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第二十三章 失楽園
第486話 ステージ5
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ステージ6が出現した時や、電波障害などの異常事態が発生した時。アイギスは一匹しか分離しない。
クスシ達は事前にそう決めていた。
ステージ6は電気信号を操り、アイギスの動きを惑わす事がわかっているからだ。至近距離ならば宿主の命令を正確に受信し動く事ができるようだが、そうでなければ動きを止めてしまう。
下手をすれば、操られてしまう。
それを危惧し、分離するアイギスは一貫して一匹のみ、それも自身が搭乗する対象しか扱わない事にしたのだ。
しかしその取り決めは、カールにとっては関係のない話であった。
何故ならば、カールは元よりアイギスを一匹しか寄生させていないからだ。
無論、カールのユウレイクラゲ型アイギスも分裂という形で増殖をする。他のアイギスと生態の差はない。しかし大喰らいのユウレイクラゲ型アイギスを満足させられる血液の提供は、一匹が限度。よってカールはアイギスが増える度に、増えた分を飼育室へ送っていた。
つまり分離したアイギスと離れてしまえば、彼は一気に無力化してしまうのだ。
(っ、けど! 毒弾を込めた銃はある! 毒弾が効かないとしても、ちょっと時間を稼げばアイギスは直ぐに来る! ここには青洲先生達もいる! 対抗手段は幾らでもある!!)
僅かな時間で最善を導き出したカールは、『珊瑚』の弾が着弾した一拍後に砂浜に叩き付けられる。
彼は強かに打ち付けた背中の痛みに顔を歪ませながらも、即座に立ち上がり、腰に下げていたガンホルダーから拳銃を抜いた。
そのまま砂浜にめり込んでいる弾こと『珊瑚』へ、銃口を向ける。
――パァンッ
弾ける音が砂浜に響く。カールが拳銃の引き金を引いた、……からではない。
割れたのだ、『珊瑚』が。胡桃の殻のように、左右に。音の方が遅く感じる程、目にも止まらぬ速さで。
そして割れた隙間から伸びた蔦状菌糸が、一本、カールの胸部を貫いた。
(……あ、これ)
襲いかかる激痛。黒衣を汚す血。全身からぶわりと吹き出す脂汗。
だが、蔦状菌糸が貫いたのは急所ではない。肋骨を砕き、片肺に穴を空けてはいるものの、心臓は避けている。アイギスの治癒能力を使えば容易に塞がる傷だ。何なら以前、イギリスの菌床で、腹に穴を空けられた時の方がよほど重症だった。
(感染した)
しかし外傷以上の問題が、カールを襲っていた。
カールは覚えている。知っている。『珊瑚』に感染した瞬間を。寄生された刹那を。
見慣れたオフィウクス・ラボの白い巨塔に、赤い塔が、真紅の単眼が、重なって見える。
今この瞬間、カールは珊瑚症を罹患した。
(弾の中に感染者らしき人影が見える蔦の菌糸を操っているところから《植物型》かステージ5かステージ6かそれともまた違う個体かけどどっちにしろ感染者に直接感染させられた人間は健全者だろうとそうでなかろうと関係なくステージを経ずに症状が進行する血を吸って養分にする場合もあるけどこの感覚は吸血じゃなくて絶対に感染だだってまたアレが見えているんだから今度は視神経を通さず脳に直接刻んで来るだなんてどんな生命体なんだ生物の範疇超えていないかいや考察している場合じゃない猶予なんてない俺がやるべき事はなんだ決まっているだろ早く動け身体が動く内に脳がイカレる前に早く早く早く早く)
一秒にも満たない思考の末にカールは最善を導き出し、右手に持ったままだった拳銃の銃口を、こめかみに当てる。
タァンッ!
間髪入れずに、銃声が鳴り響く。
銃弾が当たったマスクの留め具は壊れ、鹿の頭蓋骨を模したそれは吹き飛び、砂浜の上へと静かに落ちた。
ぼたぼたと、カールの側頭部から血が流れ、プラチナブロンドを赤く染める。しかし裂傷こそできてしまったが、彼の頭に穴が空くことはなかった。
穴が空いたのは頭ではなく、右腕だ。
ラボの5階の窓から、自身の抽射器である小型の短銃を構え、腕を狙撃し、カールの自決を力尽くで止めたのだ。
シアンの手によって。
「先生……っ!」
狙撃の衝撃から砂浜に倒れ込むカールの姿に、シアンは血相を変え、5階の窓から飛び降りる。そして危なげなく着地すると、砂を蹴り上げ疾足しながら、『珊瑚』へ短銃を容赦なく撃ち込んだ。
『珊瑚』の殻は固く一撃では撃ち抜けない。それでも一箇所を集中的に連射すればやがて穴が空き、中身の感染者へ銃弾を届ける事ができた。
「アイギス! 毒抜きや! 早う!!」
だが『珊瑚』の死滅を確認する余裕など、今のシアンにはなく。やむを得なかったとは言え、自身の毒を注いでしまったカールの対処を急いだ。
血の気のない顔をして横たわるカールの元へ辿り着いたシアンは、彼を貫く蔦状菌糸をサバイバルナイフ状の抽射器で斬り落とし、忌々しい束縛から解放させる。
しかしこのままカールの身体に残る菌糸を引き抜く事はできない。多量出血をする可能性があるからだ。
「止血もや! アイギス、急ぎ! アイギス、アイギス……!」
毒抜きに、止血。どちらもアイギスの手にかかれば可能だ。希望はある筈と、シアンはアイギスに向け必死に呼びかける。宿主を救命しろと。喉が張り裂けそうな程の大声で。
敬愛するカールを、死なせたくない一心で。
ころん。……ぽす
その時ふと、柔らかい音が足元から聞こえた。重量のある『珊瑚』が墜落した時の音とは真逆の、何か、軽い物が落ちた音。
それは、ボールのように丸い形をしていた。手の平の中に収まる大きさの、
義眼。
『……ア』
義眼が嵌め込まれていた場所、眼球を失った右の眼窩は空洞で、義眼を失えば暗闇だけが残る。
筈だった。
シアンがアイギスの方へ目を向けたその僅かな間で、カールの右の眼窩は、真っ赤な鉱石を嵌め込んだような状態に陥り、そこからギチギチと、硬質な音を鳴らしながら、真っ赤な菌糸が枝のように伸び、義眼を押し出したのだ。
言葉を失っている間にも、菌糸は蠢く。裂傷を負ったこめかみからは血ではなく菌糸が突き出て、鹿の角のような形を成していく。胸に刺さったままだった蔦状菌糸は、剣の切先のように変貌し、人を傷付ける形を取った。
「せん、せ」
ゴキンッ
鈍い音が響く。骨が折れた音だ。ブチブチッ。次に聞こえてきたのは、引き千切れる音。肉が裂けたのだ。
毒に侵された右腕を左手で鷲掴み、強引に、力尽くで、切断。
その剛力は最早、人のそれではなく。
失った腕からは鹿の蹄のような突起が突き出て、その見目へとさえも、人と離れていく。
ステージ5。
シアンにとって、星の数ほど処分をしてきた、人の形をした――生物災害。
クスシ達は事前にそう決めていた。
ステージ6は電気信号を操り、アイギスの動きを惑わす事がわかっているからだ。至近距離ならば宿主の命令を正確に受信し動く事ができるようだが、そうでなければ動きを止めてしまう。
下手をすれば、操られてしまう。
それを危惧し、分離するアイギスは一貫して一匹のみ、それも自身が搭乗する対象しか扱わない事にしたのだ。
しかしその取り決めは、カールにとっては関係のない話であった。
何故ならば、カールは元よりアイギスを一匹しか寄生させていないからだ。
無論、カールのユウレイクラゲ型アイギスも分裂という形で増殖をする。他のアイギスと生態の差はない。しかし大喰らいのユウレイクラゲ型アイギスを満足させられる血液の提供は、一匹が限度。よってカールはアイギスが増える度に、増えた分を飼育室へ送っていた。
つまり分離したアイギスと離れてしまえば、彼は一気に無力化してしまうのだ。
(っ、けど! 毒弾を込めた銃はある! 毒弾が効かないとしても、ちょっと時間を稼げばアイギスは直ぐに来る! ここには青洲先生達もいる! 対抗手段は幾らでもある!!)
僅かな時間で最善を導き出したカールは、『珊瑚』の弾が着弾した一拍後に砂浜に叩き付けられる。
彼は強かに打ち付けた背中の痛みに顔を歪ませながらも、即座に立ち上がり、腰に下げていたガンホルダーから拳銃を抜いた。
そのまま砂浜にめり込んでいる弾こと『珊瑚』へ、銃口を向ける。
――パァンッ
弾ける音が砂浜に響く。カールが拳銃の引き金を引いた、……からではない。
割れたのだ、『珊瑚』が。胡桃の殻のように、左右に。音の方が遅く感じる程、目にも止まらぬ速さで。
そして割れた隙間から伸びた蔦状菌糸が、一本、カールの胸部を貫いた。
(……あ、これ)
襲いかかる激痛。黒衣を汚す血。全身からぶわりと吹き出す脂汗。
だが、蔦状菌糸が貫いたのは急所ではない。肋骨を砕き、片肺に穴を空けてはいるものの、心臓は避けている。アイギスの治癒能力を使えば容易に塞がる傷だ。何なら以前、イギリスの菌床で、腹に穴を空けられた時の方がよほど重症だった。
(感染した)
しかし外傷以上の問題が、カールを襲っていた。
カールは覚えている。知っている。『珊瑚』に感染した瞬間を。寄生された刹那を。
見慣れたオフィウクス・ラボの白い巨塔に、赤い塔が、真紅の単眼が、重なって見える。
今この瞬間、カールは珊瑚症を罹患した。
(弾の中に感染者らしき人影が見える蔦の菌糸を操っているところから《植物型》かステージ5かステージ6かそれともまた違う個体かけどどっちにしろ感染者に直接感染させられた人間は健全者だろうとそうでなかろうと関係なくステージを経ずに症状が進行する血を吸って養分にする場合もあるけどこの感覚は吸血じゃなくて絶対に感染だだってまたアレが見えているんだから今度は視神経を通さず脳に直接刻んで来るだなんてどんな生命体なんだ生物の範疇超えていないかいや考察している場合じゃない猶予なんてない俺がやるべき事はなんだ決まっているだろ早く動け身体が動く内に脳がイカレる前に早く早く早く早く)
一秒にも満たない思考の末にカールは最善を導き出し、右手に持ったままだった拳銃の銃口を、こめかみに当てる。
タァンッ!
間髪入れずに、銃声が鳴り響く。
銃弾が当たったマスクの留め具は壊れ、鹿の頭蓋骨を模したそれは吹き飛び、砂浜の上へと静かに落ちた。
ぼたぼたと、カールの側頭部から血が流れ、プラチナブロンドを赤く染める。しかし裂傷こそできてしまったが、彼の頭に穴が空くことはなかった。
穴が空いたのは頭ではなく、右腕だ。
ラボの5階の窓から、自身の抽射器である小型の短銃を構え、腕を狙撃し、カールの自決を力尽くで止めたのだ。
シアンの手によって。
「先生……っ!」
狙撃の衝撃から砂浜に倒れ込むカールの姿に、シアンは血相を変え、5階の窓から飛び降りる。そして危なげなく着地すると、砂を蹴り上げ疾足しながら、『珊瑚』へ短銃を容赦なく撃ち込んだ。
『珊瑚』の殻は固く一撃では撃ち抜けない。それでも一箇所を集中的に連射すればやがて穴が空き、中身の感染者へ銃弾を届ける事ができた。
「アイギス! 毒抜きや! 早う!!」
だが『珊瑚』の死滅を確認する余裕など、今のシアンにはなく。やむを得なかったとは言え、自身の毒を注いでしまったカールの対処を急いだ。
血の気のない顔をして横たわるカールの元へ辿り着いたシアンは、彼を貫く蔦状菌糸をサバイバルナイフ状の抽射器で斬り落とし、忌々しい束縛から解放させる。
しかしこのままカールの身体に残る菌糸を引き抜く事はできない。多量出血をする可能性があるからだ。
「止血もや! アイギス、急ぎ! アイギス、アイギス……!」
毒抜きに、止血。どちらもアイギスの手にかかれば可能だ。希望はある筈と、シアンはアイギスに向け必死に呼びかける。宿主を救命しろと。喉が張り裂けそうな程の大声で。
敬愛するカールを、死なせたくない一心で。
ころん。……ぽす
その時ふと、柔らかい音が足元から聞こえた。重量のある『珊瑚』が墜落した時の音とは真逆の、何か、軽い物が落ちた音。
それは、ボールのように丸い形をしていた。手の平の中に収まる大きさの、
義眼。
『……ア』
義眼が嵌め込まれていた場所、眼球を失った右の眼窩は空洞で、義眼を失えば暗闇だけが残る。
筈だった。
シアンがアイギスの方へ目を向けたその僅かな間で、カールの右の眼窩は、真っ赤な鉱石を嵌め込んだような状態に陥り、そこからギチギチと、硬質な音を鳴らしながら、真っ赤な菌糸が枝のように伸び、義眼を押し出したのだ。
言葉を失っている間にも、菌糸は蠢く。裂傷を負ったこめかみからは血ではなく菌糸が突き出て、鹿の角のような形を成していく。胸に刺さったままだった蔦状菌糸は、剣の切先のように変貌し、人を傷付ける形を取った。
「せん、せ」
ゴキンッ
鈍い音が響く。骨が折れた音だ。ブチブチッ。次に聞こえてきたのは、引き千切れる音。肉が裂けたのだ。
毒に侵された右腕を左手で鷲掴み、強引に、力尽くで、切断。
その剛力は最早、人のそれではなく。
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