毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
505 / 600
第二十三章 失楽園

第488話 疾駆する影

しおりを挟む
 ドゴォッ!
 砂浜に『珊瑚』の弾が撃ち落とされ、砂が柱のように吹き上がった。アコニチンはそれを片端から射抜き、即座に死滅させる。しかし弾の数は多く、一人ではとても捌き切れない。
 まして青洲を守りながらとなると、難易度は跳ね上がる。

「青洲先生。あの人も処分しちまおう」

 カールに視線を向けながら、アコニチンは淡々と言った。ステージ5となってしまった以上、あのまま放置しておくのは危険だ。シアンという戦力を奪っている現状も看過できない。
 アコニチンの声には、躊躇も感傷もなかった。
 合理的に、冷徹に、手を汚す覚悟が、彼にはあった。

「シアンにゃ気の毒だけど、どうしようもないだろう? シアンが無茶な押さえ方しているのを止めさせたいってのもあるけどさ、外出血したくないからって傷口を塞ぎっぱなしにしてちゃ、いずれ内出血で中毒になる。……あのままじゃ、共倒れだ」
「……いいや。手は、ある……」
「えっ!?」

 想定外の言葉を言い放った青洲に、アコニチンは目を見開いた。

「カールを、コールドスリープさせる。そうすれば、保護が可能だ……」
「コールドスリープ……! 相手を凍結させるってやつかい! けど、それができるアンモニア達はドイツに行っちまったじゃないか!」
「……一人。アバトンここに、残っている」

 その者の名は、アセトン。
 彼は冷弾を扱えるウミヘビの中で唯一、ドイツ遠征に同行しなかった。
 運動神経の悪さを自認し荒事も好まない彼は元々、あまり凍結実験に乗り気ではなく、『モーズと高級料理オートキュイジーヌを作る毎に一回、遠征へ同行する』という条件で協力をしていた。
 が、凍結実験が本格化した先月、凍高級料理オートキュイジーヌ作りを実行する予算を確保できなかった(※お菓子の日に浪費し過ぎた罰)為に、条件通り遠征を拒否してきたのだ。
 尤も遠征同行者の人員を割り振っていた徐福は、元々冷弾を扱えるウミヘビを誰かしら残す気だったようで、アセトンの要望はすんなりと通る事となった。
 青洲は言う。

「……小生はコールドスリープ処置に必要な、コフィンを取りに向かう。君は、アセトンをここへ連れて来てくれ……」
「いやいや! 一人で行く気かい!? 反対だよ、あたしは!」
「この中で一番、足が速いのは、君だ……。時間が、ない。……アコニチン。君が、頼りだ」
「うっ、嬉しい事を言ってくれるけどさぁ! ほんの少し離れた隙に青洲先生に何かあったら、あたしは半狂乱になるよ!? そもそも、アセトンがいま何処にいるかもわからない! 探している間、保つとは思えないよ! あいつ!」

 砂浜でシアンに押さえ付けられているカールは、既に青い血を浴びてしまっている。出血しているシアンが至近にいるだけでも致死的な負担だ。彼の呼吸は乱れていっていて、いつ中毒死してもおかしくない。
 どうせ助からないのならば、今すぐ処分した方が被害は少ない。それが、アコニチンの冷ややかな見解であった。

「……あの」

 張り詰めた空気の中、控えめな声が青洲達の背後からかけられる。

「お手伝い、します」

 声の主は、目元を藍色の布で覆った盲目のウミヘビ、メタノール。
 彼は弟のホルムアルデヒドの介助を受けながら、自らの意思で、助力を申し出たのだった。

 ◇

 弾として撃たれた『珊瑚』を死滅させていく内に、ネグラは毒に汚染されていく。
 石畳が敷かれた歩道や、白亜で塗り固められた建物の壁はすっかり赤黒く染まり、宿す毒素が弱ければ、ネグラの住人であるウミヘビでさえも留まるのが辛い場所へと化してきていた。

「クソ。終わりが見えねぇじゃねぇの」

 赤い塔を睨み付けながら、マンションの屋上に立つナトリウムが吐き捨てるようにボヤく。ここは『珊瑚』の侵蝕を逃れ、地上に溜まっていっている毒素も届かない。
 それもこれも、彼含む飛び道具を扱えるウミヘビが弾として撃たれた『珊瑚』を空中で迎撃しているからだ。
 尤もナトリウムが扱う抽射器はダーツの矢。の武器だ。いずれ底を突く。そうなれば迎撃は立ちゆかなくなる。
 額の汗をぬぐいながら、ナトリウムは隣で同じく迎撃を続けているカリウムに声をかけた。

「カリウム、残りどんぐらいよ」
「……20切ったじゃん?」
「やべぇな」
「そういうナトリウムはどうなんだよ!?」
「10だな」
「もっと悪いじゃん!?」

 あっけらかんと言いのけたナトリウムに対し、カリウムが頭を抱えて叫んだ。
 飛び道具を扱うウミヘビは、彼ら以外にもこの場にいる。それも残弾を気にしていなくていい、銃型の抽射器を扱えるウミヘビが。しかし乱射すれば容易に中毒に陥ってしまう為に、交代制で動いていた。
 この持久戦が長引けば、限界は近い。

「追加の抽射器……。訓練所に行きゃあるだろうが……」
「無理じゃん? もう下、歩ける状態じゃないでしょ」

 赤い塔は依然と、海に根付くかの如く聳え立っている。あの本体を叩かなければ、状況は変わらないかもしれない。
 しかし移動もままならない現状では近付く手段はなく、仮に距離を詰められたとしても、迎撃で手一杯の彼らに打ち倒せる未来は、とうてい描けなかった。
 せめて補給の糸口はないかと、ナトリウムがマンションの縁から下を覗く。
 その視界に、こちらへ向かい猛スピードで駆ける影が飛び込んできた。
 その影は道を塞ぐ『珊瑚』を弓矢で射抜きながら走る、アコニチン。彼はウミヘビたちが屯するマンションへ一直線に突っ込み、石畳を砕く勢いで踏み込むと――一気に5階分の高さを跳躍し、屋上へ着地した。

「チビ、無事かい! よかった!」

 そして屋上でテルルの腕に抱かれたアトロピンの姿を認めるやいなや、アコニチンの表情に安堵が広がる。

「けどすまないね、時間がないんだ! アセトン! いないかい!?」
「いるよ~?」

 アセトアルデヒドの隣で座っていたアコニチンの探し人、アセトンがのんびりと手を挙げて言う。
 その瞬間、アコニチンは彼の前へ躍り出て、有無を言わせず肩に担ぎ上げた。

「あれ、何この状況?」
「よし、冷弾銃持ってるね!? 行くよ!」
「えぇ~っ」
「待っ、待って待ってアコニチン! ストップして欲しいしゃん!?」

 アセトンを抱えたまま踵を返したアコニチンを、カリウムが焦った様子で引き留めようとする。

「いま大分苦しくて! 戦力に加わって欲しいんだけど!?」
「こっちもそれ所じゃなくてね! こんだけウミヘビがいるんだ、どうにか出来るさ!」
「そう言われても~!」
「なっさけないねぇ! 下にパラチオンとストリキニーネがいるから、最悪あいつらを頼りゃいいよ! それまで踏ん張りな!!」

 ばしんっ!
 アコニチンはカリウムの背中を思い切り叩き喝を入れた後、

「チビに怪我させたら締め上げるからね~っ!」

 と理不尽な言葉を投げかけながら、屋上から飛び降り元来た道を再び疾走していく。
 残されたカリウムはがっくりと肩を落とし、そんな彼を見たナトリウムは「踏ん張れだとよ」と他人事のように呟いたのだった。カリウムは「お前もじゃん!?」と怒りつつも、屋上の縁に立ち構え直す。

「居ないといや、誰かタリウム見なかったか? 下を見ても見当たらなかったが……」

 カリウムに続きダーツの矢を構えたナトリウムが、顔だけ後ろに向け問いかける。

「あ、僕ここに来る前に会ったよぉ?」

 それに答えたのはアセトアルデヒドだ。彼は災害発生時、タリウムとニコチンと共に広場に居た。そして別行動を取る事としたのだ。

「ニコと一緒に対応しているみたいだからぁ。きっと何処かで、頑張っていると思う」

 きゅっと、服の裾を掴み、アセトアルデヒドは言う。
 姿の見えない彼の無事を、願いつつ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...