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第四章 ジョナサンとクロスの謎
修道女たちの調査
しおりを挟む「ジョナサンがはっきりくっきり見えてきた。これで色が付けば、生きている人間と変わらないよ。リディア、ちょっとそのクロスかチャームに祈ってみてよ」
ケイトがすごく気楽に言うので、私もノリで祈ってみた。クロスを両手で目の前に掲げ、厳かに唱えた。
「クロスもしくは干した種のようなチャームよ。我が願いに応え、ジョナサンに色を与えよ」
やっぱり何も変わらない。
「モノクロより、ピンク色のジョナサンとか、楽しいのにな」
そういった途端、ジョナサンがピンクのグラデーション仕様に変わった。
嘘でしょ。本当に色がついた。
ジョナサンは自分の体を眺め回し、うへえと、変な声を上げている。ケイトとダリアは、嬉しそうにジョナサンの両横に座った。
「全身ピンクのハンサムって、かわいいわね」
「うん、親しみやすいし、やっぱりかわいい。首に幅広のリボンを巻きたいな。リディア、それも願ってみてくれない」
「やめてくれ。そんなことしたら、ずっとバラけたままでいるからね」
悪乗りしている二人を無視して、私は目を瞑って精神を統一しながら、もう一度願いを言ってみた。
「ジョナサンに、生きている人間と同じような色を付けてください。お願いします」
ゆっくりと目を開けると、そこには生きているとしか思えないジョナサンがいた。
淡い金色の髪に囲まれた整った顔、そしてブルーグレイの瞳が、真直ぐこちらを向いている。
からかおうとして、すぐ横に張り付いていた2人も、思わず距離を開けた。若い男性との、良識ある距離まで離れてから、二人はしげしげと彼を見ている。
「まったく普通の人間だわ。どうしよう。ちょっとどう接していいのか分からない」
「変わったのは見た目だけだよ。今まで通りでいいよ」
ジョナサンは笑いながらそう言うが、私たちは急に寝間着姿が恥ずかしくなってしまった。
目の前に見えるのは、若くてハンサムな男性だ。気にするなと言われても、なかなかそうはいかない。
「明日からはちゃんとした服を着ておくわね」
「君たちは十六歳でしょ。僕にとったら妹みたいなものさ。気楽にね」
「それはそれで、なんか腹が立つわ」
ケイトがむくれた。私も、ダリアも同感だったので、三人で抗議した。
「女心がわかっていないわ。全くけしからない」
「ごめんなさい。反省する。今日はもう帰るね」
ジョナサンはそう言って消えた。
「はあ、焦った。幽霊のジョナサンが人間のジョナサンに急に変わるんだもの。もう、色々とドキドキだわ」
「あんなに生きている状態そのものの彼をベラさんが見たら、どんな気分になるのかしら」
彼は死んでいるとはいえ19歳の外見のままで、片やベラさんは35歳になっている。女として、複雑な気分だろうというのは分かる。自分だったら辛いかな。でも会いたいよね。
「一度は何とかして合わせてあげたいね。面会の時に、一緒に来てもらったらいいわよ」
ケイトが提案した。
「でも、面会室には監視役がいるのよ。その目の前で、急に若い男性が現れたら、しかも仕切りのこちら側にだったら、大騒ぎだわ」
はい、とダリアが手を上げた。
「ジョナサンとクロスは関係があるようだから、クロスを伯爵様に渡したら、面会室の外で会えるのじゃないかしら。塀からは出られないと言ってたけど、庭の人目に付かない所なら、大丈夫じゃないかな」
「それよ。あ、でも昼間に出られるの?」
そこで、ケイトがいくつかの実験パターンをまとめ、それに沿って試してみることになった。時間帯、クロスとの距離、場所での違い、クロスを持つ人物での差などだ。
やるべきことと、方針が決まったので、生活に更に張りが出て来た。
次の朝やって来たクックに、『ベラさんにジョナサンの事を伝えるかどうかは、お父様に一任します。本人も希望しています』と書いた手紙を付けて帰した。
そして次のダリアの外出日に、お父様からは、『ベラに連絡を取る』という返事と、べラさん発の修道院に関する情報がもたらされた。私が修道院に入ってすぐに、事情を伝えて情報提供を求めたそうだ。
書かれていたのは以下の内容だ。
今のカスリー・ベイン院長は、自分がいた時には一修道女で、地位は低かった。それにハリエル修道女とキンバリー修道女も、一番下っ端だった。三人共男爵家の娘で、爵位が低かったのと共に、教養の面でも、人柄の面でも優れた所が無かった。だから、彼女達が権力を握っていると聞き、驚いている。ただ、意地の悪さは目立っていたので、今の修道院が以前より良くなっているとは思えない。自分に出来る事があれば、力を貸す。
父もカスリーのように秀でた物を持たない人物が、修道院長に収まっているのを疑問に思い、彼女達について調べさせているという。歴代皇族や高位貴族の係累が院長を務めていて、先代院長は現皇帝の叔母だった。男爵令嬢のカスリーがその地位に付くには、よほど秀でた教養や人柄を示さなければ無理だと書いている。
「ねえ、カスリー院長にそんなもの感じたことある?」
私が聞くと、二人は首を横に振った。
「確かに変よね。全く考えたことなかったけど。あまりに品の悪い、というのもおこがましいくらいの修道院だから、彼女でぴったり、と思っていたわ」
ケイトの言葉に頷きながら、私は考えた。
逆なのよね、多分。あまりに品の無い人が修道院長になっているせいで、彼女そのままの修道院になっているのだわ。
元々はすごく美しかっただろう荒れた中庭。手入れの行き届いていない荒れた宿舎。それに、給付額に見合わない劣悪な生活環境。色々とあって忘れていたが、そのお金がどこに遣われているのか、ここに入った当日に疑問に思ったのだった。
「私、修道院内で、院長たちの生活を調べようと思う。カスリー院長が院長職に就いた経緯はお父様に任せるとして、今の彼女達の様子は、内部に居る人間でないと調べられないもの。お金の流れがおかしすぎるのよ。王子妃教育で習ったのだけど、ここは皇族ゆかりだから、他所の修道院より、給付金が多いはずなの。しかも、貴族の娘を受け入れる時に、まとまったお金を貰っているはず。寄付金も入るし、私達が働いて得るお金も入って来る。それなのに経費は極端に絞っているでしょ。かなりの額が浮いているはずよ。そのお金はどこに行っていると思う?」
ケイトが感心して言った。
「さすが、王子の婚約者だっただけある。いや、さすがにハント伯爵家令嬢だけある、かな。なんかすごいね、リディア」
「じゃあ、私は修道女のお世話係の仕事に手を上げるようにする。それなら部屋に入り込めるし、近くで様子を伺えるでしょ。今の私は男爵家の仕事を大人しくこなしているから、少しは気を許すと思うわ」
ダリアが頼もしい事を言ってくれた。修道院外の仕事はキンバリー修道女が割り当てるが、内部の仕事は本人の申告で決められている。
私は厨房の係を希望することにした。食材の仕入れでのお金の流れを調べる。
ケイトは、庭の掃除係をすることにした。外のどこに居ても不自然でないので、ジョナサンの実験に有利だし、警備兵達の様子も探れる。
「なんだか、探偵団になったみたいだ。私、こういうの、やりたかったんだよ」
ケイトがすごくうれしそうに言った。
「そうね。頑張ろう。でもやりすぎないでよ。これって、ジョナサンにも手伝ってもらえるかもしれないわね。そうしたら、探れる範囲が格段に広がるわ」
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