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第二章 父の後悔(ハント伯爵視点に変わります)
ロイ達から聞いた話
しおりを挟む休む暇などない、と怒鳴りつけたくなったが、王宮で、という言葉が引っかかった。それで小休憩を取ることにした。
ロイと一緒に、なぜかトーマス・リンツがいた。二人は馬を反対方向に回し、私の前を走り始めた。
実のところ、体は疲労の極みだった。
少し進んだところにある街で馬の脚を止め、1時間だけな、と言いながら馬を降りると、足が震えてよろめいた。
こじんまりした食堂を借り切って、食事を頼んだ。久しぶりの温かい食事だ。
食べ物とワインを追いて、店の者達が出ていくと、ロイが話し始めた。
「初めは修道院までの途中で、馬車の故障を装って、旅程を引き延ばす予定だったのです。そうやって伯爵様が帰国するのを待って、この騒動を収めてもらおうと、リディアと話していたのです。それが三日前の夜、私達側近は突然王宮に呼び出され、王から夜会のことを聞かれました」
「何をだ」
「ユーリ殿下がリディア嬢に、不敬罪を突きつけ、衛兵に連れて行かせた後の、皆の様子についてです」
「何て答えたんだ」
「誰も何も聞きただしたりせず、ごく普通に夜会が進んだと答えました」
「それで?」
ロイが言い淀んだ。たぶん私の顔が恐ろしいのだろう。私は普段は穏やかなのだが、ことリディアに関しては、平静が保てない。
いつもはエメラルドのような緑の瞳が、沼の様に濁って暗くなり、顔から表情が失せるらしい。人形のように無表情な顔は、なまじ整っている分だけ不気味に見えるそうだ。自分で見たことはないのだが。
ロイがつばを飲み込んで、落ち着いて聞いてくださいね、と前置きをした。
「その場が荒れなかったと聞いて、王は揉み消しを思いついたようです。ユーリ殿下とリディアは、その後で仲直りをして、そのまま離宮で過ごしている事にすると仰いました。だから修道院に入る前に馬車を止め、秘密裏に離宮に運ばせると」
「 …… 」
驚くとか、怒るとかを通り越した私は、真っ白になっていた。
しばらく動きが止まっていたのだろう。
ロイが、私の腕に手を置き、何か言っている。
「伯爵様、大丈夫ですか。息してください」
おお、息も止めていたようだ。
はあ~っと息を吐くと共に、怒りがこみ上げてきた。
王の野郎、殺してくれる。
やはり王宮に寄らなくてよかった。この話を聞いた時、目の前に王がいたら、首を切り落としていただろう。いや、帯剣できないから、首を絞めたかな。
「良かったよ。王を殺さずにすんだ。今のところはな」
ロイは、やっぱりとため息混じりに言い、隣に座るトーマスは、私と目が合うと力強く頷いた。
オッ、こいつは話が合いそうだ。
「ところでトーマス殿は、なぜロイと共に行動しているのだろうか」
「私はリディア嬢を妻にと望んでいます。だから彼女のために、できることは何でもやります」
トーマスは、まずは簡単な挨拶をしてからそう言った。いつもなら目が吊り上がっている話だが、今はそれくらいでは驚きもしない。
「それはリディアも知っているのかな」
「先日お伝えしました。リディア嬢は、私の目がきれいだと言ってくださいました」
「何だって。それは承諾ってことか」
前のめりになって、キラキラした目で私を見つめるトーマスのシャツを、ロイが慌てて引っ張って、椅子に座り直させた。
「二人とも気が早すぎます。リディアはトーマスの目がきれいだと言っただけです。トーマスの瞳をのぞき込んだのは、きっと初めてだったろうから」
確かにトーマスの瞳は綺麗だ。紺がかった紫で、冷たさと温かさが混在していて、見つめていると吸い込まれそうになる。
「君は確か、すごく淑女たちから人気があるね。評判は聞いているよ」
「おじさん。今はそんな話をしている場合ではないでしょう」
ロイが、子供の頃のように私をおじさんと呼んだ。ロイも相当焦っているようだ。
「すまない。話を戻そう。リディアがユーリ殿下と一緒に過ごしていたなんて噂は、絶対に阻止する。それでリディアはどうすると言ったんだ?」
「このまま修道院に入ると決めました。そんな噂を流されたら、ユーリ殿下と結婚する以外ありません。それだけは絶対に嫌だと」
「やっと目を覚ましてくれたか。それならなんでもできる。ようやく鎖から解き放たれた」
私は歓喜した。今まであの王子との付き合いを我慢していたのは、リディアが望んでいるからだった。
リディアが、あれを敵と見なしてくれた今、一切の遠慮はなくなった。
憎さ余って、可愛くさえ思えてきたぞ。
「伯爵様、何をする気ですか? いや、聞かない事にします」
私の表情を見て日和ったロイと違い、トーマスはグッと身を乗り出した。
「私に出来る事があれば、ユーリ殿下暗殺から王位簒奪まで、何でもお手伝いします」
やはり、見どころがある。いきなり王子暗殺という高いハードルを提示し、からの、王位簒奪という最高難度の案件で締めくくる。
実に思い切りの良い男だ。気に入った。
「できればもっと穏健な案でお願いします。国が乱れるのは好ましくありません」
ロイが諌めてきた。若いくせに苦労性な男だ。宰相向きかな。
リディアの目が覚めた事が嬉しくて、また脱線してしまったようだ。
「とにかく、リディアは昨夜僕達から話を聞いたあと、馬車を全速力で走らせて、修道院に向かっています。そして僕らには、接触した事を気づかれないよう、早く戻れと言ったんです。そして王家周辺の情報を流して欲しいそうです」
「さすがリディアだ」
私のリディアは賢いし強い。ロイの話を聞くに、修道院での1年間に耐えると、腹をくくったのだろう。
それならば私も、それに付き合うのみだ。
「二人は、このまま急いで帰ってくれ。君たちからの情報は、絶対に欲しい。私はロイに状況を聞きに行ったことにしよう。そこで、リディアが修道院に送られたことを聞き、修道院に向かっているわけだ。私は修道院に突撃して、大騒ぎするつもりだ。ところでクックはどうした?」
「修道院まで馬車に乗せて、連れて行っているはずです。場所を覚えさせてから放って、家に戻らせることになっています」
ロイは有能なのだ。やることにそつがない。何かお礼を考えなければいけないな。
「では、後日王都で会おう。こちらから連絡する」
食堂から出際に、一言付け加えておいた。
「もし王宮の騎士団がリディアを拘束していたら、一戦交えるからな。何があっても知らぬ存ぜぬを通してくれ。そうでなければ少しの間、足止めしておく。なるべく早く帰ってくれよ。では」
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