毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第502話 幼馴染

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「えっと、ごめん。話が脱線した。それでモーズの探しているフランチェスコの事なんだけどね。彼はね、多分アイギスが欲しかったんだ。所属していたウロボロスで存在を知って、ここに生息している情報も掴んだんだろう」

 オフィウクス・ラボで飼育されている個体以外でのアイギスの入手は困難を極める。アイギスの生態に纏わる正確な情報を握るのは、徐福だけだからだ。
 しかしここバシリカ・シスタン・レプリカならば、確実にアイギスと会える。危険地帯と知ってなお、フランチェスコは侵入を試みたのだ。
 3年前。侵入直前にテトラミックスに声をかけたのは、アイギスに対抗する手段を一つでも増やしたかったのだろうと、テオフラストゥスは考察をする。

「でも、失敗してしまったみたいだね」

 次いで淡々と告げられた彼の言葉に、モーズは血の気が引いた。
 アイギスの入手の失敗とは、攻撃対象になってしまうという事。血を吸い尽くされるか、四肢を千切られるか――
 刹那に過ぎった最悪な予想に、生きた心地がしなかった。

「……まさか、ここには、フランチェスコの遺体が……」
「違う違う。死体が転がっているとかじゃないよ。ほら、ここを見てご覧」

 声を震わせるモーズに、緩い声で否定をしたテオフラストゥスは、規則的に並ぶ円柱の一つを指差す。
 テオフラストゥスの側に浮かぶ浮遊型角灯が照らしたその壁面には、青い装飾が描かれていた。
 いや、よく注視してみればそれは装飾ではない。重力に従い下に向け滴っている、3本の青い横筋――これは、だ。

の、ウミヘビの血だ。アイギスを扱えていたら回収している筈だよ。徹底的に足取りを消している彼がこんな特異な跡、残す筈がない。アイギスに追い払われて拭う事もできなかった、ってところかな」

 ウミヘビの青い血は、適切な処置を施さない限りその形状を保ち続ける。
 しかし3年前の跡でさえ、こうもはっきり残っている事は非現実的で、モーズは唖然としながら円柱を眺めた。

「……意外、です。私がアイギスを迎えられたのに、フランチェスコが迎えられないなんて……。野生と養殖の差でしょうか?」
「それもあるかもしれないけど、アイギスに気に入られる人間は大体、目的の為に命を投げ捨てられる覚悟を持っている。そんな変人、そうそういないよ」
「……フランチェスコの『珊瑚』にかける覚悟も、生半可ではないと思うのですが」
「なら命を投げ捨てるんじゃなくて、生き抜く覚悟があったんじゃないかい?」

 冷たい円柱にそっと手を触れ、テオフラストゥスは慈愛に満ちた声で言う。

「目的の為にって捨て身になるんじゃなくて、目的を達成するまで命を大事にする。それも相当な覚悟だ」

 ――お前はステージ進行による処分も覚悟の上でラボに入所したそうだネ。ハッ。そんな覚悟、犬の餌にもなりゃしなイ。

 その時、いつだか徐福に言われた言葉が、モーズの頭の中で反響をした。
 病に侵された身体で生き抜くのは、死を前提として奔走するよりも難しい。体力も、気力も、知恵も、全てを駆使して走り続けなければならないのだから。
 しかしフランチェスコならば実行できるだろう。そのぐらいの信頼を、モーズは抱いていた。

「オレもフランチェスコが凡人だとはこれっぽっちも思っていないよ。彼はトルコにあったウロボロスに所属し、ウミヘビを造った。その時点でとても優秀だ。天才といっていい」
「……所長。フランチェスコがウロボロスで何をしていたのか、知っていますか? 可能なら知りたい、です」

 モーズの問いかけには、ほんのわずかに焦りの色が混じっていた。
 長年追い続けている幼馴染の影。真実を求める声が、広い地下に反響する。

「暗号化されていた記録ログを読み解いたところ、彼は『珊瑚』の研究をしていたよ。その過程で、ウミヘビの血を治療に利用できないか調べていた。ウミヘビを知っている人間なら、一度はその発想に行き着くんだよね。ウミヘビは病に罹患しないからさ」

 白衣の裾を翻しながら、テオフラストゥスは淡々と事実を並べる。彼のマスクには陰りが差していた。

「それにほら、4年前にフリッツが希釈した青い血の投与で感染を免れただろう? その情報を入手して以降は尚の事、のめり込んだみたいだ。最終的に断念したようだけど」

 そう言うと、テオフラストゥスはふっと肩を落とし、マスク越しに小さく息を吐いた。

「正直ホッとしているよ」

 彼の声音には、紛れもない安堵がにじんでいる。

「もしも、もしもオレの頭が追い付かないレベルの天才がこの世に産まれ落ちて、ウミヘビを治療に使う活用方法を見出されてしまったら、オレは……」

 テオフラストゥスの声がかすかに震えた。
 マスクの下で表情がどう動いたのか、モーズにはわからない。だがその沈痛な響きは、はっきりと耳に残る。

「オレはね、モーズ。人間よりもウミヘビの方が大切なんだ。ウミヘビはオレにとって、大事な家族だから。例え顔を合わせた事がなくっても、この世に産まれ落ちたウミヘビは全員、家族だ。その家族を、人間の利己で利用したくない」

 地下に冷たい風が流れる。重々しい告白の一語一句が、暗がりに沈んだ空間を揺らした。
 モーズは無言で耳を傾け、セレンはただ視線を伏せていた。

「もしも珊瑚症がウミヘビの血で治療できるようになって、撲滅が叶って、災害が起きなくなったとしても……。また新しい流行病が流行すれば、きっとウミヘビは使

 家畜のように、道具のように。
 今でさえ人権を与えられず、限られた自由の中で生きていると言うのに。

「オレはそんな時代が来ない事を、願ってる」

 祈るように呟く姿は、親を心配しているような、子供を心配しているような、独特で奇妙な印象を抱かせた。

「その為にもオレは、フランチェスコが造ったウミヘビを保護したい。でも足取りが本当に掴めなくってね。モーズなら何かわからないかなって、そんな期待も抱いて呼んで貰ったんだ。急でごめんね」

 曰く、今テオフラストゥスが手を添えている円柱以外にも血痕は残されているのだという。中には、まるで意図的に「ここにいる」と印を残したかのような、不自然な血痕も混じっているのだとか。
 しかしそれが何を意味するのか、テオフラストゥスには読み解けなかった。

も幼馴染なら何かわかるんじゃないかって言っていたし、どうか頼らせてくれ、モーズ」
「ご期待に添えられるかわかりませんが、全力を尽くします。……ところで、ジョーさんとは?」
「あぁ、ごめん徐福の事。副所長ね、副所長」

 さらりと答えるテオフラストゥスに、セレンが怪訝そうに眉を寄せた。

「とても親しげに呼ぶのですね。副所長はあだ名を許容しなさそうな印象がありますが」
「うん、実際に嫌がってる! でも昔からこう呼んでいるから抜けなくってね~。元々テトラミックスの事やウミヘビの事を話すつもりだったけど、ついでにジョーさんの事も話そうか」

 軽い口調に戻ったテオフラストゥスは、わざとらしく両手を広げる。その背後に広がる常闇が、彼のシルエットを浮かび上がらせた。

「昔話をしようとすると、ジョーさん怒るから普段はしないんだけど……。此処にはいないからいいよね!」

 楽しげに笑うその声が、石造りの広間に反響する。
 モーズとセレンは顔を見合わせ、半信半疑のまま、その続きを待った。
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