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1章 婚約破棄はいかがでしょうか
6 怖い夜
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とうとう、シリウスの部屋の前にたどり着いた。もしかすると他の護衛騎士も部屋の前で待機しているのではないかと思ったが、それは杞憂に終わりほっとした。
「では、カナリア様。私はまた早朝にお伺いいたします。どうか何かあれば鈴でお呼びください」
「ええ」
一緒に来て欲しいなんて、言えないのはわかっている。シリウスとこれから肌を重ねるのに、彼女が入っては何が起きるか分からない。己に喝を入れる。
……しっかりしなさい、私!
これでも公爵家の令嬢としてしっかりマナーと共に心も鍛えてきた。こんなところで不安になっていたら、いつまで経っても帝国に戻れない。部屋のドアを恐る恐る開ける。中は真っ暗で誰もいないように思えるほど静かだ。
「シリウス様、カナリアでございます」
しばらく返事を待ったが、沈黙が続くだけだ。何だか様子がおかしいと思い、私は部屋のランプを点けた。
誰もいないのかと思ったが、ベッドの軋む音が聞こえた。
──居るのなら返事くらいしなさいよ。
不満を抱えながらベッドの方へ向かう。体がまた思い出したかのように震えてくる。
これから私は蛮国の王子に抱かれるのだ。
「え……」
ベッドを覗くと、シリウスが気持ち良さそうに眠っていた。長い夜のことを考えて悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。
薄着の服がはだけており、今更ながら引き締まった身体なんだと知った。
私たちはお互いにそれすらも知らないのだ。
「ん……誰だ?」
寝ぼけた声を出しながら起きる。呆れながらも自分だと伝えようとしたら急に腕を引っ張られた。
「きゃッ!」
武芸を嗜んだことのない私では全く反応ができず、ベッドの上に押し倒された。
「やめ……ん──ッ!」
彼の腕が私の背中にまわって両腕で抱擁する。彼の温かな体温が生々しく感じる。逃げ出したいが、彼の拘束が外れなかった。首元へ彼の顔が近付き、吐息が掛かってくるのでくすぐったい。
彼の力に私は身動きができなかった。
「カナリア……」
彼の手が私の恥ずかしいところへ伸びてきて、指が布を通って身体に触れた。
「やめ……って──」
ずっと我慢していたものが溢れ出す。穢されてしまうことが怖かった。もう私は昔の私ではなくなる気がした。
自分の力で生きていこうと心に決めたのに、いざその瞬間が訪れると私は独りの無力さを感じた。
彼の動きが急に止まった。
「カナ……リア? どうしてここに……それに泣いて──」
彼の力が緩まったので、彼の胸を両手で押して引き離す。体を引きずりながらベッドから急いで降りた。
もう今は逃げたい。自室へ戻りたい。
「待て、カナリア!」
「来ないで!」
彼が止める手を暴れて引き剥がそうとするが、彼の手が私を離してくれない。
「泣かないでくれ……こんなに震えて、一体何が──」
彼の言葉を遮るように部屋の扉が開けられた。
「カナリア様、悲鳴が聞こえましたが!」
エマが飛び込んでくれたので、また力任せに暴れることで彼の手から逃げる。
助けに来てくれたエマを盾にするように後ろへと回って体を彼に見えないようにする。
「君はカナリアのメイドだったな。この上着を着せて、その子を部屋へと送り届けろ!」
「えっ……かしこまりました!」
私はエマに上着を着せられ、彼女に支えられながら来た道を戻る。
涙を流し続ける私に何も聞かず、黙って支えながら横を歩いてくれる。
私は帝国であらゆる教育を詰め込まれ、立派な淑女になるように育てられた。
それなのに初夜すら満足にこなせなかったのだ。あれほど蛮国の人間と交わることが嫌だったのに、実際に淑女の義務を果たせなかったことが、私が帝国の令嬢であったという自信を打ち砕くのだった。
「では、カナリア様。私はまた早朝にお伺いいたします。どうか何かあれば鈴でお呼びください」
「ええ」
一緒に来て欲しいなんて、言えないのはわかっている。シリウスとこれから肌を重ねるのに、彼女が入っては何が起きるか分からない。己に喝を入れる。
……しっかりしなさい、私!
これでも公爵家の令嬢としてしっかりマナーと共に心も鍛えてきた。こんなところで不安になっていたら、いつまで経っても帝国に戻れない。部屋のドアを恐る恐る開ける。中は真っ暗で誰もいないように思えるほど静かだ。
「シリウス様、カナリアでございます」
しばらく返事を待ったが、沈黙が続くだけだ。何だか様子がおかしいと思い、私は部屋のランプを点けた。
誰もいないのかと思ったが、ベッドの軋む音が聞こえた。
──居るのなら返事くらいしなさいよ。
不満を抱えながらベッドの方へ向かう。体がまた思い出したかのように震えてくる。
これから私は蛮国の王子に抱かれるのだ。
「え……」
ベッドを覗くと、シリウスが気持ち良さそうに眠っていた。長い夜のことを考えて悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。
薄着の服がはだけており、今更ながら引き締まった身体なんだと知った。
私たちはお互いにそれすらも知らないのだ。
「ん……誰だ?」
寝ぼけた声を出しながら起きる。呆れながらも自分だと伝えようとしたら急に腕を引っ張られた。
「きゃッ!」
武芸を嗜んだことのない私では全く反応ができず、ベッドの上に押し倒された。
「やめ……ん──ッ!」
彼の腕が私の背中にまわって両腕で抱擁する。彼の温かな体温が生々しく感じる。逃げ出したいが、彼の拘束が外れなかった。首元へ彼の顔が近付き、吐息が掛かってくるのでくすぐったい。
彼の力に私は身動きができなかった。
「カナリア……」
彼の手が私の恥ずかしいところへ伸びてきて、指が布を通って身体に触れた。
「やめ……って──」
ずっと我慢していたものが溢れ出す。穢されてしまうことが怖かった。もう私は昔の私ではなくなる気がした。
自分の力で生きていこうと心に決めたのに、いざその瞬間が訪れると私は独りの無力さを感じた。
彼の動きが急に止まった。
「カナ……リア? どうしてここに……それに泣いて──」
彼の力が緩まったので、彼の胸を両手で押して引き離す。体を引きずりながらベッドから急いで降りた。
もう今は逃げたい。自室へ戻りたい。
「待て、カナリア!」
「来ないで!」
彼が止める手を暴れて引き剥がそうとするが、彼の手が私を離してくれない。
「泣かないでくれ……こんなに震えて、一体何が──」
彼の言葉を遮るように部屋の扉が開けられた。
「カナリア様、悲鳴が聞こえましたが!」
エマが飛び込んでくれたので、また力任せに暴れることで彼の手から逃げる。
助けに来てくれたエマを盾にするように後ろへと回って体を彼に見えないようにする。
「君はカナリアのメイドだったな。この上着を着せて、その子を部屋へと送り届けろ!」
「えっ……かしこまりました!」
私はエマに上着を着せられ、彼女に支えられながら来た道を戻る。
涙を流し続ける私に何も聞かず、黙って支えながら横を歩いてくれる。
私は帝国であらゆる教育を詰め込まれ、立派な淑女になるように育てられた。
それなのに初夜すら満足にこなせなかったのだ。あれほど蛮国の人間と交わることが嫌だったのに、実際に淑女の義務を果たせなかったことが、私が帝国の令嬢であったという自信を打ち砕くのだった。
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