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第二十五章 里帰り編
第531話 間欠泉
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大通りに、人が飛び出して来る。横断歩道も信号も無視して。
正確には他人に吹き飛ばされた末の不可抗力なのだが、道ゆく人、まして車の運転手にそんな事情読み取れる筈もなく、ハロウィンという祝祭の朝だというのに、クラクションや悲鳴が飛び交った。
「いきなり乱闘とは、穏やかじゃないです、ねっ!」
吹き飛ばされたセレンは眉を顰め、空中でくるりと身体を反転させる。
そして体勢を整えるとアスファルトの道路に思い切り、ヒビが入る程に足をめり込ませ、勢いを殺す。
パパーッ!
そこにクラクションを鳴らし、急ブレーキでどうにか停車しようとしている自家用車が接近してきた。しかしセレンは慌てる事なく腕を伸ばすと、真横まで迫ってきた自家用車のボンネットを鷲掴み、指を食い込ませ――片手で持ち上げて、道路から浮かせる事によって走行を強制停止させた。
人が轢かれる惨劇の予感からの悲鳴が、人間離れした怪力を見せ付けられた驚愕からの悲鳴に切り替わる。
「――ウミヘビ」
だが、ただ一人。
歩道に集まってくる群衆の中でも目立つ、セレンを大通りに吹き飛ばした張本人は、冷静にセレンの正体を推測していた。
低く冷たい声だった。近寄る者、全てを敵視しているかのような。
「貴方もウミヘビでしょう? 人間では私を吹き飛ばすなど出来ませんからね」
持ち上げた車のタイヤの回転が止まったのを確認し、セレンはさっさと車を道路へ下ろす。
どしんっ。軽い地響きが辺りに響く。
「それだけ姿を秘匿しておいて、なぜ目立つような行為をしたのやら。まぁ理由は何であれ攻撃的であれば、応戦するしかありませんね」
セレンは黒目がちの目で男を睨み、ぐぐと道路を踏み締める。
その時、ベーカリーの壊れた出入り口からモーズが出てくる姿が見えた。歩道、それもベーカリーの前に突っ立っている男の方がモーズとの距離が近い。
危険だ。
「モーズ先生を傷付ける訳にはいけませんので」
所長テオフラストゥスから命じられていた隠密行動などかなぐり捨て、セレンはアスファルトを蹴り上げ駆け出す。とは言えここは街中。抽射器も毒霧も使う訳にはいかない。
狙うは男の、白い首。全身で唯一、露出した場所。
掴めば、骨を折れる。そしてウミヘビはそのぐらいでは死なない。それでいて出血、つまり青い血の飛散を避けられる。最速最短最善の確保方法。
(まぁ内出血で【器】が中毒になるやもですが)
そんな事、モーズの安全確保を前にすれば些事である。
セレンは群衆の隙間を縫い男へ接近。次いで迷いなく腕を伸ばした。人間では反射さえ間に合わないだろう、圧倒的なスピード。
「セレン」
しかしそれに、男はセレンの手に自らの手を重ね、掴む事で対応した。
低く冷たい声で、名を言い当てながら。
「そう簡単には行きませんか、……!」
そこで、はたとセレンは気付く。男がいつの間にか手袋を外している。素肌を晒している。
毒素を、いつでも放出できる状態にしている。
セレンは第一課所属。宿す毒素は強い。テオフラストゥスからの事前情報で、このはぐれウミヘビの毒素はセレンよりも弱い事が判明している。例え毒素を注がれたとして中毒になる心配はない。
問題なのは毒素を注がれる事ではなく――
ぼとり。
セレンと男が重ねる手の平と手の平の間から、赤褐色の、泥のような液体が滴り落ち、歩道の石畳の上へと落ちた。
毒素。
貴重な情報源。中毒に陥らせる訳には、とセレンは自身の毒素を制限していたが、そうも言っていられなくなってしまった。これ以上、この男にあの赤褐色の液体を出させる訳にはいかないとセレンは手の平から毒素を放出する。
が、男の容態に変化はない。呼吸は正常。痙攣もなし。
毒素が、注がれていない。
(……この人、手の平を毒素で覆いましたね!?)
そこでセレンは先手を打たれた事を理解する。
手の平と手の平から赤褐色の液体が滴り落ちた時点で、男は自身の毒素で膜を作っていたようだ。相手の毒素を防げるように。
手を介した毒素の注入を諦めたセレンは、違う手を繰り出そうと足を上げ、
られなかった。
――足元がお留守なのよ。
いつかのバトルロワイヤルで、水銀に言われた言葉が脳裏に響く。
セレンの足は今、石畳の上に作られた赤褐色の液体の水溜まりに浸り、セレンの足の形に沿って固定……拘束、させられていた。
「消えろ」
短く、一言。
直後、男から手が離される。足元がぐらつく。視線が高くなる。
――ドッ!
爆発音に似た大きな音が響いた。赤褐色の液体が間欠泉のように吹き出て、その中心地にいたセレンを空へと放り投げる。
「うわぁ!?」
「なんだ、下水管が破裂したのか!?」
「おい、誰か吹き飛んだぞ! 救急呼べ!」
混乱に陥る通行人達。大通りの車も赤褐色の液体がフロントガラスにかかり視界を奪われ、停車を余儀なくされた。
クラクションの音、悲鳴や怒声、鉄と鉄がぶつかる衝撃音、様々な雑音が穏やかだった朝の街中に響き渡る。
「セレン! セレン……!」
空に放り投げられ、4階建て建造物よりも高い位置に到達してしまったセレンを、モーズはアイギスで救出しようと手を伸ばし、しかして拳を握り締め堪えた。
街中でアイギスを使う訳にはいかない。モーズは隠密行動を命じられているのだから。
(セレンはウミヘビ、4階建て程度の高さから落ちようとも難なく着地ができる。手を貸す必要はない。反射的に動くな、彼を信じろ)
ここで優先すべきは情報収集。
フランチェスコの手掛かり。
そう結論付けたモーズは、混乱に乗じ、姿を眩まそうと路地裏へ歩を進める男の後を追った。
正確には他人に吹き飛ばされた末の不可抗力なのだが、道ゆく人、まして車の運転手にそんな事情読み取れる筈もなく、ハロウィンという祝祭の朝だというのに、クラクションや悲鳴が飛び交った。
「いきなり乱闘とは、穏やかじゃないです、ねっ!」
吹き飛ばされたセレンは眉を顰め、空中でくるりと身体を反転させる。
そして体勢を整えるとアスファルトの道路に思い切り、ヒビが入る程に足をめり込ませ、勢いを殺す。
パパーッ!
そこにクラクションを鳴らし、急ブレーキでどうにか停車しようとしている自家用車が接近してきた。しかしセレンは慌てる事なく腕を伸ばすと、真横まで迫ってきた自家用車のボンネットを鷲掴み、指を食い込ませ――片手で持ち上げて、道路から浮かせる事によって走行を強制停止させた。
人が轢かれる惨劇の予感からの悲鳴が、人間離れした怪力を見せ付けられた驚愕からの悲鳴に切り替わる。
「――ウミヘビ」
だが、ただ一人。
歩道に集まってくる群衆の中でも目立つ、セレンを大通りに吹き飛ばした張本人は、冷静にセレンの正体を推測していた。
低く冷たい声だった。近寄る者、全てを敵視しているかのような。
「貴方もウミヘビでしょう? 人間では私を吹き飛ばすなど出来ませんからね」
持ち上げた車のタイヤの回転が止まったのを確認し、セレンはさっさと車を道路へ下ろす。
どしんっ。軽い地響きが辺りに響く。
「それだけ姿を秘匿しておいて、なぜ目立つような行為をしたのやら。まぁ理由は何であれ攻撃的であれば、応戦するしかありませんね」
セレンは黒目がちの目で男を睨み、ぐぐと道路を踏み締める。
その時、ベーカリーの壊れた出入り口からモーズが出てくる姿が見えた。歩道、それもベーカリーの前に突っ立っている男の方がモーズとの距離が近い。
危険だ。
「モーズ先生を傷付ける訳にはいけませんので」
所長テオフラストゥスから命じられていた隠密行動などかなぐり捨て、セレンはアスファルトを蹴り上げ駆け出す。とは言えここは街中。抽射器も毒霧も使う訳にはいかない。
狙うは男の、白い首。全身で唯一、露出した場所。
掴めば、骨を折れる。そしてウミヘビはそのぐらいでは死なない。それでいて出血、つまり青い血の飛散を避けられる。最速最短最善の確保方法。
(まぁ内出血で【器】が中毒になるやもですが)
そんな事、モーズの安全確保を前にすれば些事である。
セレンは群衆の隙間を縫い男へ接近。次いで迷いなく腕を伸ばした。人間では反射さえ間に合わないだろう、圧倒的なスピード。
「セレン」
しかしそれに、男はセレンの手に自らの手を重ね、掴む事で対応した。
低く冷たい声で、名を言い当てながら。
「そう簡単には行きませんか、……!」
そこで、はたとセレンは気付く。男がいつの間にか手袋を外している。素肌を晒している。
毒素を、いつでも放出できる状態にしている。
セレンは第一課所属。宿す毒素は強い。テオフラストゥスからの事前情報で、このはぐれウミヘビの毒素はセレンよりも弱い事が判明している。例え毒素を注がれたとして中毒になる心配はない。
問題なのは毒素を注がれる事ではなく――
ぼとり。
セレンと男が重ねる手の平と手の平の間から、赤褐色の、泥のような液体が滴り落ち、歩道の石畳の上へと落ちた。
毒素。
貴重な情報源。中毒に陥らせる訳には、とセレンは自身の毒素を制限していたが、そうも言っていられなくなってしまった。これ以上、この男にあの赤褐色の液体を出させる訳にはいかないとセレンは手の平から毒素を放出する。
が、男の容態に変化はない。呼吸は正常。痙攣もなし。
毒素が、注がれていない。
(……この人、手の平を毒素で覆いましたね!?)
そこでセレンは先手を打たれた事を理解する。
手の平と手の平から赤褐色の液体が滴り落ちた時点で、男は自身の毒素で膜を作っていたようだ。相手の毒素を防げるように。
手を介した毒素の注入を諦めたセレンは、違う手を繰り出そうと足を上げ、
られなかった。
――足元がお留守なのよ。
いつかのバトルロワイヤルで、水銀に言われた言葉が脳裏に響く。
セレンの足は今、石畳の上に作られた赤褐色の液体の水溜まりに浸り、セレンの足の形に沿って固定……拘束、させられていた。
「消えろ」
短く、一言。
直後、男から手が離される。足元がぐらつく。視線が高くなる。
――ドッ!
爆発音に似た大きな音が響いた。赤褐色の液体が間欠泉のように吹き出て、その中心地にいたセレンを空へと放り投げる。
「うわぁ!?」
「なんだ、下水管が破裂したのか!?」
「おい、誰か吹き飛んだぞ! 救急呼べ!」
混乱に陥る通行人達。大通りの車も赤褐色の液体がフロントガラスにかかり視界を奪われ、停車を余儀なくされた。
クラクションの音、悲鳴や怒声、鉄と鉄がぶつかる衝撃音、様々な雑音が穏やかだった朝の街中に響き渡る。
「セレン! セレン……!」
空に放り投げられ、4階建て建造物よりも高い位置に到達してしまったセレンを、モーズはアイギスで救出しようと手を伸ばし、しかして拳を握り締め堪えた。
街中でアイギスを使う訳にはいかない。モーズは隠密行動を命じられているのだから。
(セレンはウミヘビ、4階建て程度の高さから落ちようとも難なく着地ができる。手を貸す必要はない。反射的に動くな、彼を信じろ)
ここで優先すべきは情報収集。
フランチェスコの手掛かり。
そう結論付けたモーズは、混乱に乗じ、姿を眩まそうと路地裏へ歩を進める男の後を追った。
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