修道院パラダイス

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第五章 神獣

ベラさんとジョナサン

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「僕はリディアの側を放れる気は無い」

 トーマス様の言葉に絶句した。そんなことを平然と言わないで欲しい。
 ケイトが私の脇腹を肘で付き、パチンとウインクした。
 ロイは苦笑いだ。

「修道女たちの今までの生活について、聞かせてもらおうか。こちらのお二人に協力してもらえるのかな」

 ケイトとダリアが頷くと、ロイは二人と一緒に応接室に向かった。伯爵家の侍女が一人付き従っている。朝になって、女性が呼ばれたようで、あちこちで忙しそうに働いている。

「今日中に警備兵たちは王都に送り返す。処罰は派遣元の国軍に任せることになるね」

 お父様はカジノに着て行った服装のまま送り出すと言っている。非常に華美な格好だそうだ。さぞや人目を引くだろう。

 修道女たちはどうなるのか聞いたら、嫌そうな顔をされた。

「修道女たちは警備兵の宿舎で過ごしてもらう。その間はわが家から、世話係をつけるしかないね」

「私たちがその仕事をしてもいいですけど」

「駄目だ。周辺から駆り出された兵達が出入りする場だ。どんな男が混じっているか分からないからね。今、修道女の派遣を、周辺の修道院に頼んでいるんだ。もうしばらく我慢して生活してくれ」

 
 昼食の時間にその話を皆に伝えた。思いのほか、皆落ち着いていて、私の言う事にも従ってくれる。
 それで、私は朝と夕方に外部棟に出向き、捜査の進捗を聞くことになった。
 そういった生活を続けて三日目、夕方に外部棟に行くと、一人の修道女がお父様と話していた。

「リディア、こちらにおいで。紹介しよう。ベラ修道女だ」

 振り向いた修道女は、驚くほど華やかな女性だった。
 美貌はもちろん、パアっと周囲を照らすかのような、陽気な雰囲気を振りまいている。

「リディア。ハントです」

「まあ、本当にアリスの若い頃とそっくり。これならジョナサンが間違えて出てきても、おかしくないわね」

 そうだった。ジョンサンだ。なぜか彼はこの三日間出てこない。どうしようか、と青くなった。

「彼女が移籍の手続き中だったので、繰り上げて先行派遣してもらうことになった。今日から君たちと一緒に生活してもらう」

 私はベラさんを本棟に案内した。彼女もここで1年暮らしていたので、形式的なものだったが、十七年前との違いを色々と教えてもらえた。
 以前は中庭は綺麗に整備され、花が咲き乱れていたそうだ。見習い修道女の宿舎ももっと綺麗で、花や絵画が飾られていたという。

「あの頃、こんなひどい所は無いと思っていたけど、今と比べたらぐんとマシだわ。今はまるで捕虜の収容所みたい」

 ベラさんは見ている景色が信じられないようで、時々頭を振っている。
 私たちにとって、ここは最初からこうだったし、修道院に入るのも初めてで、こんなものとばかり思っていた。他の皆も多分そうだろう。

「まずは環境を整えないとね。内部の戒律や生活に関しては、夕食の時に挨拶して、皆の様子を見てからにします」

 そう言ってから私をじっと見た。
 そして唇を指でなぞってから、ニコッとした。

「痩せているけど、元気そうね。気力も有りそうだし、精神面の追い込みは無いのかしら」

「そういえばそうですね。お金請けのために、経費を色々削られただけ、かもしれません」

「私がいた頃の院長は、若い娘をいびるのが趣味みたいな人だったけど、どっちを選ぶのも嫌だわね」

 そっちのほうが嫌かもしれない。神経が参ってしまう。
 それでも今の方がほうがましだとは言いたくない気分だ。やはり前の修道院長も今の修道院長と同類なのだ。重くなった気分を追い払いたくて、私は最近になって改善された部分を伝えた。

「最近は、食事の量が増えたので、みんな少し元気になりました。修道女用の食材をくすねているのと、お父様の差し入れのお菓子のおかげです」

 ベラさんはとても綺麗に微笑んだ。

「さすがラリーとアリスの娘ね。頼もしいわ」

 食堂で全員がそろうと、ベラさんが祈りの言葉を述べ、それから自己紹介をした。昔の修道院の様子も少し話して、明日から少しずつ、全てを良くしていきましょうと締めくくった。

 食事の内容は、豪華版だ。
 普通の人からすれば、ごく普通だろうけど、私たちにとっては違う。
 ポークステーキの厚さが一センチ以上ある。付け合わせのジャガイモが、クリームで煮てある。そして、パンがどっしりしたクルミとイチジク入りなのだ。
 手が震えてしまう。

 様子を見ていたベラさんが、明るい大きな声で言った。

「これからは毎日、この程度のボリュームを約束するわ。遠慮しないで全部食べてね」

 その言葉に、初めて食事中に話し声と、笑い声が上がった。

 食事の片付けが終わり、部屋に戻ると、105号室にベラさんが来ていた。
 多分、ジョナサンに会いに来たのだろう。だけど今夜出てきてくれるかは、全く分からない。

「ジョナサンに会いたいのだけど、彼はここにやってくるの?」

 ズバッと聞かれ、私は口ごもった。そして首からクロスを外し、ベラさんの目の前にかざした。

「このクロスと関係があるようなのです。ただこの三日間,姿を見せていなくて、それがなぜかは解りません」

 ベラさんがクロスに手を伸ばしてきたので渡すと、しげしげと見つめ、しょんぼりと肩を落とした。

「綺麗な玉ね。今夜は会えないのかしら。ラリーの前には出て来たのに、私には姿を見せてくれないなんて、ひどい人ね」

 喜怒哀楽がすごくはっきりした人のようだ。そんなベラさんを見て、ダリアが考えながら話し始めた。

「三日前に、このチャームが水色に変化した時、リディアはラブレターを握っていたわよね。これはリディアの気持ちに連動しているのかもしれないわ。とりあえず、もう一度、あの手紙を読んでみてはどうかしら」

「あ、そうね。試してみましょう」

 そう言ったのはケイトだった。ケイトは私の肩を押して、ベッドサイドの机の前に押して行った。手紙は引き出しにしまってある。

「さあ、出して読んでみて」

 気は進まないけれど、落ち込んだベラさんを見ると、出来ることはしてあげたくなる。
 それで手紙を出し、思い切って広げた。横目でこわごわ読んでみた。愛の言葉の羅列は、目に痛い。私には刺激が強すぎるのだ。

「駄目、心臓に悪いわ」

 そう言って、手で赤くなった頬を抑え、手紙を机の引き出しに戻そうとすると、突然にジョナサンが現れた。

「やあ、今晩は。捕り物はどうなったの」

「ジョナサン。今までどうしていたの。心配したのよ」

 私は思わずなじってしまった。そしてすぐに、ベラさんの事を思い出した。彼はベラさんに背を向けているので、まだ彼女には気付いていないようだ。

「ジョナサン、落ち着いて聞いてね。院長達が捕まったので、ベラさんがこの修道院に移籍してきたの。落ち着いてちょうだいよ、いいわね!」

「ジョナサン」

 そう叫ぶなり、ベラさんがジョナサンの背中に飛びついた。ジョナサンは振り向いた時の驚いた顔を残し、体がばらけてしまった。私はベラさんをそっと一歩下がらせた.

「ベラさん、少しの間動かないでくださいね。ジョナサンがもう一度集まりますから、待ってください」

 ベラさんは目を丸くしている。

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