震える。うつ向いているのでどんな表情をしているのかはわからない。でも、淡々していた声音がどんどん辛そうに、泣きそうなものに変わっていく。

「最後の望みを持って、社長と社長の娘にも直接言ったんだ。俺には好きな人がいるから、諦めてほしいと。でも『それでもいい』って言われて……」

 一翔は愕然とした。こちらの感情など、知ったことではないと言われた気がした。誰も、俺の心を理解しようとはしてくれないのだと。

 いくらこちらの気持ちを伝えたところで無駄なのだと絶望し、諦め──疲れてしまった。モデルをやめたのも、社長の娘に言われたからだ。今後はその時間を、私のために使ってほしい。お金なら、父がなんとかしてくれるからと。

「彰太を忘れて、この人を好きになれたら楽になれるのかなって……でも、忘れられなくて……ただ毎日が苦しくて……」

 でも何より辛かったのは、両親の笑顔だった。経営を持ち直し、もう取り引きを止められることの恐怖に怯えなくていい両親は、人が変わったようだった。

「嗤ってるんだ、あいつら。お前のおかげだって。感謝してるって。あの顔を見るたびに、吐き気がしてくる。どうしようもない嫌悪感と怒りで、頭がおかしくなりそうで……っ」

 何度も、何度も思った。

 俺は、何をしているんだろう。
 一番大切な人を泣かせて、一番憎い相手を喜ばせて。

 ──俺は、何のために生きているんだろう。
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