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ソファに呆然と座り込んだレックスに、ミレイの兄トワルは微笑んで紙の束を差し出してきた。
「気分が優れないところをすまないが。レックス君にはこれにサインをお願いしたい」
その声につられるようにのろのろと手に取る。それはミレイとの婚約に関する魔術契約紙だった。サインをすると魔術による契約が結ばれる物だ。
痛む頭を何とかなだめて目を通したレックスはさらなるショックに襲われて、怒りと屈辱に身体を震わせた。
「こ、これは……、どういうことですか!! ミレイとは白い結婚で、彼女とは必要な時以外は関わらないし、行動を邪魔をしない。それでいて大事にしろとはっ!? こんな婚約認めない!! 俺はユーラと別れることも、ミレイと婚約することも聞いてないんだ!!」
「おや、確かにミレイに関しては厳しい制限を付けるが、それ以外は良い条件だと思うが。伯爵令息の君は栄えあるメルティス侯爵家の婿になって、君も含めた皆が美しいと褒めたたえるミレイのためにひたすら美しい物を作って捧げて、妹を幸せにしてくれればいい。もちろん、そのための支援は私が喜んでさせてもらうよ」
「そんなのは受け入れられません!! 俺はミレイが美しくなる姿を見たかっただけだ!! こんなのミレイのためだけに仕える奴隷になれと言っているようなものだ!!」
トワルははちみつ色の瞳をすっと細めて、はたと気づいたようにうなずいた。
「……ああ、これはすまない。君も若い男だから、もちろん女性と触れ合いたくなることもあるだろうな。我が家とミレイの評判に関わらないようにひっそりとやってくれればいいよ。ただ、シューラス子爵一家には一切関わらないように。ギフト持ちの彼らとは上手くやっていきたいからね。もしかしたら、ご令嬢はミレイの友人になるかもしれないし」
自分を捨てて幸せそうに笑っていたユーラの姿を思い出してレックスの中に憎悪が煮えたぎる。トワルはそれを見て楽しそうに微笑んだ。それは妹のミレイを思い出させる無邪気なものだった。
「ははは、君はシューラス嬢の名前を出すと実に面白い反応をするな。さっきのうろたえぶりも実に傑作だったよ。でも、シューラス嬢と子爵家は君と君の家を心底嫌っているからね。これ以上痛い目にあいたくなければ大人しくしているんだね」
レックスはなぜかユーラに嫌われていると聞いて胸がずきりと痛んだ。しかし、トワルは心底楽しそうに笑みを深めて軽やかに続ける。
「それに、ミレイはああ見えて人の悪感情に敏感なんだ。君もいい加減無関係になった彼女をまだ害しようなんて馬鹿なことをしない方が良いよ? でないと、醜い心を嫌うミレイにも捨てられる。それに、君の家とは既に君を貰い受けると契約を済ませてあるからね。ご両親は喜んで君の才能を侯爵家の役に立ててくれと快く承知してくれたし、次期伯爵の兄君にも『弟のことは忘れるから好きに扱ってくれ』と言われているんだ。さて、そんな君がミレイに嫌われて捨てられたら……ふふっ、どうなるのかな?」
――それに、グラディスは愛するミレイがわずかでも不幸になるのを許さないんだよ。私でも恐ろしいぐらいだ。
はちみつのように甘く香る声がいつの間にか家と兄にも見放されていたと知って絶望するレックスの中に注ぎ込まれ、メルティス侯爵家とミレイの真の夫になる第2王子グラディスへの恐怖と絶対的な服従を促す。
じわじわと蕩かされていく自我の中でレックスは思った。
――美しいミレイに惹かれた自分は、初めから女神の愛し子の彼女に幸せを捧げるために選ばれた生贄だったのだ。そして
「おや、少々言いすぎてしまったな。安心してくれ。先ほども言ったが君の役割はミレイの名だけの夫になって、その才能を活かしてミレイが喜ぶ物を作り続けるだけだ。簡単だろう?
それに、私は君にはとても感謝しているんだ。すべてが望むまま手に入るミレイは、唯一手に入らない王族のグラディスと激しい恋に落ちてしまってね。2人が愛し合うためには、彼らを外の目から隠して守る存在が必要だったんだ。幸い、アクス公爵令嬢は喜んで引き受けてくれたが。愛し子のミレイの方は、周りが納得するぐらいミレイを愛して尽くしてくれる男でないといけなくてね。
君はまさに条件にぴったりだよ。これからもミレイのために尽くしてくれたまえ」
ユーラや実家にいつの間にか捨てられたように。生まれながらに愛され大切にされるミレイを裏切ったら、自分は今度はすべてから捨てられるのだろう。
ほぼすべてを失ったレックスはのろのろと手を動かして、自分の残りの人生のために契約紙にサインをした。
「気分が優れないところをすまないが。レックス君にはこれにサインをお願いしたい」
その声につられるようにのろのろと手に取る。それはミレイとの婚約に関する魔術契約紙だった。サインをすると魔術による契約が結ばれる物だ。
痛む頭を何とかなだめて目を通したレックスはさらなるショックに襲われて、怒りと屈辱に身体を震わせた。
「こ、これは……、どういうことですか!! ミレイとは白い結婚で、彼女とは必要な時以外は関わらないし、行動を邪魔をしない。それでいて大事にしろとはっ!? こんな婚約認めない!! 俺はユーラと別れることも、ミレイと婚約することも聞いてないんだ!!」
「おや、確かにミレイに関しては厳しい制限を付けるが、それ以外は良い条件だと思うが。伯爵令息の君は栄えあるメルティス侯爵家の婿になって、君も含めた皆が美しいと褒めたたえるミレイのためにひたすら美しい物を作って捧げて、妹を幸せにしてくれればいい。もちろん、そのための支援は私が喜んでさせてもらうよ」
「そんなのは受け入れられません!! 俺はミレイが美しくなる姿を見たかっただけだ!! こんなのミレイのためだけに仕える奴隷になれと言っているようなものだ!!」
トワルははちみつ色の瞳をすっと細めて、はたと気づいたようにうなずいた。
「……ああ、これはすまない。君も若い男だから、もちろん女性と触れ合いたくなることもあるだろうな。我が家とミレイの評判に関わらないようにひっそりとやってくれればいいよ。ただ、シューラス子爵一家には一切関わらないように。ギフト持ちの彼らとは上手くやっていきたいからね。もしかしたら、ご令嬢はミレイの友人になるかもしれないし」
自分を捨てて幸せそうに笑っていたユーラの姿を思い出してレックスの中に憎悪が煮えたぎる。トワルはそれを見て楽しそうに微笑んだ。それは妹のミレイを思い出させる無邪気なものだった。
「ははは、君はシューラス嬢の名前を出すと実に面白い反応をするな。さっきのうろたえぶりも実に傑作だったよ。でも、シューラス嬢と子爵家は君と君の家を心底嫌っているからね。これ以上痛い目にあいたくなければ大人しくしているんだね」
レックスはなぜかユーラに嫌われていると聞いて胸がずきりと痛んだ。しかし、トワルは心底楽しそうに笑みを深めて軽やかに続ける。
「それに、ミレイはああ見えて人の悪感情に敏感なんだ。君もいい加減無関係になった彼女をまだ害しようなんて馬鹿なことをしない方が良いよ? でないと、醜い心を嫌うミレイにも捨てられる。それに、君の家とは既に君を貰い受けると契約を済ませてあるからね。ご両親は喜んで君の才能を侯爵家の役に立ててくれと快く承知してくれたし、次期伯爵の兄君にも『弟のことは忘れるから好きに扱ってくれ』と言われているんだ。さて、そんな君がミレイに嫌われて捨てられたら……ふふっ、どうなるのかな?」
――それに、グラディスは愛するミレイがわずかでも不幸になるのを許さないんだよ。私でも恐ろしいぐらいだ。
はちみつのように甘く香る声がいつの間にか家と兄にも見放されていたと知って絶望するレックスの中に注ぎ込まれ、メルティス侯爵家とミレイの真の夫になる第2王子グラディスへの恐怖と絶対的な服従を促す。
じわじわと蕩かされていく自我の中でレックスは思った。
――美しいミレイに惹かれた自分は、初めから女神の愛し子の彼女に幸せを捧げるために選ばれた生贄だったのだ。そして
「おや、少々言いすぎてしまったな。安心してくれ。先ほども言ったが君の役割はミレイの名だけの夫になって、その才能を活かしてミレイが喜ぶ物を作り続けるだけだ。簡単だろう?
それに、私は君にはとても感謝しているんだ。すべてが望むまま手に入るミレイは、唯一手に入らない王族のグラディスと激しい恋に落ちてしまってね。2人が愛し合うためには、彼らを外の目から隠して守る存在が必要だったんだ。幸い、アクス公爵令嬢は喜んで引き受けてくれたが。愛し子のミレイの方は、周りが納得するぐらいミレイを愛して尽くしてくれる男でないといけなくてね。
君はまさに条件にぴったりだよ。これからもミレイのために尽くしてくれたまえ」
ユーラや実家にいつの間にか捨てられたように。生まれながらに愛され大切にされるミレイを裏切ったら、自分は今度はすべてから捨てられるのだろう。
ほぼすべてを失ったレックスはのろのろと手を動かして、自分の残りの人生のために契約紙にサインをした。
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