毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第490話 勝機

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 白衣を真っ青に汚し染め、シアンは砂浜の上に仰向けで横たわっていた。浅く繰り返される呼吸は弱々しく、目にも疲労が滲んでいる。立つ事さえできない状態。
 それでもシアンは声を絞り出す。

「……先生は、どないした?」

 敬愛するカールの安否を知る為に。

「コールドスリープさせられたよ。後でアセトンに礼言いな」

 それに対し、アコニチンが親指で後方を指差しながら答えた。その先にはコフィンがあり、更に奥、ラボの内部エントランスの陰にはアセトンがいる。
 彼はこの場にいるウミヘビの中でも特に毒耐性が弱い為、シアンの青い血の影響を受けないよう、距離を取って身を潜めているのだ。

「言えそうにないなら、あたしが伝えておくけど」
「どあほ、自分で言うわ。……貧血やさかい、今は動かれへんけど」
「あっそ」

 そこでアコニチンはしゃがみ込み、頬を緩める。

「あんたの粘り勝ちだね、シアン」

 その言葉は紛れもない、素直な賞賛であった。

「あたしなら諦めて、射っていた所だ。実際、射ろうとしたし」

 アコニチンが放った毒矢を受け止めた、シアンの左腕は今も黒ずんでいる。毒矢は抜いたものの、腕に残った毒素を排除し切れていないのだ。シアンが動けない理由の何割かは、それも含まれる。
 アコニチンの毒素は、シアンよりも強い。
 加えて解毒の手段はなく、毒抜きをする他に症状を取り除けない。いっそのこと腕を切断パージし、新たに再生させた方が楽に毒抜きができるのだが、残念ながら今のシアンはそれができるだけの血が足りない。
 ままならない状況への苛立ちも込め、シアンは視線に乗せてアコニチンへ向けた。

「なぁに、悟ったようなこと言っとるんや……。これが贔屓しとる青洲さんやったら……自分と同じ事しとるやろ、絶対」
「そっ、そんな事ないよ! 青洲先生には『いざって言う時は割り切れ』、って常々言われてんだ! 青洲先生が里帰りした時だって、あたしは――先生が戻って来ない事も、ちゃんと飲み込んで……!」

 声を荒げるその反応こそ、肯定に他ならない。
 シアンは掠れた声で「嘘やな」と断じる。

「感性豊かなあんさんが、割り切れる訳ないやないか……。痩せ我慢すなや」
「何をわかったような口効いているんだい!? あたしはねぇ!」
「……あ。あかん、忘れとった」

 ふと、シアンはアコニチンの発言を遮り、すっかり頭から抜けていた事を口にする。

「『ヒドラジンを、天文台に』。副所長からの、指示や。連れてったって……」
「えぇっ!? あっ、そう言えばヒドラジンってアイギスに運ばれている途中だったっけ!? 大事なこと忘れてるんじゃないよ、馬鹿!」

 それを聞いたアコニチンは弾かれたように立ち上がり、青洲達の方へ駆けて行った。
 その背が遠ざかっていのを横目に、シアンは波にかき消されそうなほど小さく呟く。

「……おおきに」

 その言葉は誰にも――否、メタノールの耳にだけ届き、彼の胸の奥にひっそりと沈められたのだった。
 一方、青洲達の元へ辿り着いたアコニチンは、シアンから聞いた内容をそのまま伝える。

「青洲先生! 副所長がヒドラジンを天文台へ連れて行って欲しいんだってさ!」
「あ、そう言えばカールにそんなこと言われてたっけ」
「忘れてたのかよ」
「あの騒動で記憶保つ方が難しいと思うワケ」

 自分は悪くない、と言わんばかりに腕を組むヒドラジン。
 ホルムアルデヒドと周囲の『珊瑚』を一通り片して以降、赤い塔が沈黙している為に気が抜けてしまった所為もある。
 何が原因かわからないが、赤い塔は弾を投げ込むのをぴたりと止めたのだ。
 その静けさもまた、不気味だが。

「副所長の命ならば、早急に、こなさなければ……。だが、エレベーターは使えない。昇降路をアイギスで、移動する他ない……。ヒドラジン。小生と、共に……」

 コフィンを運搬した時と同じように、アイギスを頼り目的地へ向かう。
 青洲がそう提案しようとした、
 直前。

 ずるり、と。
 赤い塔の側面から垂れていた触手が、螺旋を描くように、絡み合いながら島へ迫ってきた――!

「げぇっ! また動き出した!」

 メタノールを背に庇いながら、ホルムアルデヒドが焦った様子で言う。
 先端は槍の穂先のように硬化し、擦れるたびに耳障りな金属音を響かせている。

「けど塊を投げて来なくなったみたいだね! あたしとしちゃ軌道の読めるこっちの方が楽だ!」

 すかさず反応したアコニチンが弓を構え、迫り来る触手を片端から射抜いた。
 毒矢を受けた触手は硬化部分から砕け散り、破片が四方に飛び散る。その衝撃で一旦、進行が止まる。
 次いで、先端を自ら切り落としていく――まるで、乾き切った土が崩れ落ちるかのように。恐らくは、注がれた毒素を除去するためだ。
 触手は横たわるシアンの頭上を通り過ぎ、青洲たちの方へと伸びてきた。純粋に攻撃を仕掛けるつもりならば、弱っている者から片すのが定石。
 それをしなかったという事は――恐らく、コフィンに収まるカールを狙っての事だった筈だ。
 
「……弾切れ、と言える状況なのだろう……。素早い動きは依然として脅威だが……直接、触手を伸ばして来るのならば、それを伝い、本体にも、毒素を注げる」

 青洲はコフィンに手を添え、マスク越しに赤い塔を睥睨する。

「あの大きさの『珊瑚』とか、幾ら毒素を注いでも仕留め切れる気がしないワケ」

 しかし僅かに見えた勝機を、ヒドラジンが否定をした。
 天を突くほどの巨塔を死滅させるには、想像を絶する毒量が必要だ。それはアバトン中にいるウミヘビの血を注いても、きっと足りない。
 あれを倒せる未来が、まるで思い浮かばない。

「副所長が、命じてきたんだ。手が、あるという事だ。……小生は、コフィンをラボの下層へ運ぶ。アコニチンは、シアンを安全な場所に……。ヒドラジン達は小生が戻ってくるまでの間、身を守る事を第一に、動いてくれ……。どうか、もう少しだけ、耐えて欲しい」

 そう言って青洲が深く頭を下げた、その瞬間。
 ――カッ!
 頭上を一筋の光が奔った。希望の比喩ではない。物理的な閃光。
 正確に言えば、白熱する熱光線だ。
 白い塔の最上階、天文台から放たれたそれが、赤い塔の胴を貫いた。
 
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