毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十五章 里帰り編

第535話 寄生虫

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「っ! いつの間に……!」

 幽鬼のように立つアンチモンを前に、ブロムが身構え鋭い殺気を放つ。
 だがアンチモンからすればブロムの殺気などそよ風も同然のようで、「ここ暗すぎない?」と浮遊型自動人形オートマタを作動し、マイペースに照明を灯していた。
 真紅の菌糸に覆われた石の通路に、その上を這い回る無数の蝿が照らされる。

「ステージ5は処分対象だし。コールドスリープ出来るって言っても、冷弾を使えるウミヘビをここに呼べる訳でもなし」
「呼べない……?」

 ブーン、ブーン。
 蝿の羽音がモーズの耳元から響く。

「うん。学会が優先って、所長言ってたし」
「そんな、私は、今この瞬間の為に研究を……」
「諦めるし」

 アンチモンの冷酷にも思える発言に、モーズは愕然とする。
 フランチェスコの進行ステージが進んでいても助けられるようにと、ただその為だけに、がむしゃらに突き進んできた。そして凍結という、新しい手法をほぼ確立できた。
 しかし肝心のフランチェスコ本人に使えないとなれば、今までの尽力が全て無駄と言われたに等しい。
 ブブ、ブゥーン。
 白い照明に照らされた黒い蝿が、目前をチラつく。
 モーズはアンチモンに向け、叫んだ。

「学会後! 学会が終わった後はどうだろうか!? フランチェスコは今、休眠状態で動くことは無い!」
「休眠状態?」
「あぁ! それで、学会が終わるまでの間、容態が急変しなければコールドスリープを……! ……もし、急変したら、私が責任を持って……」

 ギリと、奥歯を噛み締める。爪が手の平に食い込む程の力で拳を握り締める。呼吸が荒くなる。脈が乱れる。心臓の音がうるさく、また、苦しい。
 それでも、

「処分をする」

 確かな覚悟を持って、モーズはアンチモンへ宣言をした。

(あぁ、フリーデン。君はこれほど身を引き裂かれる思いを押して、ギリシャへ向かったのか)

 クスシとなった以上、フランチェスコを処分しなくてはいけない状況に陥る時が来るかもしれないと、最終面接で偽物デコイを撃った時から、ずっと頭の隅にはあった。何度も想定はしていた。
 しかしいざその選択肢を目の前に突き付けられると、胸が張り裂けそうだ。それを成し遂げたフリーデンの苦しみが、今なら痛いほどにわかる。
 想像を絶する、痛苦。
 ブーン、ブーン、ブゥーン、ブブブ……。
 蝿の一匹がモーズの頬にとまる。だが今はそれを不快に思う余裕さえ、なかった。

「……やっぱ駄目。処分は危険性の低い内に済ませるに限るし」

 モーズが幾ら訴えても、アンチモンは淡々と、フランチェスコを片す事を告げてきた。彼の目には処分対象の内の一体にしか映っていないのだ。
 ブロムは表情を険しくし、フランチェスコを庇うように腕を前に出す。指先から、赤褐色の液体非金属が滲み出しながら。

「この人を傷付けるなら、容赦はしない」
「逃げ足ばっか速い餓鬼が大口叩くなし。お前一人押さえて後ろのを処分するなんて簡単……」

 ブブブブ、ブ、ブゥーン、ブゥーン。ブブ。
 蝿の一匹がアンチモンの顔や腕や肩にとまる。身体を揺すっても、手で払っても、何度も何度も、しつこい程に纏わりついて来る。
 アンチモンは苛立った。

「って、さっきからなんなのこの蝿の群れ! ウミヘビウチらに寄ってくるとかおかしいし!!」
「この人の守りは、俺一人じゃないって事だ」

 ブロムは言う。
 耳鳴りと錯覚する程に大量発生している蝿の群れ。先程まで暗闇の中だった為、モーズは蝿がどれだけの数がどれほどいるのかわからなかったが、アンチモンが灯した照明によってわかった。
 少なく見積もって、一万は超えている。
 それが狭い通路を覆い尽くし、蠢いている。それは何十もの蛇が這っているようにも見えた。

「っ! しつこいし!」

 我慢の限界が来たアンチモンは石壁を手の平で叩き、蝿を潰す。その際に毒素も注いだのだろう、彼が手の平を置いた箇所を中心に、蝿の塊が泥のようにぼとりと落ちて石畳に転がった。
 これで牽制できれば、と考えたのだろうが、減らした程度で蝿の動きに影響はないようで、相変わらず纏わり付いている。
 アンチモンは舌打ちをした。

(そこのイケすかない奴がちゃんとマスクつけてりゃ、毒霧で片せたのに!)
「これはフランチェスコ先生の、研究の成果」

 ブゥン、ブブ、ブブブブ。
 羽音など気にせずに、ブロムは話す。

「アイギスと同じ、宿主を苗床とする代わりに宿主を守る寄生虫。特徴的なのは、その悪食さか」

 ――フランチェスコは、アイギスに受け入れられなかった。
 だがそれで諦める事はせず、身を守る手段を、ひいては『珊瑚』へ対抗する手段を違う手段で編み出した。
 それがこの、一つの生き物のように動く蝿の群れ。

「例え天敵だろうとも、喰らい尽くす。生き汚くとも、生き抜く為に」

 ブロムが喋る内に、モーズは気が付いた。蝿の出処の内の一つがフランチェスコである事を。
 正確には『珊瑚』に侵され変質してしまっている筈の、左眼。薄く開かれた瞼の先の眼窩には本来あるべき筈の眼球はなく、代わりに、ひょっこりと顔を出した蝿が出入りをしている。
 まるで巣穴のように。
 フランチェスコに寄生し、苗床にしているのは明白だ。しかし、それ以上に――

「……まさか、この蝿」
「いっ!」

 その時、短い悲鳴がアンチモンからあがった。手首を押さえ、顔を顰めている。

「いま噛んできたんだけど!? ウミヘビに歯を立てるとか正気!?」
「言っただろう、悪食だと。例え喰らう事でその身が滅びようとも、それで子が守られるのならば実行する。個で動くのではなく、種で動いているのだから」

 ブロムの話した事が本当ならば、宿主たるフランチェスコに害意を向けたアンチモンは
 纏わりつく数は時間経過と共に増えていき、数の利を持ってして食い尽くそうとしているようだ。

「ふざけるなし!!」

 怒ったアンチモンは拳銃型抽射器を構え、ブロムへ向ける。正確にはその奥にいるフランチェスコへ向けているのだろうが、例え巻き添えになろうとも構わず撃つ気だろう。
 それを察したモーズは咄嗟にフランチェスコへ腕を回し、盾になろうと身体を密着させる。モーズにはアイギスがいる。肉盾となってアンチモンの毒素を食い止めさえできれば、毒抜きも再生もできる。
 フランチェスコさえ守れたのならば――

 バカンッ!
 だが防ぐも何も、アンチモンの抽射器から毒素が発砲される事はなかった。
 彼が引き金を引いたと同時に暴発し、銃体にヒビが入って割れ、弾け飛び、瓦礫と化してしまったのだから。

「はぁ!?」

 通路に、アンチモンの信じ難いと言った声が響き渡る。
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