14 / 41
第14話 銀色の証明と、逆転のセオリー
しおりを挟む
【マジかよ、本当にやるのか】
【深淵の神獣…!?あのカイザーですらクリアできてないのに】
【シルヴィア理論の"先"ってなんだよ…面白くなってきた…!】
モニターに流れる無数のコメントを、俺はただ無感情に眺めていた。
脳裏に浮かぶのはあの有名配信者――カイザーの顔。
彼が俺の理論を剽窃し、世に広めたこと自体はもうどうでもいい。 俺が許せなかったのはそのあまりにも表層的な解釈だ。
ただ一度の動画のネタのため、派手な火力を出すだけの見世物だと吹聴したこと。 発動条件もシビアで使い所も限られる、だから所詮は『玩具』でしかないと。
(…不遇キャラだからどんな扱いしても許されるだろって、そういう魂胆が見え透いてんだよ…)
俺が半年間を捧げた研究も、シルヴィアというキャラクターが秘めた本当の価値も、あの男は何も理解していなかった。
それは俺の研究と彼女自身に対する最大の侮辱だった。
――ならば、その知名度を逆に利用させてもらう。あの男の浅い理解度では決して辿り着けない、この『極致』の舞台で。
内なる闘志を燃やしながら、俺はパーティー編成画面を開いた。
このゲームの最難関クエスト『深淵の神獣』。理不尽という理不尽を積み重ねたギミックに数多のトッププレイヤーたちの心を折ってきた絶対的な壁だ。
その壁を打ち破るための布陣を淡々と画面上で組んでいく。
一人目、二人目、三人目と、最強クラスの限定SSRキャラクターがパーティーに加わる。
――そして、最後の四人目。
俺は迷いなくそこへ、『シルヴィア』を配置した。
こうして誰の目にも異質と映る編成が完成した瞬間、チャット欄は一つの巨大な混乱の渦と化した。
【うおおガチ編成!…って、なんでシルヴィアがいんだよwww】
【なんだよ、結局限定キャラ使うんかい】
【↑別にいいだろ、問題はシルヴィアとかいう舐めプの方だって】
【最強編成の中に一人だけレベル1の初期装備みたいなのが混じってるんだが】
【理解が追いつかない】
そんな阿鼻叫喚のようなチャット欄の喧騒を鎮めたのは、聴く鎮静剤とも呼ぶべき黒木の明るい笑い声だった。
「にゃはは! Sudo先生ー、チャット欄も私も大混乱ですよ! でも…大丈夫!信じてますから! 堂々と見せてください、先生の『答え』を!」
その声だけが、俺の耳と心に届いていた。
戦闘が開始される。
ここからは一瞬の油断も許されない。神獣の猛攻はまさに苛烈で、特殊技をまともに受ければ即壊滅する鬼畜仕様だ。故に俺はその全てを予期して動く。
(…このHP割合なら次のターンに全体攻撃『虚無の波動』が来る。ダメカは必須、だがDPSも落とせない。ならスキル回しは――)
俺はシルヴィアの『聖銀の誓い』を発動させながら、残りの限定キャラで効率的にボスのHPを削っていく。
【出たw時代遅れの40%カットww】
【被ダメ痛すぎだろ...素直に70%カット使えや】
【でもDPS落ちてなくね?】
【確かに!天才じゃん!】
【ダメカなのにデバフ掛かる産廃スキルの『聖銀』さんww】
【いやデバフは3回目からだから。シルヴィアアンチ乙】
賛否両論、というよりは「否」と「困惑」が入り乱れるチャット欄を一瞥して、俺の心に少しだけ余裕が出来た。今一番怖いのは、叩かれることよりも「無反応」なこと。
やがて、神獣の身体が一瞬だけ淡く光る。今度は即死級の物理単体攻撃『魂喰らい』が飛んでくるという予兆だ。既にHP調整は済ませてあるので、ここは冷静にカウンターの準備を整える。
喰らえば即死の『魂喰らい』は見事に物理最強のキャラ――『星砕の狂戦士』ヴォルフへとターゲッティングされ、逆に大ダメージを叩き出す。敵の思考ルーチンを完全に読み切ったかのような采配に、チャット欄の嘲笑は消え、徐々に具体的な驚愕へと変わっていった。
【きたああああああああ】
【え、タマグイって対策出来たん?】
【今のカウンター、タイミング完璧すぎだろ…】
【うっま】
【ま、ここは常識だよな】
そして、いよいよ運命の瞬間が訪れる。
このクエストで最も凶悪で厄介な特殊技『深淵の宣告』が発動する、運命の第5ターン目。最大ダメカでも瀕死は確実、さらに生き残った者すべてを弱体化させる解除不能のデバフ、【魂の枷】までも付与されるという、運営の底意地の悪さを象徴する場面だ。
現状、ここでの最適解は『守護』スキルを持つ仲間が『深淵の宣告』による全体ダメージを一身に受けて戦闘不能になることで、残り三人のHPを温存する戦略だ。
ただしこの場合でも【魂の枷】の付与効果は免れず、生き残った三人は弱体化を受けたまま戦闘を続けなくてはならない。故にこのクエストはトッププレイヤーたちの間ですら、突破率1%未満の絶対的な壁として君臨していた。
問題は、ここからだ。
黒木とチャット欄に見守られながら、俺は呼吸を整える。
「――いきます」
確かな宣言と共に、俺はパーティーに指示を出していく。
まずはパーティーの要である聖属性最強ヒーラー、『黎明の熾天使』ルキフェリアに、彼女の持つ最強のダメージカットスキル《セラフィック・ウィング》を発動させた。
六枚の光翼がパーティー全体を包み込み、神々しいまでの守護の結界が展開されると、このターンだけパーティへのダメージは70%カットされる。
【ルキフェリア様きた!】
【ルキ様の翼、温か稲荷...】
【これで勝つる!】
【はい、魂の枷~】
【クソ攻撃始まったわ】
チャット欄は勝利を確信したコメントと、その後に訪れるであろう悲惨な図の予想で沸き立つ。
だが、俺の指示はそこで終わらない。
続けてシルヴィアのスキル『聖銀の誓い』(PT全体40%カット)を使用した。
突然の意味不明な行動に、チャット欄の流れがさらに加速する。
【え?ダメカって重ねがけ出来るの?】
【いや無理wwwこいつ仕様知らんのかww】
【悲報:Mudoさんエアプがバレてしまう】
【ああ、もうダメだ…】
すでにPT全体が70%カットの結界で守られている状態で、効果の低い40%カットのスキルを重ねがけしても100%カットにはならず、ダメージ計算上何の意味もない。それはアストラル・クロニクルをある程度やり込んだプレイヤーには常識だった。
「…え? Sudo先生、それって……」
黒木もチャット欄の混沌さにあてられて動揺した声を上げる。
「…大丈夫です」
だが、俺は一言だけ告げると次なるターンへと進めた。
神獣の全身が禍々しいオーラに包まれ、味方全体に『深淵の宣告』が降り注ぐ。70%カットしてもその威力は絶大で、最高峰のステータスを持つ限定キャラも瀕死状態になる中、唯一最大HPの少ないシルヴィアだけが――
「――シルヴィアたんっ!!」
黒木の悲痛な叫びと同時に、銀色の女騎士はその身に全ての絶望を受け止め、光の粒子となって音もなく消えていった。それだけではなく、生き残った3人にも絶望のデバフ【魂の枷】が、死刑宣告のように灯る。
【ああ、やっぱり…】
【結局ダメだったか】
【シルヴィア無駄死にじゃん】
【もう無理だって】
チャット欄が諦めの空気一色に包まれた、直後。
俺はその心ない一言を否定するように、普段の自分からは考えられないほど、はっきりとした口調で言い返した。
「――無駄死になんかじゃない。これが、シルヴィアに隠されていた『第二の真価』です」
すると画面には、誰も予期していなかった現象が起こる。
3人に付与された【魂の枷】――本来は解除不能であるはずのデバフが、まるで最初から存在しなかったかのように、フッと消え去ったのだ。
【は?】
【ええええええ】
【バグ?】
【なんで消えるの、オカシイだろ】
【?????】
チャット欄が理解を超えた現象への無数の「?」で埋め尽くされる中、俺はゆっくりとマイクに口を近づけた。
「…シルヴィアのスキル『聖銀の誓い』には、実はもう一つの効果があるんです。それはスキル発動中に彼女が戦闘不能になった場合、『味方全体のステータスを初期状態に戻す』、と…」
俺はそこで一度、言葉を切った。チャット欄が【マジかよ】【そんなの書いてあったか?】とざわめくのを確認してから、続ける。
「…つまり、このクエストで最も厄介な解除不能デバフ【魂の枷】は、『聖銀の誓い』の効果が発動している状態でシルヴィアが倒れることによってのみ、解除――正確には初期化が可能になる。…だから、このクエストの本当の『答え』を持っているのは彼女なんです」
一語一語に思いを寄せて告げつつ、俺は淀みなくコマンドを選択していく。
デバフの一切ない完全な状態で、最終ターンを迎えた3人が総攻撃を仕掛ける。
そして――呆気ないほど簡単に、ボスは沈んだ。
画面に『QUEST CLEAR』の文字が表示された時、それまで混乱と疑念に満ちていたチャット欄は、まさに堰を切ったような爆発的な熱狂に包まれた。
【うおおおおおおおおおおおおおおお】
【神回】
【鳥肌やべえええええええええ】
【歴史の証人になった】
【すげえええええええええええ】
【Mudo最強!Mudo最強!Mudo最強!】
【いや、シルヴィアが最強なんだよなぁ…】
【↑それな】
【『答えは彼女』…名言すぎるだろ…】
【俺たちのシルヴィアが…泣いた】
【今日の配信、伝説だろ…】
【カイザー見てるか?これが本物だぞ】
【もうMudoじゃなくてSudoって呼ぶわ】
【論文待ってます】
【カナちゃん推しだけど今日だけは褒めてやる】
【このコンビ、最強すぎる】
【スパチャしたいけど出来ないんだが。はよ収益化しろ】
【Starlight-VERSE…覚えたぞ】
気がつけばアンチコメントは完全に沈黙していた。代わりに賞賛の嵐の真ん中で、ヘッドホンから鼻をすする小さな音が聞こえてくる。
「……っ、やりましたね、先生…!」
祝福の言葉のはずが、その声は明らかに震えていた。
「…えっと、黒木先輩…? もしかして、泣いてます…?」
俺の問いかけに、彼女は一瞬ハッとしたように息を呑んだ。刹那、慌てて涙をこらえるように無理やりいつもの明るい声色を作って答える。
「な、泣いてませんよーっ! 目に、ちょっとホコリが入っただけですっ! …それくらい、今日の配信、すごかったってことですよ!」
強がってはいるが、その声は上ずり、説得力は欠片もなかった。だが、その堪えきれない涙の意味を正確に言葉にはできなくても、ただの喜びではないことだけは、痛いほど伝わってきた。
彼女の不器用で健気な魂の叫びに呼応するように、チャット欄も【泣いてええんやで…】【カナタおめでとう!】【最高の配信だった!】【Sudo空気読め】と、温かい祝福の弾幕で埋め尽くされていく。
「…っ、ぐす……ほ、本当に、みんなありがとう…!」
もう一度、必死に感謝を口にしてから、彼女は震える声で最後の挨拶を絞り出した。
「――それじゃあ、またね! おつクロでしたー…!」
最後だけ少し声が掠れた挨拶と共に、俺たちの歴史的な配信は幕を閉じた。
◇
配信終了後。
俺がヘッドホンを外すと、隣の席で、黒木さんがまだ目元を赤く腫らしながら、こちらに満面の笑みを向けていた。
「……やりましたね、須藤さん」
今度は、彼女の方からだった。その声は、いつもの『カナタ』のように明るくも、『黒木』のようにか細くもない。ただ、一人の戦友としての、静かで、芯の通った響きを持っていた。
「いえ…黒木さんが、信じてくれたおかげです」
俺は素直にそう返していた。
これまでのような余計な謙遜の言葉はもう出てこない。
しばらく、二人だけの沈黙が流れる。気まずさはない。ただ、成し遂げたことの大きさを二人で噛み締めているような、心地よい時間だった。
「…本当にすごかったです。まるで、魔法みたいでした」
「魔法じゃないです…ただの、分析の積み重ねです…」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ不思議そうな顔をした後、ふふっと小さく笑った。
「…そっか。そうですよね。じゃあ、今度その『積み重ね』の話、もっと聞かせてくださいね。――マネージャーさん?」
最後の言葉だけ、少し悪戯っぽく響いた。
思わず照れながら「…善処します」とだけ返すと、彼女は「にゃはは!」といつもの笑顔に戻っていた。
◇
事務所を抜け、帰宅の途に付く最中。
俺は電車の中で一人、アーカイブのチャット欄を静かに見返していた。熱狂的なコメントの中にほんの数件だけ、ポツリと紛れ込んだ言葉を見つける。
【…あれ?今、撃破したのって…何ターン目だった?】
その書き込みに俺は誰にも見咎められないよう表情を殺したまま、口角の端だけを上げた。
【深淵の神獣…!?あのカイザーですらクリアできてないのに】
【シルヴィア理論の"先"ってなんだよ…面白くなってきた…!】
モニターに流れる無数のコメントを、俺はただ無感情に眺めていた。
脳裏に浮かぶのはあの有名配信者――カイザーの顔。
彼が俺の理論を剽窃し、世に広めたこと自体はもうどうでもいい。 俺が許せなかったのはそのあまりにも表層的な解釈だ。
ただ一度の動画のネタのため、派手な火力を出すだけの見世物だと吹聴したこと。 発動条件もシビアで使い所も限られる、だから所詮は『玩具』でしかないと。
(…不遇キャラだからどんな扱いしても許されるだろって、そういう魂胆が見え透いてんだよ…)
俺が半年間を捧げた研究も、シルヴィアというキャラクターが秘めた本当の価値も、あの男は何も理解していなかった。
それは俺の研究と彼女自身に対する最大の侮辱だった。
――ならば、その知名度を逆に利用させてもらう。あの男の浅い理解度では決して辿り着けない、この『極致』の舞台で。
内なる闘志を燃やしながら、俺はパーティー編成画面を開いた。
このゲームの最難関クエスト『深淵の神獣』。理不尽という理不尽を積み重ねたギミックに数多のトッププレイヤーたちの心を折ってきた絶対的な壁だ。
その壁を打ち破るための布陣を淡々と画面上で組んでいく。
一人目、二人目、三人目と、最強クラスの限定SSRキャラクターがパーティーに加わる。
――そして、最後の四人目。
俺は迷いなくそこへ、『シルヴィア』を配置した。
こうして誰の目にも異質と映る編成が完成した瞬間、チャット欄は一つの巨大な混乱の渦と化した。
【うおおガチ編成!…って、なんでシルヴィアがいんだよwww】
【なんだよ、結局限定キャラ使うんかい】
【↑別にいいだろ、問題はシルヴィアとかいう舐めプの方だって】
【最強編成の中に一人だけレベル1の初期装備みたいなのが混じってるんだが】
【理解が追いつかない】
そんな阿鼻叫喚のようなチャット欄の喧騒を鎮めたのは、聴く鎮静剤とも呼ぶべき黒木の明るい笑い声だった。
「にゃはは! Sudo先生ー、チャット欄も私も大混乱ですよ! でも…大丈夫!信じてますから! 堂々と見せてください、先生の『答え』を!」
その声だけが、俺の耳と心に届いていた。
戦闘が開始される。
ここからは一瞬の油断も許されない。神獣の猛攻はまさに苛烈で、特殊技をまともに受ければ即壊滅する鬼畜仕様だ。故に俺はその全てを予期して動く。
(…このHP割合なら次のターンに全体攻撃『虚無の波動』が来る。ダメカは必須、だがDPSも落とせない。ならスキル回しは――)
俺はシルヴィアの『聖銀の誓い』を発動させながら、残りの限定キャラで効率的にボスのHPを削っていく。
【出たw時代遅れの40%カットww】
【被ダメ痛すぎだろ...素直に70%カット使えや】
【でもDPS落ちてなくね?】
【確かに!天才じゃん!】
【ダメカなのにデバフ掛かる産廃スキルの『聖銀』さんww】
【いやデバフは3回目からだから。シルヴィアアンチ乙】
賛否両論、というよりは「否」と「困惑」が入り乱れるチャット欄を一瞥して、俺の心に少しだけ余裕が出来た。今一番怖いのは、叩かれることよりも「無反応」なこと。
やがて、神獣の身体が一瞬だけ淡く光る。今度は即死級の物理単体攻撃『魂喰らい』が飛んでくるという予兆だ。既にHP調整は済ませてあるので、ここは冷静にカウンターの準備を整える。
喰らえば即死の『魂喰らい』は見事に物理最強のキャラ――『星砕の狂戦士』ヴォルフへとターゲッティングされ、逆に大ダメージを叩き出す。敵の思考ルーチンを完全に読み切ったかのような采配に、チャット欄の嘲笑は消え、徐々に具体的な驚愕へと変わっていった。
【きたああああああああ】
【え、タマグイって対策出来たん?】
【今のカウンター、タイミング完璧すぎだろ…】
【うっま】
【ま、ここは常識だよな】
そして、いよいよ運命の瞬間が訪れる。
このクエストで最も凶悪で厄介な特殊技『深淵の宣告』が発動する、運命の第5ターン目。最大ダメカでも瀕死は確実、さらに生き残った者すべてを弱体化させる解除不能のデバフ、【魂の枷】までも付与されるという、運営の底意地の悪さを象徴する場面だ。
現状、ここでの最適解は『守護』スキルを持つ仲間が『深淵の宣告』による全体ダメージを一身に受けて戦闘不能になることで、残り三人のHPを温存する戦略だ。
ただしこの場合でも【魂の枷】の付与効果は免れず、生き残った三人は弱体化を受けたまま戦闘を続けなくてはならない。故にこのクエストはトッププレイヤーたちの間ですら、突破率1%未満の絶対的な壁として君臨していた。
問題は、ここからだ。
黒木とチャット欄に見守られながら、俺は呼吸を整える。
「――いきます」
確かな宣言と共に、俺はパーティーに指示を出していく。
まずはパーティーの要である聖属性最強ヒーラー、『黎明の熾天使』ルキフェリアに、彼女の持つ最強のダメージカットスキル《セラフィック・ウィング》を発動させた。
六枚の光翼がパーティー全体を包み込み、神々しいまでの守護の結界が展開されると、このターンだけパーティへのダメージは70%カットされる。
【ルキフェリア様きた!】
【ルキ様の翼、温か稲荷...】
【これで勝つる!】
【はい、魂の枷~】
【クソ攻撃始まったわ】
チャット欄は勝利を確信したコメントと、その後に訪れるであろう悲惨な図の予想で沸き立つ。
だが、俺の指示はそこで終わらない。
続けてシルヴィアのスキル『聖銀の誓い』(PT全体40%カット)を使用した。
突然の意味不明な行動に、チャット欄の流れがさらに加速する。
【え?ダメカって重ねがけ出来るの?】
【いや無理wwwこいつ仕様知らんのかww】
【悲報:Mudoさんエアプがバレてしまう】
【ああ、もうダメだ…】
すでにPT全体が70%カットの結界で守られている状態で、効果の低い40%カットのスキルを重ねがけしても100%カットにはならず、ダメージ計算上何の意味もない。それはアストラル・クロニクルをある程度やり込んだプレイヤーには常識だった。
「…え? Sudo先生、それって……」
黒木もチャット欄の混沌さにあてられて動揺した声を上げる。
「…大丈夫です」
だが、俺は一言だけ告げると次なるターンへと進めた。
神獣の全身が禍々しいオーラに包まれ、味方全体に『深淵の宣告』が降り注ぐ。70%カットしてもその威力は絶大で、最高峰のステータスを持つ限定キャラも瀕死状態になる中、唯一最大HPの少ないシルヴィアだけが――
「――シルヴィアたんっ!!」
黒木の悲痛な叫びと同時に、銀色の女騎士はその身に全ての絶望を受け止め、光の粒子となって音もなく消えていった。それだけではなく、生き残った3人にも絶望のデバフ【魂の枷】が、死刑宣告のように灯る。
【ああ、やっぱり…】
【結局ダメだったか】
【シルヴィア無駄死にじゃん】
【もう無理だって】
チャット欄が諦めの空気一色に包まれた、直後。
俺はその心ない一言を否定するように、普段の自分からは考えられないほど、はっきりとした口調で言い返した。
「――無駄死になんかじゃない。これが、シルヴィアに隠されていた『第二の真価』です」
すると画面には、誰も予期していなかった現象が起こる。
3人に付与された【魂の枷】――本来は解除不能であるはずのデバフが、まるで最初から存在しなかったかのように、フッと消え去ったのだ。
【は?】
【ええええええ】
【バグ?】
【なんで消えるの、オカシイだろ】
【?????】
チャット欄が理解を超えた現象への無数の「?」で埋め尽くされる中、俺はゆっくりとマイクに口を近づけた。
「…シルヴィアのスキル『聖銀の誓い』には、実はもう一つの効果があるんです。それはスキル発動中に彼女が戦闘不能になった場合、『味方全体のステータスを初期状態に戻す』、と…」
俺はそこで一度、言葉を切った。チャット欄が【マジかよ】【そんなの書いてあったか?】とざわめくのを確認してから、続ける。
「…つまり、このクエストで最も厄介な解除不能デバフ【魂の枷】は、『聖銀の誓い』の効果が発動している状態でシルヴィアが倒れることによってのみ、解除――正確には初期化が可能になる。…だから、このクエストの本当の『答え』を持っているのは彼女なんです」
一語一語に思いを寄せて告げつつ、俺は淀みなくコマンドを選択していく。
デバフの一切ない完全な状態で、最終ターンを迎えた3人が総攻撃を仕掛ける。
そして――呆気ないほど簡単に、ボスは沈んだ。
画面に『QUEST CLEAR』の文字が表示された時、それまで混乱と疑念に満ちていたチャット欄は、まさに堰を切ったような爆発的な熱狂に包まれた。
【うおおおおおおおおおおおおおおお】
【神回】
【鳥肌やべえええええええええ】
【歴史の証人になった】
【すげえええええええええええ】
【Mudo最強!Mudo最強!Mudo最強!】
【いや、シルヴィアが最強なんだよなぁ…】
【↑それな】
【『答えは彼女』…名言すぎるだろ…】
【俺たちのシルヴィアが…泣いた】
【今日の配信、伝説だろ…】
【カイザー見てるか?これが本物だぞ】
【もうMudoじゃなくてSudoって呼ぶわ】
【論文待ってます】
【カナちゃん推しだけど今日だけは褒めてやる】
【このコンビ、最強すぎる】
【スパチャしたいけど出来ないんだが。はよ収益化しろ】
【Starlight-VERSE…覚えたぞ】
気がつけばアンチコメントは完全に沈黙していた。代わりに賞賛の嵐の真ん中で、ヘッドホンから鼻をすする小さな音が聞こえてくる。
「……っ、やりましたね、先生…!」
祝福の言葉のはずが、その声は明らかに震えていた。
「…えっと、黒木先輩…? もしかして、泣いてます…?」
俺の問いかけに、彼女は一瞬ハッとしたように息を呑んだ。刹那、慌てて涙をこらえるように無理やりいつもの明るい声色を作って答える。
「な、泣いてませんよーっ! 目に、ちょっとホコリが入っただけですっ! …それくらい、今日の配信、すごかったってことですよ!」
強がってはいるが、その声は上ずり、説得力は欠片もなかった。だが、その堪えきれない涙の意味を正確に言葉にはできなくても、ただの喜びではないことだけは、痛いほど伝わってきた。
彼女の不器用で健気な魂の叫びに呼応するように、チャット欄も【泣いてええんやで…】【カナタおめでとう!】【最高の配信だった!】【Sudo空気読め】と、温かい祝福の弾幕で埋め尽くされていく。
「…っ、ぐす……ほ、本当に、みんなありがとう…!」
もう一度、必死に感謝を口にしてから、彼女は震える声で最後の挨拶を絞り出した。
「――それじゃあ、またね! おつクロでしたー…!」
最後だけ少し声が掠れた挨拶と共に、俺たちの歴史的な配信は幕を閉じた。
◇
配信終了後。
俺がヘッドホンを外すと、隣の席で、黒木さんがまだ目元を赤く腫らしながら、こちらに満面の笑みを向けていた。
「……やりましたね、須藤さん」
今度は、彼女の方からだった。その声は、いつもの『カナタ』のように明るくも、『黒木』のようにか細くもない。ただ、一人の戦友としての、静かで、芯の通った響きを持っていた。
「いえ…黒木さんが、信じてくれたおかげです」
俺は素直にそう返していた。
これまでのような余計な謙遜の言葉はもう出てこない。
しばらく、二人だけの沈黙が流れる。気まずさはない。ただ、成し遂げたことの大きさを二人で噛み締めているような、心地よい時間だった。
「…本当にすごかったです。まるで、魔法みたいでした」
「魔法じゃないです…ただの、分析の積み重ねです…」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ不思議そうな顔をした後、ふふっと小さく笑った。
「…そっか。そうですよね。じゃあ、今度その『積み重ね』の話、もっと聞かせてくださいね。――マネージャーさん?」
最後の言葉だけ、少し悪戯っぽく響いた。
思わず照れながら「…善処します」とだけ返すと、彼女は「にゃはは!」といつもの笑顔に戻っていた。
◇
事務所を抜け、帰宅の途に付く最中。
俺は電車の中で一人、アーカイブのチャット欄を静かに見返していた。熱狂的なコメントの中にほんの数件だけ、ポツリと紛れ込んだ言葉を見つける。
【…あれ?今、撃破したのって…何ターン目だった?】
その書き込みに俺は誰にも見咎められないよう表情を殺したまま、口角の端だけを上げた。
1
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話
頼瑠 ユウ
青春
高校一年生の上条悠斗は、同級生にして幼馴染の一ノ瀬綾乃が別のクラスのイケメンに告白された事を知り、自身も彼女に想いを伝える為に告白をする。
綾乃とは家が隣同士で、彼女の家庭の事情もあり家族ぐるみで幼い頃から仲が良かった。
だが、悠斗は小学校卒業を前に友人達に綾乃との仲を揶揄われ、「もっと女の子らしい子が好きだ」と言ってしまい、それが切っ掛けで彼女とは疎遠になってしまっていた。
中学の三年間は拒絶されるのが怖くて、悠斗は綾乃から逃げ続けた。
とうとう高校生となり、綾乃は誰にでも分け隔てなく優しく、身体つきも女性らしくなり『学年一の美少女』と謳われる程となっている。
高嶺の花。
そんな彼女に悠斗は不釣り合いだと振られる事を覚悟していた。
だがその結果は思わぬ方向へ。実は彼女もずっと悠斗が好きで、両想いだった。
しかも、綾乃は悠斗の気を惹く為に、品行方正で才色兼備である事に努め、胸の大きさも複数のパッドで盛りに盛っていた事が発覚する。
それでも構わず、恋人となった二人は今まで出来なかった事を少しずつ取り戻していく。
他愛の無い会話や一緒にお弁当を食べたり、宿題をしたり、ゲームで遊び、デートをして互いが好きだという事を改めて自覚していく。
存分にイチャイチャし、時には異性と意識して葛藤する事もあった。
両家の家族にも交際を認められ、幸せな日々を過ごしていた。
拙いながらも愛を育んでいく中で、いつしか学校では綾乃の良からぬ噂が広まっていく。
そして綾乃に振られたイケメンは彼女の弱みを握り、自分と付き合う様に脅してきた。
それでも悠斗と綾乃は屈せずに、将来を誓う。
イケメンの企てに、友人達や家族の助けを得て立ち向かう。
付き合う前から好感度が限界突破な二人には、いかなる障害も些細な事だった。
洗脳機械で理想のヒロインを作ったら、俺の人生が変わりすぎた
里奈使徒
キャラ文芸
白石翔太は、いじめから逃れるため禁断の選択をした。
財閥令嬢に自作小説のヒロインの記憶を移植し、自分への愛情を植え付けたのだ。
計画は完璧に成功し、絶世の美女は彼を慕うようになる。
しかし、彼女の愛情が深くなるほど、翔太の罪悪感も膨らんでいく。
これは愛なのか、それとも支配なのか?
偽りの記憶から生まれた感情に真実はあるのか?
マッチポンプ(自作自演)の愛に苦悩する少年の、複雑な心理を描く現代ファンタジー。
「愛されたい」という願いが引き起こした、予想外の結末とは——
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる