魔法博士ヒオリは青い瞳と夢を見る

天藤けいじ

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人形劇は夜にうごめく05

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 不気味に歪んだ研究所を、二人は進んでいく。
 リリアンや魔法人形たちが廊下の角から現れないか不安に思ったが、自分たち以外の気配は感じられない。

 廊下には等間隔で小さな窓がつけられていたが、そこから覗けるのは暗い夜空とぽっかりと浮かんだ三日月だけ。見慣れた研究所の敷地でないことは明らかだった。

 しかし方向感覚すらなくなりそうな道を歩くヴェロニカに、一切の迷いは無い。
 自信たっぷりな赤毛の令嬢を背後から見つめ、ヒオリは緊張を抱えながら口を開く。

「貴女は何度かこの夢に来たと言っていましたが、ここが何なのか知っているんですか」
「ええ、私の見解ですが、ここは厳密には夢ではなくリリアンさんの作り出した世界。過去と現在。現実と虚像の混じり合った研究室と言ったところですわね」
「研究室?」

 首を傾げる己に令嬢は肩越しに振り向きながら、妖艶に笑う。

「ヒオリさんも見たのではなくて?あの劇とリリアンさんが人形を作っているところを。彼女はここで自分の虚像を現実にするため、研究を続けていますのよ」
「ああ……。作成している現場を見た覚えはありませんけど、声は」

 ヴェロニカ女史らしき人影を見た夢で聞いた、リリアンの独り言を思い出す。
 確かあの時彼女は「人形を作る」とはっきり言っていた。あのスタッフルームで彼女は、現実と同じように魔法人形の作成をしていたのだろうか?

 しかし虚像を現実にするとは?そんなことをしていったい何が目的なのだ?
 他にも気になることが多々あり過ぎて、ヒオリは眉間にしわを寄せながら前を行く令嬢にたずねる。

「何故彼女はこんな夢……世界を創れたんでしょう?こんな効果のある魔法は、今の魔法博士では再現出来ないはずではないのですか?」
「さて。それを調べに行くのですわ。恐らく今日も面白いものが見れるでしょうね」

 どうやらヴェロニカには真相を知るための何かあてがあるらしいが、彼女は何を見、どれほどこの夢の中を探索したのか。
 この先にあるだろう事実へたどり着くことに不安が芽生え、ヒオリはふと口を閉ざしてしまう。

 こつこつと自分たちの足音だけが響き渡る廊下。
 窓越しに覗く不自然に大きな月を見ながら、迫りくる未知から逃れるように思考を続けた。

(どうして私たちだけこの世界に来ることが出来たのだろう)

 思いつくのは自分だけが濃く感じたあの香りだが、それは他の研究員たちも嗅いでいるはず。
 なら植物が生えていた温室のハーブを、アロマにして吸引したせいだろうか?
 魔法茶器専門のヴェロニカも、ハーブで茶を淹れたりするだろう。それで己と同じ効果を、彼女も得たのか?

 だがそれだと奇妙な点が一つ。
 魔法食品部門の博士たちは温室の植物を調理し、食した者もいるだろう。美容部門の者たちも、化粧品に加工したそれらを肌につけたかもしれない。

 ならば、自分とヴェロニカ女史にしか当てはまらない何かがある。
 夢を見た日に作ったアロマに何か原因があったのか、と考えた瞬間、ヒオリはふとその翌日に令嬢が温室で採取していた植物を思い出した。

「……ヴェロニカ女史は、確か先日チコリーの根を取っていらっしゃいましたよね。あれは数日前から使われているんですか?」
「ええ。私の魔法茶器の実験のために。ここ最近はお茶にして飲んでいますの」

 再び振り返り、こくりと頷いた彼女に、やはりという気持ちが強くなる。
 ヒオリもあのラベンダーのアロマに、イリスの根の成分を僅かに混入させた。
 そしてヴェロニカもチコリーの根を……恐らく原因は、あの奇妙な植物ではなく根の部分にあるのだ。

 根は葉や花に比べて、温室でも使用する頻度が少ない。温室で根菜でも育てていれば結果は違ったかもしれないが、実験で使用する野菜の類は近くの魔法農家から買い付けている。
 だから自分たち以外に目立った被害は無かったのだろうと思ったが、それで楽観視もしていられない。

 恐らく他にもこの夢に迷い込んでいる研究員はいるだろうし、既にリリアン女史に夢の中で捕まった者もいるかもしれない。

 ぐっと顔を強張らせて口をつぐんだヒオリに、ヴェロニカも何か気付いたのか目を細めて笑った。

「何か思いついたようですわね。聞かせて欲しいものですけど、でも、ほら、もう着きましたわ」

 そう言ったと同時にヴェロニカが立ち止まったので、ヒオリも顔を上げて足を止める。
 二人の目の前には、劇場などでよく見る防音ドアがあった。一番初めに出てきた夢で見たものよりも、簡素で小さく、古ぼけている。
 周りの華美な内装とは少々釣り合っていないそれに、思わず首を傾げた。 

「昨晩まではリリアンさんが姉妹や学友たちを陥れようとして失敗するというお話でしたの。本日のプログラムは14歳の記憶なのですって」
「え?」

 どういう意味だ?と訪ねる前に、彼女はゆっくりと防音ドアの取っ手を引く。
 扉の隙間からは劇場独特の空気が流れだし、二人の顔に当たった。
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