エキゾチックアニマル【本編完結】

霧京

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第五十七話【忘れられた記憶】前

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 薄っすらと見覚えがある気がする。気のせいかもしれない、この街に来た覚えがあるようでいてない。昔住んでいた家から数駅離れた都心の中でも少し静かな港町、何かの撮影できたのかもしれない。なんとなく、心がざわめくのはそのせいだろうか。

「力也、こっち」

 呼ばれて手を引かれ、人ごみの中駅をでると街中を歩く。急いでいるわけではないのに、引っ張るのは駅が狭く歩きにくいからだろう。
 背が高めの力也よりも、冬真の方が人に引っかからずに進めるのは不思議だが、よくみれば一定の速度でかき分けるように突き進んでいる。
 先ほどからあちらこちらに目を奪われている力也にも構わず、人が落ち着くところまでスピードを緩めようとしない。

「やっと抜けた」
「お疲れ」

 人通りが多いところを無事抜け、冬真はやっと立ち止まった。やれやれと言うように、一度力也の手を離す。

「この辺最近一気に人口増えた所為で、ぐちゃぐちゃしてんだよ」
「そうなんだ。なんかできたのか?」
「近くに、コ●トコができたんだよ」
「マジか、行きたい!」
「俺も行きたいと思ってるんだけど、問題はどうやって持って帰るかだよな」

 安く大量の食料が手に入ることで有名な、海外系の大型店だがどれも量が多く、持ち帰るとなればなかなか大変だ。

「あー、それな」
「みんなどうやって持って帰ってんだろうな」
「車とか?」
「車持ってねぇやつは?」
「さぁ?」

 よく食べる力也からすれば、是非とも沢山食料を手に入れたいところだろう。それでも歩きで来てしまったからには、持ち帰れる量にも限界がある。

「電車でどこまでなら持ってけるかな」
「両手で持てるまでなら行けんじゃねぇの?」
「じゃあ、箱は?」
「力也どこまで買うつもりだよ」

 ダラダラと取り留めのない話をしながら、駅前の商店街を歩くと冬真が不意に立ち止まった。

「どうかした?」
「力也、ここ寄りたい」

 見れば、そこは一件のパン屋だった。いい匂いが店の外まで香る店の、ショーウインドウにはおいしそうなパンがいくつも並んでいる。

「ここのパン屋、学校に来てくれてたんだけど、いつも戦いだったんだよな~」
「学食とかは?」
「一応あったんだけど、そっちのほうが競争率高ぇんだよ」

 王華学校は全寮制の為、基本的にお弁当を用意するのは無理だ。もし持ってくるなら、近くのコンビニで仕入れるしかないが、学校と寮は隣接しているため、コンビニに寄っている暇もない。
 必然的に、このパン屋と食堂頼りになる。そうなれば混みあうのも当然だろう。
 なんとなく想像がつき、食堂が混むのは仕方ないと力也は思えたのだが。

「そうなんだ」
「食堂の一か所がSub科専用になっていたから、飯食べるSub見れたんだよな~」

 続けられた単純すぎる混む理由に、一瞬頭を抱えたくなった。つまりSubを見る為だけに食堂が混みあっていたことになる。
 実際冬真も、食事をするSubたちを見る為に、何度も行ったのだが一番近い席はいつも埋まっており、しかも全然席が空かないという目にあっていた。

「飢えてんな」
「先生たちのガード硬すぎんだよ」

 そんなことを話しながら、気になったパンを冬真はトレーに乗せていく。
学生時代に気に入っていたのに、なかなか食べることができずにいたカレーパンやコロッケパン、更に力也が好きそうな甘いクリームやチョコが入ったパンを選ぶ。

「力也他に欲しいのある?」
「じゃあこれも」
「了解」

二人分のパンを買うと、袋を片手に二人は店をでた。昼には少し早いが、それほど問題はないだろう。

「どこで食べるか」
「公園とか?」
「じゃあ、こっちだ」

 いい場所が思い当たったのだろう。自信満々に案内する冬真に、力也は続き歩き出した。
 商店街を抜け少し歩けばやがて目の前に海が見えてきた。目の前に広がる港と波音を聞いた力也は思わず立ち止まった。
 途端に聞こえた気がした振動音にゆっくりと後ろを振り返る。もちろんそこには誰もいないし、何もない。

「どうした?」
「ううん、なんでもない。パンどこで食べるんだ?」
「なんだ。もう腹減ったのか?」

 誤魔化すように咄嗟にそう聞けば、冬真は可笑しそうに笑いながら右の道を指さした。道の先をよく見れば広めの公園に繋がっていた。

「いただきます」

 人気がない、公園のベンチに座り二人はパンにかぶりついた。まだ暖かいパンを頬張れば学生生活を思い出すのだろう、冬真が食べながら思い出話をし始めた。

「学校とにかく圧倒的にSubが少ないし、先生たちのガードきついし、みんなよくSub不足に陥ってたんだよな。だから、チラッとでも見える食堂は大人気だったんだよ」
「休み時間とかは?」
「あー、校舎が違んだ。俺たちが本館でSub科が別館で、渡り廊下で繋がってんだけどこっちからは開かねぇんだよ」

 渡り廊下は必ず鍵がかかっており、鍵はDomの教師しか持っておらず、Dom科の生徒は通ることができない。Sub科の生徒に開けてもらえば入れるが、渡り廊下の向こうからでは頼むこともできない。
その徹底された対策に、力也が呆れたような苦笑を返した。

「徹底してんな」
「だろ? 先生たち全然信じてねぇんだよ。ひでぇよな」

とは言っても、何度怒られても懲りずにSubの先生たちにも声をかけていたのを聞いていた力也は笑い返すしかできなかった。

「いいな、なんか面白そう」
「力也なんかいたら、モテすぎてやべぇと思うぜ?」
「Subは全員モテんだろ」
「そうそう、基本的にみんなからいじられまくる」
「それはちょっと疲れそうだな」

 恐怖を感じるほどの事を去れるわけではないし、精々からかわれるだけだとはわかっているが冬真と同じテンションのDomだらけは別の意味で大変そうだ。

「俺、冬真の相手だけで手一杯だし」
「ハハハッ……ゲホッ!」

 そう言えば冬真は可笑しそうに笑った。その瞬間食べていたコロッケパンが変なところに入ったのか激しくむせる。

「え? 水、水」

 慌てた様子で水を渡され、飲み干した冬真はむせていたのが落ち着き一息ついた。

「喉痛かった」
「そんなに笑うから。やっぱり俺、冬真だけで手一杯だ」
「手がかかるDomですみません」

 真面目な様子で謝られ、今度は二人して耐え切れず笑い声を漏らす。そうしてパンを食べ終わり、立ち上がるとまた手を掴まれた。今日はこうして歩く気なのかもしれない。
 図体のでかい、男同士が手を繋いでいたら目立つのにとは思う物の、嫌な気分はせずに引かれるまま一歩踏みだした。
 その瞬間だった。ゲラゲラと不快な人を嘲笑うような笑い声が聞こえた気がした。

「力也?」

 不意に沸き上がる不安に、首にあるCollarとタグ自然と手が伸びる。心を落ち着けようとするかのように、触れた時、冬真の声が聞こえた。

「あ、なに?」
「立ち止まって、なんかあったのか?」
「ううん、何もない。大丈夫」

 自分でもなにかわからないのだから説明することもできずに、そう答えれば冬真は首を傾げるが気を取り直したように歩き出した。

「学校まではまだ距離あるから」

 気遣うように、そう声をかけてくる冬真の視線に嬉しさと申し訳なさを感じ、どうしたものかと思いながら相槌を打つ。

「ここをまっすぐ行って突き当りを右に曲がる。そうすると川がみえるから川を渡って……、力也、川まで走るか?」
「え?」
「ランニング、俺も頑張って走るから」

 いきなり言われ、驚き聞き返すとニヤッと笑われた。手が離され、準備運動のように屈伸を始めた冬真についていけずに見つめていると、上目遣いに誘うように笑い返された。

「いいだろ? 散歩ってことで」
「……食べたばかりで大丈夫?」
「無理そうだったら、セーフワードいうから」

 気遣ってくれているのだとはわかるが、その誘惑のような誘いに負担は感じず、力也は苦笑を返した。本当に、甘やかすのがうまいご主人様だ。

「じゃあ、本気出してもいい?」
「そこは俺がギリギリついていけるぐらいのスピードでお願いします」

 焦って縋り付くように、腕を握られてしまい、こらえきれず笑い返した。先ほどまであった漠然とした不安は、既に影もなく完全に消えていた。

 走るのは好きだ。風切る感覚、流れる景色、なにも考えなくとも自然と踏み出される足も、呼吸が制限され少し苦しいのもいい。
 今はそれだけではなく、踏み出すたびにカチャカチャと音を立てるタグの存在も、後ろから聞こえてくる息遣いも嬉しい。
 普段よりも物足りないぐらいのスピードでもずっと走っていたくなる。

(楽しい)
(やべぇ、キツイ)

 この町についてからなんとなくおかしい気がした力也の態度に、何気なく提案したランニングだが正直なぜ言ってしまったのかと思えてきた。
 軽やかに一定のリズムで前をいく、その背中に置いて行かれないように走るが、差がどんどんひらいていく。
 力也はずっと同じスピードで走っているようなのに、スピードを上げても追いつくことができない。
 背中だけしか見えないが、楽しそうに見える力也と違って冬真は本当にギリギリだった。できるなら今すぐ、セーフワードを言いたい。だが、楽しそうな力也の様子に、もう少しだけならいけるかもしれないという気持ちと情けないというプライドが、セーフワードを防いでいる。


(置いてかれる)

 それが嫌で、スピードを上げるも追いつけない。数年前までもっと走れたのに、確実に体力が落ちている。完全な運動不足を感じつつ、必死に足を動かし置いて行かれないようにだけを考え走った。
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