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第五章 神獣
リディアの決断
しおりを挟む「恋するって、結構大変なんですね」
「そうよ。あなたにとっては初めての、ちゃんとした恋のようね。アリスの代わりに私が相談に乗るから、困ったら頼ってね」
そう言いながら淡いピンクのリボンで、編んだ髪を留めてくれた。このリボンは修道女の部屋から押収されたものだ。手芸用なのかロール状で一巻きある。
修道院に入ってから、そういった装飾品は一切身に付けていない。以前だったら意識もしないくらい細くて小さなリボンが、とてつもなくうれしい。
「このリボン、見習い修道女の私が付けてもいいのでしょうか」
「このくらい慎ましい物ならいいと思うわ」
それなら、他の見習い修道女達にも、これを支給して欲しいと頼み込んだ。幸いリボンはたっぷり長さがあったので、それを人数分切り取る。
そんな作業をしている内に、さっきまでのモヤモヤとギザギザは、すっかり消えていた。
ベラさんと一緒にお茶の支度をして、それを持って部屋に戻り、お茶を飲みながら、話の続きをお願いした。
「次はジョナサンの件だな。私達はあらかじめ、到着した翌々日の謁見を申し込んでおいた。修道女たちが護送されてくる日に合わせてね。一日目と二日目は、公爵家との相談と、王都の屋敷の管理と情報収集に宛てたんだ。修道院の噂はかなり広まっていて、社交界のトップニュースになっていたよ」
伯爵邸の執事と、諜報部隊からの報告で、最新の情報を仕入れたそうだ。
「王宮に出向いたら、あちこちで人々に捕まった。それでなかなか前に勧めないんだ。だから深刻ぶって、私が向こうに引越していたのは、正解だったようです、とだけ言っておいた」
お父様は言いながら笑っている。
それは、余計に興味をそそったことだろう。
陛下への報告は、お父様とトーマス様と二人で臨んだ。
その場でお父様が、事件の発覚から、調査結果までを報告した。
カジノで、寄付したはずの宝飾品をつけた女を見かけ、声をかけた所から、修道院での取り調べ内容まで。
行きがかり上、今のところ捜査の責任者になっていること。ちょうど伯爵邸にやってきていた、トーマスとロイが、調査の手伝いをしてくれている事も伝えた。
陛下からすれば、トーマスとロイは自分が命じて探りに行かせた者たちだ。そのトーマスが、お父様の説明内容を、全面的に肯定した。
そして修道院の運営がいかに酷いもので、いかに見習い修道女たちが、虐げられていたかを伝えた。
「痛ましいくらいに、皆やせ細っていました。満足な食料を与えられず、ひたすら労働させられ、その賃金を修道女たちに吸い上げられていたのです」
トーマス様の言葉を疑う理由はなかったが、陛下はそれでも信じられなかったらしい。
「まさか、そんなことになっていたとは。特別な修道院として、手厚い補助金を与えていたし、会計監査でも特別に問題はなかったはずだ」
特別、という言葉に乗っかって、お父様は神獣の件を持ち出した。
「非常に特別な修道院なのは、事実のようです。実は院内に神獣が眠っていて、その守護の結界が張られていました」
陛下はもちろん驚いた。
「その神獣が目覚めました。何百年も結界の中で眠っていて、復活したばかりなので、今は幼体です」
「では、見える状態で、修道院にいるというのか。それはどんな神獣なんだ」
「銀色に輝く子馬です。最初は犬ほどの大きさでしたが、徐々に大きくなっています。実体化したので、守りの結界は消え、男性が院内に入ってても、害を及ぼすことがなくなりました」
「今までは、男性が入れなかったと言うのか?」
「そうです。結界に沿って塀が巡らされています。それに触れると意識が遠のきます。だから外からは入り込めない。中からも抜け出せない。連絡通路部分が、その抜け道のようです」
「今はないというのは、なぜ分かる」
「神獣から直接聞きました。そして私とトーマス殿とロイ殿の三人で確かめました」
これには陛下が更に驚いた。
「神獣と話すことができるというのか」
「一人だけ、話すことができる者がいます。十七年前に結界に触れたせいで取り込まれていた男です」
そこからの話は、大変に微妙な駆け引き混じりで、説明が難しいそうで割愛された。
結果だけ言うと、ジョナサンが修道院に忍び込もうとしたことは、神獣の通訳を務めることで、相殺されることになった。
修道院には、神獣の壁画が描かれていて、三百年程前の年号が刻まれていた。今の王家がこの国を支配するようになった頃の話だ。
皇族の女性が院長になる、という決まりは引き継がれているものの、その理由は全くの不明。多分初期の頃には、明確だったのだろう。
建国に関連があると思われる、神獣が復活したのだ。この素晴らしい慶事を前にしたら、大概の事は許される。
私とケイトとダリアは、ベラさんを散り囲んだ。後は結婚式の準備だけ。
「お父様、他国に逃げる必要は無くなったんですね」
私はお父様に抱きついた。
「そうだね。多分大丈夫だ。だけど、他国に移るのもいいかもしれないな。実は王太子殿下が体調を崩されている。ことによると、あの馬鹿が王位を継ぐかもしれない」
「そんなにお悪いのですか」
「肺病にかかったようで、見る影もなくやせ衰えていらっしゃった」
王子妃教育で、王太子殿下ともよく顔を合わせていたので、兄のように思っていた方だ。王太子妃殿下はどんなに辛いだろう。肺病lは伝染るので、看病することも許されないはずだ。
私がホープと共に王宮まで出向いて、王太子殿下の回復を祈れば、病は回復に向かうかもしれない。
それならばと、お父様に王太子殿下に会いに行きたいとお願いした。
「そうだな。殿下は動かせるような状態ではないから、こちらから行くしかない。だが行くならジョナサンとユニコーンだ。お前では、まずい」
そうだった。でもジョナサンはまだ身動きできないし、ホープが力を貸せるかもわからない。
だからと言って王太子殿下を見殺しにはできないのだ。それなら、自分が行くしかない。
「お父様、私も話ができるようになったことにします。それで私とユニコーンとで、王都に行きます。行ってすぐに、トーマス様と婚約すると宣言したら、陛下も文句をつけられないはずです」
「駄目だ。そうなったら王はお前を離さないだろう。そんな危険な賭けはできない」
お父様と私とで、しばらくの間睨み合った。周囲の皆は、てんでに私たちの衝突を止めようと、声をかけてくれる。
そこにダリアがゆっくりしたいつものペースで口を挟んだ。
「リディアのクロスに今回分のみ、力を込めてもらったことにしたらどうでしょう。玉はリディアに感応して光るから、いかにも力が込められているように見えますよね」
皆が黙った。
そうだ、ダリアはとても賢いのだ。
私はダリアに飛びついた。
「やっぱりあなたは得がたい人よ。その線で進めるわ」
クルッと振り向くと、お父様も承諾したのが見て取れた。だいぶ渋々とだが。
「じゃあユニコーンに話してみる。そしてすぐに、王都に向かうわ」
「僕も一緒に行くよ。婚約者だもの」
トーマス様がすかさず言った。
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