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第六章 新しい修道院
催し物の準備
しおりを挟む王太子殿下の病状は日増しに良くなり、ハント邸に移ってから二ヶ月もすると、普通の生活が送れるまでに回復していた。
このぶんだと、あと一ヶ月後には、王都に帰ることも出来るだろう。
どうせなら、王太子殿下をお招きして、成果を見て頂こうということになった。
殿下の部屋を訪ねると、その日はトーマス様とロイが部屋に侍っていた。
二人に会うのは久しぶりだ。
彼らは王宮への報告係として、交代で王宮とハント邸の間を行き来している。
こちらにいる間は、王太子殿下の傍らに控え、話し相手や、遊び相手になったりしているので、あまり自由時間がない。
私は私で、修道院の取りまとめに手が取られ、今では修道院で過ごす時間が主になっている。
目が合うとすぐにトーマス様がこちらに来ようとしたので、その前に急いで用件を持ち出した。
「殿下、修道院で、日々の修行の成果を披露する催しを考えています。殿下にご出席いただければ、非常に光栄です」
私がお伺いを立てると、ぜひ出席させて欲しいと言ってくださった。
「完全に治ってからがいいから、二ヶ月後くらいにしてもらえないだろうか」
それで、二ヶ月後の開催で、殿下の快気祝も兼ねさせていただくことになった。
「リディア嬢、お久しぶりです。このところ全く会えなくて、寂しかったです」
トーマス様は、言葉でも態度でも、とても真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる。貴族にありがちな、駆け引きなどまるで無い。
公爵家の嫡男として教育されているので、そんなはずはないと思うが心配になる。
私の気持ちを見抜いて、ロイが私を傍らに呼んだ。声を潜めて言う。
「あいつの事は気にしなくても大丈夫。ああいうのは君に対する時だけだ。他に対しては、昔ながらの冷静な態度だから」
「ロイや王太子殿下の前でも、今の様子で過ごしているじゃないの」
「いいや。君がいなくなると戻る。リディアの前でだけ、かわいい子ぶっているんだ。あざとい奴」
嫌そうに言うロイに口元がむず痒くなる。ロイだって、以前は何があっても一歩引いて見ているタイプだった。
「ロイも今は、素の状態で過ごしているじゃない。もしかして私がいないと変わるのかしら」
殿下が笑った。
「いつもはユーリの側近付だった時と今の中間だよ。リディア嬢がいると、確かに変わるな。子供みたいになる」
それならば、大分素の方に寄っているのだ。ロイの申告は嘘なのか、無自覚なのか。
きょとんとしているロイを見て、無自覚なのだとわかった。
「トーマスの方が態度の変化が鮮やかだ。さすが次期公爵だね」
その話はそこまでで終わりにして、私は治療に当たろうとホープを呼んだ。ホープはすぐに現れたけど、なんだか大きくなっていた。そして、両肩に翼がついている。
「どうしたの。大きくなっているわ。もう普通の馬のサイズよ」
「少し思い出したんだ。そうしたら体と力が大きくなった。僕はペガサスだよ。三百年前に何があったのかは、まだ思い出せないけど、ペガサスだってことは思い出した」
大きくなった体は銀色に光り輝いている。白い翼を、フワッと持ち上げると、風が部屋の中のものをはためかせた。
きれいで見とれたけれど、次の瞬間には、予定が崩れるのを思い出して落胆してしまった。
ペガサスでは乙女の証明にならない。
ガックリとしたのが丸わかりだったようだ。その場にいた全員に、どうかしたのかと口々に聞かれた。
この話を、この面子に話すのは気が重かったので、しばらく悩んで考え込んだ。
そしてカミラのことをだけ省いて、ホープを催しに使う予定だったことを話した。
「神獣をユニコーンだと思っていたので、乙女とユニコーンのイベントを考えていたのです。それが出来なくなったので、残念だと思ってがっかりしたのです」
三人共、疑わしげだ。ロイは長い付き合いだから別として、殿下は三年の付き合いの間に、ある程度私の性格や行動を把握していたようだ。さらに言えば、トーマス様はいつ私を見ていたのだろう。
「何か隠しているだろ。言いにくいなら、俺にだけこっそり教えてくれたらいいよ。力になれるかもしれないじゃないか」
ロイが頼もしいことを言ってくれる。
すぐにトーマス様と揉め始めた。
「何で婚約者に内緒で、お前には言うと思うんだよ。ふざけるな」
「兄代わりだからな」
殿下は楽しそうだ。
「私だってついこの間まで、義理の兄になるはずだったんだ。権利はあるよね」
この三人は、すっかり仲良くなっているようだ。なんとなく嫌な予感がするのだけど。
ホープが頭の上から鼻息をかけてきた。背の高さが一気に変わって、私より大きくなったホープを見あげた。何となく悔しい。
「僕がユニコーンのほうが都合がいいの?」
「ごめんなさい。ちょっとした事に役立てたいと思っただけよ。あなたの正体が分かって良かった」
「僕、変化もできるようになったから、ユニコーンの姿になることもできるよ」
「本当? うれしい。お願いできる?」
ホープはポンと変身した。翼が消え、頭に一本の銀色の角が現れた。体格も少し小さくほっそりとしたものに変わった。
「どう?」
「完璧、最高よ」
「リディアがすごく喜んでいるのが伝わってくるから、僕も嬉しい。人間の形も取れるんだ」
そう言うと、次の瞬間に馬から人間に変身した。
非常に美しい十三才くらいの少年で、髪は馬の時と同じ銀色、目は水色だ。服を着ていないので、リディアは慌ててソファカバーを引っ張った。
ホープに掛けてやろうと思ったのに、それを広げているうちに、ロイに取り上げられてしまった。そしてトーマス様とロイで乱暴に布を巻き付け、そこらにあった紐で腰のあたりを縛って留めた。
豪華な織物のソファカバーで包まれたホープは、自慢げに腕を広げて見せた。
「ちゃんと人間でしょ。以前はこの姿でも、地上に来ていたと思うんだ」
「ねえ、人間で言うと十三才くらいに見えるけど、実際にそのくらいの年齢なの?」
「多分。大人の姿もできるけど、これが一番しっくりするから、これくらいの年なんだと思う。大人になって見せようか? 二十五歳くらいなんてどう?」
「駄目だ」
これは男たち三人が揃って叫んだ。
何だろう。
「リディア、君は見習い修道女で、まだ十六歳で、婚約者もいる。平気で全裸をさらすような男と、しかも大人なんてもっての他。絶対に駄目」
人間の姿に変身しただけで、中身はホープなのに。
むくれている私を見て、三人は溜息をついている。
「純粋無垢も、程度問題だと思うよ。一応ちゃんと人間の男の体だったからね。これはトーマスも気が揉めるわけだな」
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