32 / 64
第四章 ジョナサンとクロスの謎
修道女たちの調査2
しおりを挟むそれからの私たち三人とジョナサンは、修道女たちの生活を調べて回った。
私は予定通り、厨房の担当になった。独房から出て以降、私達三人は模範生になり、比較的優遇されるようになってきている。
一番初めに調べたのは食品の購入量。食料品にかけている額は、平均的な費用をかなり上回っている。
ただしその内で、修道院の食事用に充てられるのは、三割程度。その他の高級食材と嗜好品が、修道女と警備兵の宿舎に運び込まれている。
仕入れ帳簿は案の定、二重になっていた。
帳簿が読めて、お金の流れを追える令嬢など、めったにいないので、帳簿を隠す気もないようだ。おかげで、内容を確認するのは簡単だった。
食料品を仕分けるのは修道女達で運ぶのは厨房係。その搬出時に、修道女の宿舎行きの木箱を覗くと、大きな肉や菓子類、酒などが入っていた。兵士の宿舎行きの箱も大体同じだった。
食費の流れは分かった。対外的には、普通より豪華な食生活を送る修道院と見せかけているのだ。高級な酒が大量に仕入れられているのは、表の帳簿には載っていないので、仕入れ先と結託しているのだろう。
からくりがわかったので、リディアが搬入係の時は、肉の一部を目立たない程度取り分け、皆の食事用に回した。
料理人はこの修道院にずっといる中年女性で、かなり大ざっぱな性格で、しかもいつでも酔っぱらっている。だから細かい事は気にせず、淡々といつも通りに調理した。
そして盛り付けと配膳は、見習い修道女の厨房係が行う。
調理済みの料理を盛り付けるとき、修道女たちの皿には、いつも通りの肉の切れ端、見習いにはもう少し厚い肉を入れるようにした。
一番初めの時、リディアが小声で内緒よ、と言って皿を配膳係に渡した。彼女たちは不思議そうにしていたが、結局何も聞かずに私が言ったことに従った。
「最近、食事の肉が増えて、少し元気になった気がする。他のみんなも、少し笑顔が増えたよね」
ケイトの言葉ににジョナサンが反応した。
「肉、食べたいな。ずっと何も食べていないんだ。肉を噛み締めたい」
私は驚いて聞いた。
「もしかしたら、お腹が空いているの?」
「そうじゃないけど、記憶が蘇るのさ。ステーキや、プリッとしたソーセージ。それに冷えたビール」
ジョナサンは、その後ビール、ビールとブツブツ言い続けた。
「一本貰えるか聞いてみましょうか」
そうダリアが言うので止めた。ダリアは一人の修道女の身の回りを任されている。機嫌の良い時には、おやつをもらえるそうだ。それでもビールは駄目だろう。
修道女たちは自分の部屋に、お菓子や酒をたっぷり置いているそうだ。なぜか普通のドレスが何着かと、夜会に着ていくようなドレスまで有るという。どこに着て行くのだろう。
ダリアが修道女の部屋に行くのは夕方までなので、夜の動きはわからなかった。
ところがジョナサンの移動距離が伸びたことで、夜間の監視が可能になった。
ケイトの最初の実験で、ジョナサンの移動範囲は、クロスから百メートル程度と判明した。ただし私が持っている場合でそれだ。それ以外では、距離がずっと短くなる。
出て来られる時間帯は夜の七時から朝日が昇るまで。
それが日毎に伸びていった。一か月後の今では、行動範囲は修道院内全域で、午後の四時以降いつでも出られる。
それでジョナサンに夜間の監視をしてもらった。その結果、呆れた実態が分かった。昨夜、修道女達は警備兵達と一緒に、着飾って遊びに出て行ったという。
ジョナサンは塀の外に出られないので、どこに行くかまでは突き止められない。だからそれは父に頼むことにした。
「その日バネッサ修道女は、早めに部屋に戻って来たわ。私、掃除中に、バネッサ修道女が机の引き出しから、金貨が詰まった袋を取り出すところを見たの」
金貨を持って着飾って向かう先とは、どんな場所なのだろう。
「彼女は一握りの金貨を夜会用のバッグに詰めていたの。だからエスコートは居ないのだと思う」
通常貴族の女性は荷物を持ち歩かない。全て侍女かエスコート役の男性に預ける。持ってもハンカチと扇子くらい。
一体どこに行くのだろう。
「多分、カジノだろうな」
「カジノ。私も行ってみたい」
ケイトが元気よく叫んだ。私もちょっと興味があるので、ジョナサンににじり寄った。
「カジノで仮面を被る人もいて、人目を気にしないで遊べる。そこに通っているなら、修道女達が金の亡者になる理由として、ピッタリはまる。負けがこむと一気に金が消えるからね」
そんなことに私たちの経費が流れているのかと、目眩がしそうだった。
「お父様が五十万ミル寄付したって言ってたけど、それも遣ってしまったのかしら。腹が立つわ」
ジョナサンがすごく剛毅だね、と目を見張った。それから急に考え込んだ。
「修道女が修道院を抜けて、カジノで豪遊というのは、厳罰に処されると思わないか」
「思うわ。絶対よ。ジョナサンありがとう」
私達三人は、これを暴けば最低な修道女たちを、辞めさせられると言って大喜びした。
「待って。まだ問題がある。ラリーにカジノに行ってもらうとして、仮面を被っていたら手が出せないよ。無理に引っ剥がすわけにはいかないからね」
そういえばそうだ。いきなりあなたは修道院長だと決めつけて、別人だったらシャレにもならない。どうしたらいいのだろう。
悩んでいたら、ジョナサンが良い提案をしてくれた。
「こう言うのはラリーが得意なんだ。あいつに任せたらいいよ。暇そうだしさ」
それは一石二鳥だ。お父様に前向きな仕事を与えておけば、私もいくらか安心できる。
その事を手紙に書いて、すぐにダリアから渡してもらった。
交換のように、父からは調査結果が渡された。
カスリー院長は男爵家の次女で、婚期を過ぎた頃に、この修道院で修行を始めている。そして十五年前に前院長が亡くなりると、その後を継いだのだ。
彼女が修道院長になったのは、前院長の強い推薦があったおかげだった。
彼女は前院長が亡くなるまでの二年間、病がちだった前院長の補佐役をしていたという。それらの事情を加味して、資格に乏しい彼女が選ばれた。
十七年前といえば、ベラさんが居た頃だ。すでに修道院は過酷な環境だったので、前院長も善人とは思えない。意地の悪い者同士で気が合ったのだろう。
こんな修道院、無くしてしまえばいいのだ。
次にダリアが男爵邸に行ったとき、ダリアはお父様からの返答を受け取ってきた。
『カジノ向きの派手な宝飾品を、寄付することにしよう。院長は私のエメラルドのタイピンに目をギラつかせていたから、きっと身に付けてくる』
父はその宝飾品を目印にして、相手を見破るつもりのようだ。
これから準備をして実際に仕掛けるのは、2か月目の面会の後に決まった。
まずは一回目の面会、そしてジョナサンとお父様の再会だ。
101
あなたにおすすめの小説
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜
八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」
侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。
その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。
フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。
そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。
そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。
死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて……
※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる