敵国王子に一目惚れされてしまった

伊川有子

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エピローグ

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 当初から予定していた通り、お母様が亡くなったのは表向きでは神官との駆け落ちということになった。

 ミランダ様からお母様が亡くなった時の詳細を聞いた時はビックリしたけれど、殺意があってやったわけではないので恨みの感情を抱くことはなかったし、特にお咎めがなかったことに反対する理由はなかった。

 ところがミランダ様は贖罪に北の最前線へ赴くと言いだしたので、それは私とお父様が全力で引き留めた。罪を償うというのならば、彼女にはまだまだやらなければならないことがたくさん残っている。アディたちはまだ母親を必要とする年齢だし、側妃としての役割はお父様の側にいてこそだ。言ってはなんだけど王家に居ること自体が懲役みたいなものなのでわざわざ危険地帯に行くことはない。ミランダ様がしぶしぶだけれど思いとどまってくれた時は心底ホッとした。

 民は実質的な信仰の自由を手に入れ、お父様の説得もあってドローシアに対する怒りの声はすぐに静まった。
 それはいいんだけど、何故か私とルイスの恋話が国中に知れ渡っていてなんとも言えない気分になる。村を訪れれば冷やかしともとれる言葉ややたら持ち上げてくる言葉をかけられてなんだか複雑だ。しかも話がかなり美化されて尾ビレ背ビレに胸ビレまでついてるし。話が歪曲してルイスが私の愛の奴隷になっていたなどと聞いた時は本気で眩暈がした。

 時は経ってもなかなかその話は皆の記憶から薄れず、秋になって食料を配りに行った時も前と似たような言葉をかけられた。やっぱり恋愛話っていつの時代も娯楽なのね、なんて達観して城に帰れば、よほど疲れていたのかあり得ない幻覚を見てしまう。

「あ、おかえりー」

 ルイスが居た。

 なんか当たり前のようにリビングの一番上等な椅子に座って、アディに肩を揉ませ、マリアにお茶を注がせて優雅に寛いでいる。

 あれ、私そんなに疲れてるのかしら、と手で米神を抑えた。

「遠征してたんだって?疲れたでしょ、座ったら?」
「うーん・・・」

 熱はたぶんないと思う。頭を打った記憶はない。じゃあ夢か!と私は結論づけて頷いた。ルイスに言われた通りソファに座って痛む足を擦る。

「やっぱりグレスデンは寒いね」
「そうなのよ。まだ秋なのに足が冷えて冷えて仕方なくって」
「どこへ行ってきたの?」
「西の方。ミランダ様の故郷の近くなんだけど、最近は割と豊作で治安もよかったわ」

 なんでグレスデンでルイスと普通に談笑してるんだろう。変な夢、と思っていると今度はお父様がリビングにいらっしゃって私へ声をかけた。

「シンシア、帰っていたか」
「はい、ただいま戻りました」
「もう話は聞いたのか?」
「はい?何をです?」

 お父様は不思議そうに私を見ている。っていうか、アディたちも皆私を見てるんだけど、え、何、本当に何。

「ルイス殿下が来られているんだが」
「ええ、いますね、ここに」

 我が家でもないのに誰より寛いでますね。呑気に茶しばいてアディたちを召使いのように使って、なんとも優雅だこと。

「もっと喜ぶものだと思っていたが・・・」
「嬉しいですよ、もちろん。どうかなさったんですか?」

 私は小首を傾げて尋ねるとルイスが笑いながら言った。

「泣きながら抱き着いてくれてもいいよ」
「はいはい」

 別れ際のことをいじってるのね。確かにあれは一生に一度の大恥だったけど、生憎私はそれくらいじゃ全然動じません。

「では婚約の件は聞いたんだな」
「ああ、婚約ですね、婚約・・・ん?」

 急に空気の流れが変わった。婚約だなんていくら夢でも都合が良すぎないか。それとも夢だから自分の見たいものを見ているんだろうか。
 っていうか婚約だなんて、どれだけ図々しい夢を見てるんだ私、と笑いが漏れてくる。

「駄目だこりゃ。陛下、シンシアこれ夢だと思ってるよ」
「さっすが!ルイス大当たり!」

 やっぱりわかっちゃう?―――ってんんんんん!!?

 夢にしちゃなんか変だ、と気付いた時に話は随分と先に進んでいた。

「まあ正式な結婚は成人した後だけど、婚約期間中も冬だけこっちに来るから」
「シンシア、突然のことで驚くとは思うが実は―――」
「婚約ー!?」

 私はお父様の言葉を大声で遮り、頭を抱えて勢いよく立ち上がった。
 さすがに夢じゃないって分かって、あまりの展開に頭がオーバーヒートしている。もう何がなんだか。

 ルイスは私の反応を見ながら「ははは」と余裕そうに笑っている。

「まあまあ落ち着いて」
「落ち着いて、じゃないわよ!あんたどうしちゃったの!?さては偽物ね!?」
「シンシア、落ち着きなさい」

 お父様に叱られて私は閉口した。というか黙らざるをえなかった。怖くて。

「ルイス殿下との婚約は本当だ。二年前から決まってたんだが紆余曲折あってな」
「に、二年・・・?」

 二年といえばルイスと出会う9か月以上前のこと。え、意味がわからないという顔をした私にルイスは笑いながら言った。

「二年前さあ、兄さんに連れられて来たことあるんだよね、グレスデン。その時窓からシンシアが武器持った集団に突進していくのたまたま見てさあ・・・―――『いいな』って。プッ」

 『いいな』!?思いっきり嗤ってるんだけど!?

 突進って・・・もしかして賊が城下にやって来て私が追い払った時のこと?あれをルイスに見られてたの!?

「すぐに陛下に打診したんだけど色々条件が厳しくてね、正式に婚約するまで結構時間がかかってしまったんだ」
「はあ!?」

 え、じゃあ何。私がドローシアでルイスと初めて会った時には既に結婚がほぼ決まってたってこと!?

 あんた一言も何も言わなかったじゃない!しかも私の弱味を握ったからって目茶苦茶上から目線で偉そうで!挙げ句の果てには惚れさせられ散々散々散々苦しんだのに!

「騙されたぁーーー!!!」

 私の絶叫がグレスデンの城中に響き渡った。

















 急展開過ぎて頭がついていかなかったのと腹が立っていたのもあって私はしばらく口を利かなかった。無視してもルイスはペラペラと独りで話し続ける。

「なんの下心も無しに協力するわけないじゃん。陛下に出された条件に“ドローシアとの関係が改善すること”ってあったからこれもいいチャンスだなって思って」

 それで私と恋人のフリしてたのか・・・。まあこの人が自分に利のないことをそう簡単にはしないわよね。納得。

 ルイスは私のベッドにどっかりと座り、まるで自分の部屋のように寛いで口を開く。

「本当はシンシアと同じタイミングでグレスデンに来ようかと思ってたんだけど、引継ぎがクッソ忙しいしイレギュラーが起こり過ぎて途中で諦めたんだ」

 妙に忙しかったあの時のことか。確かミランダ様が捕まってからパタリとルイスの仕事が減って一緒に過ごす時間が増えた。短期間で引継ぎを終わらせるのを諦めたからなのね。

 私はハアと大きなため息を吐く。

「・・・なんで最初に教えてくれなかったの」

 そうしたらこんなに振り回されることはなかった。穏やかな気持ちで過ごせただろうに。

「だから正式には決まってなかったんだよ。僕が陛下に打診しただけ。条件出されて、それが適えばいいよって言われてたから、正確には婚約内定かな」
「条件?」
「さっきも言ったけどドローシアとの関係改善と、僕がグレスデンへ婿に来ること」
「婿・・・?え、本当?」

 耳を疑った。ルイスが大好きな家族がいるあの豊かで恵まれた国を離れるなんて。

「ドローシアとしても王族の結婚は神官庁の許可なしにできないから、強硬派のザフセンの罷免なしに婚約はあり得なかったんだよ。
先月ようやく新しい神官長が任命されて結婚の許可が下りたから婚約できたわけ。わかる?」

 ルイスに言われて私は頷こうとして―――やめた。いやいや流されたらダメだ、それでも一言くらい私に何か言ってくれてもよかったじゃない。

「わかりません」
「拗ねないでよ」
「拗ねてない」

 ルイスの手が私の左頬に触れて、私の体は小さく震える。

「僕が触ったの覚えてる?」

 忘れるわけない。とても不思議な経験だった。温かくて幸せで思い出すだけで全身が熱くなる。

「はー、これからは堂々と触れるね」
「・・・」

 おい、って思ったけれど、そうか。私もうこの人のものなんだわ。

 ジワジワと実感が湧いてきてちょっとだけ泣きそうになった。

「一緒にいてくれるの?」

 大切な国や家族と離れてまで。

「いてくれる、じゃなくて、僕が求婚したんだよ」

 ちゅっ、と軽いキスをされて甘い痺れが走る。

「一目惚れってやつかな?」

 ルイスが笑いながら言って、私も笑って彼に飛びついた。











 ―敵国王子に一目惚れされてしまった―  おしまい



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