私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで

木蓮

文字の大きさ
2 / 8

2

しおりを挟む
 あの後、泣き腫らした目をして帰ってきたミリアベルに両親や姉はカシアスと喧嘩でもしたのかとずいぶんと心配してくれた。優しい家族にたっぷり甘やかしてもらったことでミリアベルも冷静になれた。
 ミリアベルがいくらあがいてもカシアスの心はそうすぐには変わらない。幸い、カシアスは自分に好意を持ってくれているのだ。少しずつ歩み寄ろうと考え直した。
 2年もするとカシアスとも打ち解けて、貴族たちが通う学園に入学するとレティシアとは関係のない学園の話ができるようになって気が楽になった。
 このまま穏やかな日々が続いてほしい。そんなささやかな願いもむなしくミリアベルは再びレティシアに悩まされることになった。

「レティシアは身体が弱くて隣国で療養していてね。この国には友人がいなくて心細がっているんだ。同じ年で優しい君ならばきっと彼女と気があうだろうし、しばらく面倒を見てあげてほしい」

 ミリアベルは微笑みを浮かべながらも内心困ったことになったと悩んだ。
 この2年間努力したことでミリアベルはキオザリス侯爵家などカシアスの関係者とは良好な関係を築いているが。ロゼリアには相変わらず「カシアスにふさわしくない」と嫌われ、同じくカシアスを慕う令嬢たちを巻き込んで細やかな嫌がらせをしてきている。
 カシアスの頼みとはいえ彼女がかわいがっている妹に近づいたらますます過激化するかもしれない。身内に甘いカシアスはミリアベルが嫌がらせを訴えてもロゼリアが泣きつけば簡単に許してしまうだろう。

(それにレティシア様にどんな顔をして会えばいいかわからないわ……)

 カシアスは時々ミリアベルにも幼い頃の思い出を話すようになった。その中のレティシアのことを語る彼は自分には見せたことがない愛おしさのこもったもので。それを見るたびにミリアベルは彼の心を占めるレティシアには敵わないと言われている感じがして落ち込んだ。
 カシアスが大事にしている彼女がこの国に戻ってきたらいずれは彼を通じて交流を持つことになる。それはミリアベルも貴族令嬢として覚悟している。けれども、個人的に親しくなるとどう接していいか――カシアスに愛される彼女に醜い嫉妬をさらしてしまわないか。不安でいっぱいになる。
 黙り込んだミリアベルにカシアスは悪戯っぽく笑った。

「実を言うとレティにはもう君のことを伝えていてね。君に会うのをすごく楽しみにしているんだ」

(え、もう決まっているの……。それじゃあ断れないわ)

 2つの侯爵家からの頼みとあれば伯爵令嬢のミリアベルには断れない。作り笑いを浮かべてうなずくとカシアスはうれしそうに笑った。

「ああ、助かるよ。ありがとう。私やロゼリアに接するように気楽に付き合ってくれればいいよ」

(……カシアス様はやっぱりレティシア様が大事なのね)

 カシアスに悪意はないが。ミリアベルの意思よりもレティシアを優先する姿にミリアベルはカシアスにもやもやした。
 しかし、決まってしまったことは仕方がない。せめてレティシアとはうまくやれることを祈った。

 *****

 レティシア・アベリア侯爵令嬢は聞いていた通り美しい見た目をした感情豊かな少女だった。
 最初はカシアスと姉に紹介されたからとミリアベルを頼ってきたが。ミリアベルを嫌う姉の影響か、だんだんとミリアベルを疎むようになった。ミリアベルもまたわがままな彼女にうんざりしていたがカシアスの頼みなのだとぐっとこらえて冷静に接した。そのうちにレティシアは他の生徒達と過ごすようになり、ミリアベルはこれで役目は果たしたと思い彼女を避けて過ごした。
 しかし、カシアスは「レティシア幼なじみミリアベル婚約者には仲良くしてほしい」と言って、たびたびレティシアとミリアベルを呼んで会わせる。
 カシアスに昼食に誘われて食堂に行くとレティシアがいた。露骨に不満げな顔をした彼女にミリアベルも表情には出さずに内心「私も同じよ」とため息をついた。今日もカシアスだけが機嫌が良い。

「ミリアベル、難題だといわれているピアノ曲をすらすらと弾きこなしたんだってね。先生が褒めちぎっていたよ。私も聞いてみたかった」
「ありがとうございます。幼い頃から知っていた曲だったものですから。リラックスして引けたのが良かったのかもしれませんわ」
「私だって上手だと褒められたわ。曲にこめられた意味も理解できていて素晴らしいって絶賛されたの。ねえ、覚えている? 昔、2人でピアノを弾いて……」

 自慢するレティシアにカシアスは「それは良くがんばったな」と手放しに褒める。
 ミリアベルが2年間がんばってやっと触れられるようになったカシアスの本心をレティシアは簡単にとりこにしてしまう。
 もやもやしているのを感じとったのか。レティシアは小ばかにするように口元を歪めた。

「あら、ごめんなさい。ミリアベル様にはわからない話でつまらなかったわよね」
「いえ、カシアス様の昔話が聞けて新鮮でしたわ」
「やだ、あなたカシアスの婚約者なのにこんなことも知らないの? だからいつもそうやって私たちの話にこそこそ聞き耳を立てているのね」

 あからさまな侮辱にミリアベルは怒りで顔が赤らむのを感じた。しかし、言い返す前にカシアスが素早く口を挟む。

「レティシア、言いすぎだ。ミリアベルは優しいから私たちが話しやすいように聞きに徹していてくれているだけだ。それに私の過去なんて聞いても面白くないだろう」

 カシアスの呆れたような声にミリアベルは一瞬息がつまった。
 確かにレティシアとの思い出話を聞いても複雑な気持ちになると思う。けれども「興味がない」とカシアスに一方的に決めつけられて捨てられたのはまるで自分はその程度の存在なのだと言われているようで。
 呆然とするミリアベルを置いて2人は息の合ったやりとりを続ける。

「そんなことないわよ、本当に好きならお互いのことを話すものよ。カシィ、私に内緒ごとなんかしたら許さないからね?」
「ははは、それこそ私をずっと見張っているレティには隠し事なんかできないだろう」
「それはそうよ。これまでもこれからもずっと一緒よ」
「ああ、もちろんだよ」

 レティシアがカシアスにとろけるような笑顔を見せるとカシアスもまた愛おしさのこもった笑みを返す。
 カシアスの心はレティシアが占めている。そして自分はレティシアには敵わない。

(……私、何でここにいるのかしら)

 微笑みあう2人にミリアベルは心にぽっかりと穴が空いていくのを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

[完結]愛していたのは過去の事

シマ
恋愛
「婚約破棄ですか?もう、一年前に済んでおります」 私には婚約者がいました。政略的な親が決めた婚約でしたが、彼の事を愛していました。 そう、あの時までは 腐った心根の女の話は聞かないと言われて人を突き飛ばしておいて今更、結婚式の話とは 貴方、馬鹿ですか? 流行りの婚約破棄に乗ってみた。 短いです。

君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった

白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

婚約破棄された公爵令嬢は心を閉ざして生きていく

お面屋 おいど
恋愛
「アメリアには申し訳ないが…婚約を破棄させてほしい」 私はグランシエール公爵家の令嬢、アメリア・グランシエール。 決して誰かを恨んだり、憎んだりしてはいけない。 苦しみを胸の奥に閉じ込めて生きるアメリアの前に、元婚約者の従兄、レオナールが現れる。 「俺は、アメリアの味方だ」 「では、残された私は何のためにいるのですか!?」

処理中です...