毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十五章 里帰り編

第536話 眼窩の巣穴

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「何!? なんでいきなり壊れ……っ!」

 驚愕したアンチモンが石畳の上に転がった銃体の破片を睨み付けると、そこに粉々となった蝿の残骸がへばり付いているのが目に付いた。
 銃身が白い為に、黒い汚れはよく目立つのだ。

「……まさか。銃口に、入っていたの?」

 残骸から連想されたのは、銃口の中に敷き詰められた蝿の塊。発砲を防ぐ為に自ら埋まりにいった様を想像し、口を半端に開けたまま唖然としてしまう。
 個ではなく種で動く。その究極だろう。
 なお口を開けたままでいるとそこからも蝿が入ってくる為、アンチモンはぺっぺっと吐き出しつつ直ぐに口を閉じる羽目になったが。

「……アンチモン、どうか引き退がってはくれないだろうか」

 抽射器が破壊されたのを見たモーズが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。

「ここで争っても消耗するばかりで不毛だ。君に、いや所長にとっては、ブロムこそが重要だろう? 逆にフランチェスコの安否は重要ではない」

 モーズにとってはフランチェスコは変えの効かない、唯一無二の昔馴染みであるが、他者にとっては数多いる感染者にしか過ぎないのは理解しているつもりである。
 フランチェスコよりも、ブロムの方が所長やラボにとってよほど重要な事も。

「だからこそ、彼の事は私に請け負わせて欲しい。此処は所長にさえ見付からなかった彼の隠れ家だ、私の居場所の秘匿性は保てる。いいだろう?」
「よくないし。所長にはお前を気絶させてでも連れ戻せ、って言われているんだから」
「……すまない、アンチモン。こればかりは譲れない」

 身勝手な事を言っている自覚はある。
 しかしモーズは引き下がりたくなかった。フランチェスコの保護したい、無事を確保したいなどの願いも勿論あるが――

「此処に留まり、フランチェスコを被験体にすれば、ステージ5の治療法を確立できるかもしれない」

 思ってもみなかった手掛かりを、得られるかもしれないからだ。

「どう言う事だ……!?」

 モーズの言葉に真っ先に反応したのはブロムだった。
 軽く触診しただけで何故そう言えるのかと、目で訴えている。悪戯に希望を持たせる気ではないだろうなという、不審も孕んだ上で。
 しかしモーズの憶測は決してその場凌ぎの虚言ではない。それを示す為にも、モーズは再度、フランチェスコへ視線を向けた。

「フランチェスコは現在、ステージ5で、なおかつ《根》にもなっている。自我を失った末期症状だ。しかし彼は今、芽胞を生成し休眠状態となっている。……ブロム。質問なのだが、この悪食だという蝿は『珊瑚』をも食すのではないか?」
「そうだと、フランチェスコ先生は言っていた。わかるのか?」
「一番わかりやすいのは左眼がなくなっている点だ。通常、珊瑚症の進行がステージ3以上になった者の片目は変質する。これは『珊瑚』の菌糸の侵蝕が進んだ証なのだが、脳に近い場所であり、かつ最初に子実体を作る空間として都合がいいからと考えられている」

 『珊瑚』の初期は増殖が不安定で自重を支えられず、体外に突き出る事はできないが、骨に覆われた眼窩ならば埋め尽くす事が出来る。また片目ならば宿主の生命活動に支障をきたさない、都合のいい巣穴。
 よって珊瑚症が進行した者は皆、片目が赤い鉱石を嵌め込んだような状態になる。これは菌糸を摘出した所で再び増殖し埋め尽くすのでキリがなく、仮に義眼で埋めても内側から押し退けて占拠してしまう。
 医療従事者の間では常識だが、ウミヘビで生まれてからさほど歳月を得ていないだろう、ブロムは知らなくとも当然だ。

 ここで注目すべきは、フランチェスコの左眼が『空洞』という点である。
 何度、摘出しようともその度に増殖し、それどころか下手に刺激すれば却って進行の促進に繋がってしまうにも関わらず、フランチェスコは『珊瑚』の占拠を許していない。
 代わりに蝿が、陣取っている。
 ここから考えられるのは、この蝿に『珊瑚』を片して貰っていると言う事だ。それも常時。隙も休みなく。

「フランチェスコが何故、芽胞の状態になっているのか疑問だったが、その疑問もこの蝿で解消する。増殖した端から食われ、何なら食い尽くされそうになったから、その前に芽胞を生成し身を守ったのだろう」

 『珊瑚』が明確に、押し負けている。
 医師としてこの生態を利用しない手など、ない。

「アンチモン、通信機器越しで構わない。どうか所長に確認を。フランチェスコは希望だ。彼が導き出してくれた手掛かりを、失いたくない……!」
『成る程ねぇ』

 アンチモンの返事を待つまでもなく、浮遊型自動人形オートマタからテオフラストゥスの声が発せられる。
 唐突に話に参加してきた第三者に、モーズ達は一瞬硬直してしまった。しかし直ぐにアンチモンが我に返り、勝手に発言をしたテオフラストゥスを叱りつける。

「坊ちゃ……っ、いや所長! あいつとはウチが話しているのに入ってくるなし!」
『ごめん、ごめん。でもこれは流石に聞き流せなくって』

 ふよふよと、波に攫われたビーチボールのように空中を進んだ自動人形オートマタは、フランチェスコの元まで移動すると周囲をくるくると回り始めた。

『此処での会話、最初から聞いていたよ。モーズの言う通り、フランチェスコはステージ5を押さえ付けられているみたいだね。それも今までにない方法で。確かに此処で処分するのは惜しい』

 ブブブ
 蝿の一匹が自動人形オートマタの中心にとまる。その位置にはカメラがあったようで、テオフラストゥスは『あっ、見えないっ!』と慌てて機器を揺すり、振り落としていた。

『ゴホン。失礼。それで、モーズ。この子の事をオレや他のクスシへ任せる気はあるかな?』
「それ、は……」

 被験体を研究するのは、モーズでなくとも可能だ。寧ろ頭脳も経験も技術力も上の先輩達へ託した方が、治療法確立の確実性はあがる事だろう。
 しかし、

「すみま、せん。可能ならば、私が、彼の身を預かりたい……!」

 フランチェスコが残してくれた希望をかき集め、自分の手で、治したい。
 そんなあまりにも身勝手な思いが、モーズの胸の奥から溢れ出していた。尤もテオフラストゥスからすれば予想通りの答えだったようで、自動人形オートマタからけらけらと子供っぽい笑い声が聞こえた。

『あはは。ごめん、ごめん。意地悪を言ったね。いいよ、君に任せる』
「い、いいのですか?」
『モーズが一番、死に物狂いで研究してくれるだろうから。違うかい?』
「正しいです」
『うん、よろしい』

 情け容赦からではなく、効率を重視した上での采配。
 モーズはありがたく拝命した。

『ただし条件を付けよう。明日。11月1日の学会当日、状況の転がり方によってはモーズを一旦、アバトンへ帰す。その時にフランチェスコの身柄を放置するか、一緒に連れ帰るかはわからない。それでもいいかい?』
「明日次第、ですか」

 テオフラストゥスは学会が無事に終わるとは思っていないようだ。
 前回、パラス国で開催された学会も《植物型》による災害が起きたのだ、警戒するのは当然かと、モーズは納得する。

「はい、了解致しました。……例え一時、彼と離れる事になったとしても、必ず迎えに来ます」

 新緑の左眼が、自動人形オートマタを、所長を真っ直ぐに見詰めた。
 それはモーズの揺るぎのない決意を表しているかのようで、所長は自動人形オートマタの向こう側で、満足気に頷いたのだった。


  ▼△▼

 次章より『交差する思惑』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『里帰り』、これにて完結です。

 前半はルチルとの交流、後半はモーズのずっと求めていたフランチェスコとの再会を果たす事ができました! 拍手! まだフランチェスコの意識ないけど!
 次章からは時系列が元に戻り、学会後の様子やラボの様子や離反したウミヘビについてやらにも触れられていけるかな? と思います。
 お楽しみに!

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