修道院パラダイス

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第五章 神獣

相談4

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 ふと視線を感じた。それもかなり強めで、突き刺さるような感じ。私とロイ以外の全員が私を凝視している。ホープまで出てきていた。

「リディア。さっきまでの乙女のあなたは、どこに行ったの。商談をまとめているんじゃないのよ」

 ケイトがなぜか怒っている。
 ダリアも、みたい。

「リディアはトーマス様の匂いが好きよね。彼に惹かれているのは、周りで見ている者には一目瞭然よ。誤魔化しちゃ駄目」

 優しいダリアに叱られてしまった。
 目の前、いや、下にはトーマス様が我慢強く跪いている。
 この手を取るのは、とても怖いけど、断ったらすごく後悔しそうな気がする。

 私にホープが語りかけてきた。

「好き合っているのに、なぜ拒むの? おかしいと思うよ」

 この言葉で踏ん切りがついた。
 私はグッと、トーマス様の手を強く握った。

「婚約の申し出を、お受けします」

 なんだか、大きな商談をまとめた風な気分なのは、なぜだろう。ロマンチックさの欠片もありゃしない。

 トーマス様はやったと言ったまま、固まっているし、女性達は歓声を上げている。

 お父様とロイは、顔を見合わせてから、婚約の条件の相談を始めた。
 婚約期間の取り決めと、解消の条件をガッチリと盛り込まなくては、と息巻いている。二十歳までは結婚させないと言う言葉が聞こえてきた。

 まあ、いいけど、と思っていたら、トーマス様がすっ飛んでいった。
 そして何やら揉めている。

 ケイトとダリアが寄って来た。

「おめでとう、リディア。さっきのあなた迫力あったわよ。なんか、想像していたプロポーズシーンと違うけど、見応えあった」 


 そんな感じで、突然私の婚約が決まり、公爵家との話し合いに、進むことになった。

 トーマス様が言うには、今までに持ち込まれた縁談を、彼は全て断っていて、周囲がヤキモキしているそうだ。だからこの話には、大喜びするはずだと言う。
 出来たら、詳しい話が出回る前に、婚約について決めてしまいたい。そのため囚人の護送前に、お父様とトーマス様は、一旦王都に戻ることになった。
 
 まずはトーマス様から公爵たちに伝えてもらい、その後、お父様を含めての話し合いに進むことになる。
 陛下に報告するのは、その後だ。その時には修道院の騒動についてと共に、私たちの婚約の報告も行われる。

 間を置かずに、罰当たり修道女達が到着すれば、王家も貴族達も大騒ぎになるだろう。そのどさくさ紛れに、婚約を王に認めさせる。
 それをクリアしたら、いよいよ神獣とジョナサンについてだ。それは王都を更に沸かせることだろう。

「お父様、お気を付けて。私のことも、ジョナサンのことも、うまく運ぶよう祈っております」

 出立直前、私が袖を掴んで見上げると、お父様はロイを呼び寄せた。

「私がいない間の保護者代わりだ。彼と相談してうまくここを仕切ってくれよ」

 ロイは私の肩を抱いて、任せてください、と答えた。
 トーマス様は、そんなロイが気になるようだ。ロイは兄のようなものなのに。
 ロイから私を引き離し、ロイが手を置いていた方の肩を払った。

「なるべく早く、許可を得て戻ります。少しの間だけ、待っていてください」

「はい。ご無事に、早くお戻りください」

 一言だけの短いやりとりの後、二人は馬で駆け出していった


 それからの毎日は、退屈にノロノロと過ぎていった。
 毎晩、トーマス様の公爵家が、どんな返事をするのかと想像し、不安になったり期待したりと、そわそわしながら眠りについた。
 ケイトとダリアは、全部上手くいくと言ってくれる。でもいくつもの交渉をしないといけないのだから、難しいに決まっている。

 一つが拗れたら、他のことも巻き込んで、揉めかねない。
 一番難しそうなのはジョナサンのこと。今からまた罪に問われるのは酷すぎる。

 実は、出立の前夜、お父様から耳打ちされている。

「もし、全てが悪い方に転んだら、この国を出ようと思う。貴族の身分を捨てて、別の国で商人としてやり直すんだ。もちろんジョナサンとベラも連れて行くし、お友達が同行したければ、それも歓迎するよ」

 私はまだ二人に、その話をしていない。三人揃ってヤキモキしたら、不安が3倍になりそう。四日目の今夜も私は神に祈ってから眠ろうとした。
 その私の横に、ホープがいきなり現れた。彼は毎日私を慰めに来てくれている。

 以前、私が神に祈る姿を見て、僕は神獣だから、僕に祈るといいかもしれないよ、とホープが言っていた。それで私は聞いてみた。

「ホープは何が出来るの?」

「.....まだ、分からない」

 これには笑ってしまった。でも気持ちはうれしいので、ブラッシングをして感謝を伝えた。ホープは少し大きくなったので、背中に乗ることもできるようになっている。

「重くないかな。大丈夫?」

 初めはそう聞いたけど、このたった四日間で、だいぶ体が大きくなっている。
 今では安心して乗れるサイズで、その分部屋の中では狭すぎて、困るようになってきた。

「外で走り回りたくはない?」

「僕はここではない世界で走り回っているから、そういう心配はしなくていいよ」

 別の世界とはどこなのだろう。夢で見た、あの場所だろうか。あの時のホープは、とても大きくて立派な馬だった。

「ねえ、他の世界では、もっと大きな体をしているの? 夢で見たあなたは凄く立派な銀色の馬だったわ」

「あれは僕の結界の中だよ。あそこでは、本来のあるべき姿になるんだ。きっともうすぐ、あの姿に成長するよ。今のリディアは、愛で満ちているからね」

 自分ではよくわからないけど、ホープの成長が証拠だった。


 五日目の朝、クックが手紙を持って姿を現した。

『婚約成立。全て順調だよ』

「やったね。リディア、改めて婚約おめでとう」

 覗き込んでいたケイトが、大声で叫んだ。

「本当かしら」

「リディアらしくないよ。考えすぎじゃないの」

 きっと、そうだと思い直し、少しだけ力を抜いた。そして、出発前夜のお父様の言葉を二人に話した。

「もし、そんな状況になったら、あなた達は一緒に来る?」

「もちろん一緒に行くわよ」

 二人は同時に即答した。

「そんな話を、今まで一人で抱え込んでいたなんて、水くさいよ。友達なのに寂しいじゃない」

 ケイトが怒っている。私はケイトに抱きついた。

「だって、これを話したら、本当にそうなりそうで怖かったの。ごめんね」

 ダリアは真剣に考え込んでいて、しばらくしてから、ゆっくりと話し始めた。

「伯爵様は、リディアとジョナサンを守ろうとしているのね。それが難しかったら、いっそ、それ以外の全てを捨てるとおっしゃるのね」

 ダリアは、ふう~っと息を吐いた。

「やっぱり、最高の男だわ」

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