毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
548 / 600
第二十五章 里帰り編

第531話 間欠泉

しおりを挟む
 大通りに、人が飛び出して来る。横断歩道も信号も無視して。
 正確には他人に吹き飛ばされた末の不可抗力なのだが、道ゆく人、まして車の運転手にそんな事情読み取れる筈もなく、ハロウィンという祝祭の朝だというのに、クラクションや悲鳴が飛び交った。

「いきなり乱闘とは、穏やかじゃないです、ねっ!」

 吹き飛ばされたセレンは眉を顰め、空中でくるりと身体を反転させる。
 そして体勢を整えるとアスファルトの道路に思い切り、ヒビが入る程に足をめり込ませ、勢いを殺す。
 パパーッ!
 そこにクラクションを鳴らし、急ブレーキでどうにか停車しようとしている自家用車が接近してきた。しかしセレンは慌てる事なく腕を伸ばすと、真横まで迫ってきた自家用車のボンネットを鷲掴み、指を食い込ませ――片手で持ち上げて、道路から浮かせる事によって走行を強制停止させた。
 人が轢かれる惨劇の予感からの悲鳴が、人間離れした怪力を見せ付けられた驚愕からの悲鳴に切り替わる。

「――ウミヘビ」

 だが、ただ一人。
 歩道に集まってくる群衆の中でも目立つ、セレンを大通りに吹き飛ばした張本人は、冷静にセレンの正体を推測していた。
 低く冷たい声だった。近寄る者、全てを敵視しているかのような。

「貴方もウミヘビでしょう? 人間では私を吹き飛ばすなど出来ませんからね」

 持ち上げた車のタイヤの回転が止まったのを確認し、セレンはさっさと車を道路へ下ろす。
 どしんっ。軽い地響きが辺りに響く。

「それだけ姿を秘匿しておいて、なぜ目立つような行為をしたのやら。まぁ理由は何であれ攻撃的であれば、応戦するしかありませんね」

 セレンは黒目がちの目で男を睨み、ぐぐと道路を踏み締める。
 その時、ベーカリーの壊れた出入り口からモーズが出てくる姿が見えた。歩道、それもベーカリーの前に突っ立っている男の方がモーズとの距離が近い。
 危険だ。

「モーズ先生を傷付ける訳にはいけませんので」

 所長テオフラストゥスから命じられていた隠密行動などかなぐり捨て、セレンはアスファルトを蹴り上げ駆け出す。とは言えここは街中。抽射器も毒霧も使う訳にはいかない。
 狙うは男の、白い首。全身で唯一、露出した場所。
 掴めば、骨を折れる。そしてウミヘビはでは死なない。それでいて出血、つまり青い血の飛散を避けられる。最速最短最善の確保方法。

(まぁ内出血で【器】が中毒になるやもですが)

 そんな事、モーズの安全確保を前にすれば些事である。
 セレンは群衆の隙間を縫い男へ接近。次いで迷いなく腕を伸ばした。人間では反射さえ間に合わないだろう、圧倒的なスピード。

「セレン」

 しかしそれに、男はセレンの手に自らの手を重ね、掴む事で対応した。
 低く冷たい声で、名を言い当てながら。

「そう簡単には行きませんか、……!」

 そこで、はたとセレンは気付く。男がいつの間にか手袋を外している。素肌を晒している。
 毒素を、いつでも放出できる状態にしている。
 セレンは第一課所属。宿す毒素は強い。テオフラストゥスからの事前情報で、このウミヘビの毒素はセレンよりも弱い事が判明している。例え毒素を注がれたとして中毒になる心配はない。
 問題なのは毒素を注がれる事ではなく――

 ぼとり。

 セレンと男が重ねる手の平と手の平の間から、赤褐色の、泥のような液体が滴り落ち、歩道の石畳の上へと落ちた。
 毒素。
 貴重な情報源。中毒に陥らせる訳には、とセレンは自身の毒素を制限していたが、そうも言っていられなくなってしまった。これ以上、この男にあの赤褐色の液体を出させる訳にはいかないとセレンは手の平から毒素を放出する。
 が、男の容態に変化はない。呼吸は正常。痙攣もなし。
 毒素が、注がれていない。

(……この人、手の平を毒素で覆いましたね!?)

 そこでセレンは先手を打たれた事を理解する。
 手の平と手の平から赤褐色の液体が滴り落ちた時点で、男は自身の毒素で膜を作っていたようだ。相手の毒素を防げるように。
 手を介した毒素の注入を諦めたセレンは、違う手を繰り出そうと足を上げ、
 られなかった。

 ――足元がお留守なのよ。

 いつかのバトルロワイヤルで、水銀に言われた言葉が脳裏に響く。
 セレンの足は今、石畳の上に作られた赤褐色の液体の水溜まりに浸り、セレンの足の形に沿って固定……拘束、させられていた。

「消えろ」

 短く、一言。
 直後、男から手が離される。足元がぐらつく。
 ――ドッ!
 爆発音に似た大きな音が響いた。赤褐色の液体が間欠泉のように吹き出て、その中心地にいたセレンを空へと放り投げる。

「うわぁ!?」
「なんだ、下水管が破裂したのか!?」
「おい、誰か吹き飛んだぞ! 救急呼べ!」

 混乱に陥る通行人達。大通りの車も赤褐色の液体がフロントガラスにかかり視界を奪われ、停車を余儀なくされた。
 クラクションの音、悲鳴や怒声、鉄と鉄がぶつかる衝撃音、様々な雑音ノイズが穏やかだった朝の街中に響き渡る。

「セレン! セレン……!」

 空に放り投げられ、4階建て建造物よりも高い位置に到達してしまったセレンを、モーズはアイギスで救出しようと手を伸ばし、しかして拳を握り締め堪えた。
 街中でアイギスを使う訳にはいかない。モーズは隠密行動を命じられているのだから。

(セレンはウミヘビ、4階建て程度の高さから落ちようとも難なく着地ができる。手を貸す必要はない。反射的に動くな、彼を信じろ)

 ここで優先すべきは情報収集。
 フランチェスコの手掛かり。
 そう結論付けたモーズは、混乱に乗じ、姿を眩まそうと路地裏へ歩を進める男の後を追った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

やっちん先生

壺の蓋政五郎
大衆娯楽
昔は小使いさんて呼ばれていました。今は技能員です。学校ではやっちん先生と呼ばれています。 鎌倉八幡高校で技能員をしている徳田安男29歳。生徒からはやっちん先生と慕われている。夏休み前に屋上の防水工事が始まる。業者の案内に屋上に上がる。二か所ある屋上出口は常時施錠している。鍵を開けて屋上に出る。フェンスの破れた所がある。それは悲しい事件の傷口である。

処理中です...