修道院パラダイス

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第五章 神獣

相談

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 二人に急かされ、玉を握ってホープを呼んだ。ホープは出てきたけど、今日はもうあんまり力がないから、少ししか出ていられないと言う。

「ジョナサンが薄くなって消えてしまったの。どういうことか分かる?」

「僕の結界に捕まっている彼のこと? 僕の結界が緩み始めているのだと思うよ。だから少しずつ解放されているんだろうね」

「彼はどうなっていくの。体に意識が戻るの? 危険なことは起こらないの?」

 ホープは、うーん、と唸って考えている。

「どうかなあ。人間が長く捕まっていたのは始めてだから、わからないよ」

「じゃあ、どうなったら、彼が完全に体に戻るの?」

「それはわかる。僕が完全に実体化して、この玉に戻らなくて良くなった時だよ。今はこの玉が僕を守っているけど、そうなったらただの休憩場所になる」

 じゃあ、早く完全に実体化させなくては。ノロノロやっていたら、良くない影響が出そうで怖い。

「もう一つ、彼は消えてしまったけど、今までのように出てこれるの?」

 それはわからないと言われてしまった。それなら気軽に呼び出したら駄目だろう。変な風になったら困るもの。 
 ケイトは半分に分離したりしないわよね、と怖いことを言う。
 本来ならば、ホープが全てわかっているはずなのに、子供になって記憶を失っているので、皆目わからないのだ。

 私はこれからどうしようかと、必死で考えていた。そこにケイトとダリアが、一気に愛情バロメーターを上げて、一気に体に戻しましょうと迫ってきた。

「でも、どうやって」

「トーマス様とデートしましょう」

「それより、ファーストキスは、インパクトあるわよ。一気にユニコーンが実体化すると思う」

 えええーとのけぞった。私がトーマス様と、どうにかなる話ばかりじゃないの。

「ジョナサンの命に関わるのよ」

「だけど、私はまだトーマス様のことを、よく知らないのよ」

 本当にほとんど知らない。修道院に来る途中で話したのが、初めてなのだ。
 愛の告白は嬉しかったけど、だからどうしたい、とまで考えてはいない。

 そう二人に話した。
 すると、彼の方は結婚を申し込んでいる。あなたはそれに答えを出さないといけない、とケイトに至極まともな事を言われてしまった。
 困った。
 どさくさ紛れに言われたことだし、知らん顔でやり過ごそうと思っていた。それなのに、トーマス様はいつの間にか、お父様やロイと一緒に行動している。
 知らない内に、外堀を埋められている気がする。
 
「それにリディアだって、トーマス様のこと好きでしょ」

「そんなのわからないわよ。考えたことないもの」

「私たちにはそうとしか見えないんだけど。自覚無しかあ」

 ダリアがじゃあね、ちょっとだけ考えてみてね、と前置きした。

「リディアが大切にしているハンカチは、トーマス様からもらったものでしょ」

 初めて話した時に渡された物を、引き出しに仕舞っている。匂いもそのまま残っていて、お父様の使っているのとは違う香りがする。
 次第に薄れていく香りを、時々嗅いでみたりする。とても良い香りだから。

「時々取り出して、眺めたり匂いを嗅いだりしているわよね。それは彼がくれた物だからでしょ」

「いい香りだからよ。それだけ」

「香りが好みって、その人を男性として好ましく思うってことよ」

「好みなのは香水の香りで、トーマス様は関係ないわよ」

 ケイトが首を傾げた。

「香水は、付けた人によって香りが変わるのよ。だから移り香は持ち主特有の香りになるのよ。知らなかったの?」

 ユーリ様が香水を嫌うので、私はつけた事が無い。お母様がいないのもあってそういう話は家でも出なかった。

 つまり、私はトーマス様の香りが好きで、クンクンしているって思われていたのね。そうと知って、恥ずかしくて顔に血が昇った。

 ホープが、力が流れ込んでくるよ、と言う。これは二人の言葉に従う方がよさそうだ。そして私はもしかしたら、トーマス様のことが好きなのかもしれない。

「どうしたらいいと思う?」

「そうね。伯爵様たちに相談したほうがいいでしょうね」

 次の朝、外部棟には三人で向かった。
 ベラさんは先に来ていたようで、二人の間で話が弾んでいる。ジョナサンが体に戻れるかもしれないと伝えたのだろう。

 私達もそこに加わった。
 そして、ロイとトーマス様も、この場に呼んでもらった。
 彼らは毎日証拠品や書類の裏付け調査で忙しく走り回っている。そのため顔を合わせるのは久しぶりだった。

 昨日の話を思い出すと、私はトーマス様を見ることができなくて、俯いたままボソボソと挨拶をした。その様子をロイが不思議そうに見ていたが、ありがたい事に何も言われなかった。

 私はまず、みんなの前にホープを呼び出して見せた。

「これは神獣かな。普通の生き物ではないな。どうやって呼び出した」

 水色の玉を摘んでみんなに見せた。

「元はあの干からびた種のようなチャームよ。この子馬はこの中にいるの。私とつながっていて、私から力を補充して、実体化しようとしているの。ユニコーンじゃないかと思っているのよ」

 ユニコーン、と男性たちがつぶやいた。
 ホープはダリア達女性の側にピタッと張り付いて、撫で回されている。

「乙女にしか懐かないという神獣か。そんな感じだな。とても小さいのは子供だからなのかな」

 お父様の問いに私は答えた。

「彼が言うには、復活したばかりだからだそうよ。力が戻ればもっと大きくなるらしいわ」

「どうやって力を戻すんだ。リディアからどうやって力を補充する」

 私は説明をためらった。非常に言いにくい。
 すると私に代わって、ケイトが説明を始めた。

「この子はリディアが愛情を感じたり、愛で感動した力を受け取っているみたいです。一番初めは、私たちに対する愛、つまり友情がこの子に力を与えたようです。その時初めてジョナサンが現れました」

 ケイトに感謝した。当たり障りなく、うまい説明だ。だけど、続きはリディアから、と私に振られてしまった。

「昨夜、この子が出て来た後、ジョナサンが透明になっていって消えてしまったの。彼は少し頭がぼんやりするだけだと言っていたわ。私が透けていると教えるまで、気付いていなかったもの」

 ベラさんが驚いている。お父様も。

「この子に聞いてみたけど、どういった状態なのか分からないそうよ。ただ力が十分貯まって、この子が完全に実体化したら、彼は体に戻れるって」

 私はホープを呼んで、新しく思い出したことはないか尋ねた。ジョナサンが結界内にいるのは感じられる、と言う。

「この子の結界内に、ジョナサンは今も居るそうよ。だけど、この先少しずつ結界が緩んでいくと、ジョナサンがどういう状態になるか不安なの」 

 お父様が、それで? というように眉を上げてこちらを見た。私は先を続けるのをためらい、口ごもった。

「リディアの愛情ゲージを一気に上げて、一気にジョナサンを解放するのが一番安全だと思うんです。違いますか?」

 ケイトが代わって話してくれた。

「そのためにはリディアがトーマス様と婚約……」

 私はケイトの口を塞いだ。

「デートでお願いします」

 目を瞑って、ひとおもいに叫んだ。シンとしているので、片目を開けてみると、目の前にトーマス様が跪いていた。そして私の手を取って、うっとりと見つめている。

 お父様は真っ赤になっているが、怒っているというより困っている?
 ベラさんはお腹のあたりで両手を握り合わせ、私をキラキラと見つめている。強制はしないけど、期待している感じ。なんだか重たい状況だわ。


 
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