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第二十六章 交差する思惑
第540話 マゴットセラピー
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翌朝。西暦2320年11月1日。
モーズはブロムとアンチモンと共にフランチェスコが拠点に使っていたという廃墟へ足を運んでいた。
朽ちかけ、蔦が這う廃教会の扉。その先には――
「モーズ先生!」
先にセレン達が辿り着いており、モーズは入室と同時に抱き締められた。
「ようやく会えました~っ! 一晩別行動辛かったですよ!? ブロムが何するかわかったものではありませんでしたし!」
「そ、そうか……。心配かけたな……」
「モーズ先生、無事でよかったー。アンチモンも」
ミシミシと音が聞こえる程に熱い抱擁を交わしているセレンをベリッと引き剥がし、アンチモンとブロムも奥へ入るよう促したのはテトラミックスだ。
皆んなが来る前に軽く掃除しておいたよ、なんて、埃が減らされた床を指差しながら。
「所長はどうしたんだ?」
「上の階にいるよー。今日は『観測』で篭らないといけないから、付き添えないって言ってたー」
「『観測』……」
その対象は学会だろうと、モーズは理解する。
所長テオフラストゥスのアイギスは電子機器への介入が得意という話だから、恐らくパソコンや携帯端末を駆使して目を光らせていると思われた。
「此処で待機せずとも、学会へ直接赴けばよかっただろうに……。護衛ならば、私の元にはセレンもテトラミックスもいるのだし」
「それがですねぇ。現地に居ると集中ができないのだとか」
「集中……?」
セレンの説明にモーズはますます意味がわからなくなった。
学会会場にいた方が目の前の出来事に集中できる筈なのに、何を言っているのだと。
「よくわからないが、私も集中するとしようか。ブロム、道案内を頼む」
「……あぁ」
フランチェスコが廃墟に作った研究所。
尤も此処には大した設備などない。電気も通っていないのだから、大掛かりな事はできないだろう。
(培養槽も無菌室もない。何をしていたのか、なかなか想像が……)
「此処だ」
ブロムが進んだ先は、隣接する孤児院。その中に設けられた、台所。
そこのテーブルには既に枯れているものの、薬草の束や多様な鉱物が積まれ、煮たり焼いたり削ったりと、原始的な薬作りを行なっていた形跡が残っていた。
本の中で見た、錬金術師の工房のような――
『お薬も作っていた昔の化学者……《錬金術師》っていうお仕事をしていた人は、作業手順や使う道具が似ているとかで、台所で作業をしていた人もいたんだって』
『えっ! それ本当の話なの!?』
『えっと確か、この本に挿絵が……』
『わぁ、一気に身近に感じてきた~っ!』
脳裏に浮かぶ、幼い頃の記憶。
歴史書を広げ、2人で語り合ったあの日。
(フランチェスコも、覚えて、くれていたのだろうか?)
次にブロムが導いてくれたのは、書庫だ。
元々あった書物の大半は片し、多くはフランチェスコが綴った研究日誌が本棚を埋めているのだと言う。試しにモーズが何冊か手に取ってみたところ、虫食いや水濡れなどはなく、綺麗に形状が残っている。読むのに支障はない。
ただし、書き込まれた文字の羅列は全て暗号化されていて、普通に読んだだけでは虫の観察日記にしか見えない状態であった。
読めはするが、読めない。未知の感覚にモーズは戸惑う。
(そういえばトルコで、所長はフランチェスコの暗号を解いたと言っていたな……。手が空いたら頼ってみよう)
文字からの情報収集は一旦、諦め、モーズは台所の実験跡を見て回る事とした。
薬草。鉱物。動物の骨。虫の死骸。虫の、卵。探ってみると色々な物が出てくる。
「先生、何だか小動物の骨がいっぱい出てくるのですが……?」
机の下や椅子の下に転がるそれらを見て、セレンは露骨に嫌な顔を浮かべた。
「動物実験の形跡だろう。この骨になった動物の種類は、珊瑚症に感染しやすいものだな。もしかしたら既に感染している個体を集め、蝿の実験をしていたのか?」
「蝿? 蝿と『珊瑚』がどう関係しているのー?」
テトラミックスの疑問は至極真っ当だ。
蝿も『珊瑚』に感染自体はするものの、あまり取り上げられない。意外と症例が少ないのだ。ただ単語を並べただけでは、関連性は希薄だと受け取るのが常識的な反応である。
「此処で研究をしていたフランチェスコは『珊瑚』を食べる蝿を品種改良で生み出した、らしい。詳細はまだわからないが……」
蝿と治療、という単語を並べた時に結び付けられる言葉が、一つある。
「『マゴットセラピー』から、着想を得た物だと推測する」
マゴットセラピー。
太古から近代に入るまで行われていた、原始的な治療の一つ。
それは蝿の幼虫、蛆に傷口を食べさせ、壊死組織のみを除去する事で傷の再生を促進させる方法。
まず蛆を無菌状態で繁殖させる。その蛆を患部に起き、呼吸穴を開けたカバーで覆う。そうする事で壊死組織のみを分泌液で選択的に溶かし、食し、人間がメスで腫瘍を取り除くかのように、切除ができる。
この治療方法は第二次世界大戦時まで積極的に行われていたうえに、2320年現在でも保険外とは言え受ける事ができる医療だ。
「壊死組織を珊瑚置換部位に、幼虫だけでなく成虫までも食するのは驚きだが……。人間を宿主にするのは、蝿が動物に寄生する蝿蛆症の応用だと思われるがな」
「ようそしょう……?」
「わー。絶対、想像したくない病気だー」
聞き慣れない単語に戸惑うセレンに、何となくどのような病気かわかった為に頭の中からそのワードを追い出そうとするテトラミックス。
事実、マゴットセラピーも蝿蛆症も絵面はグロテスクそのものである。特に虫に避けられる事が多いウミヘビは虫特有の生理的嫌悪に慣れておらず、人間よりも耐性がない事だろう。
ブロムは慣れきっているので涼しい顔をしているが。
「此処での調べ物は虫に関する事だ。気分が悪くなる事も多いだろう。無理をせず、外に出ていても……」
「モーズ先生を置いていけませんよ!? 昨晩だけでも嫌だったというのに!」
「俺もまー、頑張るー」
「そ、そうか。まぁ深刻な事態になる前には伝えてくれ」
それからも暫く、セレン達が街で買って来てくれた朝食を挟みながらも、フランチェスコの残した痕跡を調べて回っていると――
『アンチモン!!』
突然、大声が台所に響いた。
音の発生源は、部屋の隅で不快そうな表情を浮かべていたアンチモンの手首、腕時計型電子機器からだ。
声の主はテオフラストゥス。彼は切羽詰まった声でアンチモンの名を呼んだ。
『直ぐに来てくれ! このままじゃアバトンが、堕ちる!!』
モーズはブロムとアンチモンと共にフランチェスコが拠点に使っていたという廃墟へ足を運んでいた。
朽ちかけ、蔦が這う廃教会の扉。その先には――
「モーズ先生!」
先にセレン達が辿り着いており、モーズは入室と同時に抱き締められた。
「ようやく会えました~っ! 一晩別行動辛かったですよ!? ブロムが何するかわかったものではありませんでしたし!」
「そ、そうか……。心配かけたな……」
「モーズ先生、無事でよかったー。アンチモンも」
ミシミシと音が聞こえる程に熱い抱擁を交わしているセレンをベリッと引き剥がし、アンチモンとブロムも奥へ入るよう促したのはテトラミックスだ。
皆んなが来る前に軽く掃除しておいたよ、なんて、埃が減らされた床を指差しながら。
「所長はどうしたんだ?」
「上の階にいるよー。今日は『観測』で篭らないといけないから、付き添えないって言ってたー」
「『観測』……」
その対象は学会だろうと、モーズは理解する。
所長テオフラストゥスのアイギスは電子機器への介入が得意という話だから、恐らくパソコンや携帯端末を駆使して目を光らせていると思われた。
「此処で待機せずとも、学会へ直接赴けばよかっただろうに……。護衛ならば、私の元にはセレンもテトラミックスもいるのだし」
「それがですねぇ。現地に居ると集中ができないのだとか」
「集中……?」
セレンの説明にモーズはますます意味がわからなくなった。
学会会場にいた方が目の前の出来事に集中できる筈なのに、何を言っているのだと。
「よくわからないが、私も集中するとしようか。ブロム、道案内を頼む」
「……あぁ」
フランチェスコが廃墟に作った研究所。
尤も此処には大した設備などない。電気も通っていないのだから、大掛かりな事はできないだろう。
(培養槽も無菌室もない。何をしていたのか、なかなか想像が……)
「此処だ」
ブロムが進んだ先は、隣接する孤児院。その中に設けられた、台所。
そこのテーブルには既に枯れているものの、薬草の束や多様な鉱物が積まれ、煮たり焼いたり削ったりと、原始的な薬作りを行なっていた形跡が残っていた。
本の中で見た、錬金術師の工房のような――
『お薬も作っていた昔の化学者……《錬金術師》っていうお仕事をしていた人は、作業手順や使う道具が似ているとかで、台所で作業をしていた人もいたんだって』
『えっ! それ本当の話なの!?』
『えっと確か、この本に挿絵が……』
『わぁ、一気に身近に感じてきた~っ!』
脳裏に浮かぶ、幼い頃の記憶。
歴史書を広げ、2人で語り合ったあの日。
(フランチェスコも、覚えて、くれていたのだろうか?)
次にブロムが導いてくれたのは、書庫だ。
元々あった書物の大半は片し、多くはフランチェスコが綴った研究日誌が本棚を埋めているのだと言う。試しにモーズが何冊か手に取ってみたところ、虫食いや水濡れなどはなく、綺麗に形状が残っている。読むのに支障はない。
ただし、書き込まれた文字の羅列は全て暗号化されていて、普通に読んだだけでは虫の観察日記にしか見えない状態であった。
読めはするが、読めない。未知の感覚にモーズは戸惑う。
(そういえばトルコで、所長はフランチェスコの暗号を解いたと言っていたな……。手が空いたら頼ってみよう)
文字からの情報収集は一旦、諦め、モーズは台所の実験跡を見て回る事とした。
薬草。鉱物。動物の骨。虫の死骸。虫の、卵。探ってみると色々な物が出てくる。
「先生、何だか小動物の骨がいっぱい出てくるのですが……?」
机の下や椅子の下に転がるそれらを見て、セレンは露骨に嫌な顔を浮かべた。
「動物実験の形跡だろう。この骨になった動物の種類は、珊瑚症に感染しやすいものだな。もしかしたら既に感染している個体を集め、蝿の実験をしていたのか?」
「蝿? 蝿と『珊瑚』がどう関係しているのー?」
テトラミックスの疑問は至極真っ当だ。
蝿も『珊瑚』に感染自体はするものの、あまり取り上げられない。意外と症例が少ないのだ。ただ単語を並べただけでは、関連性は希薄だと受け取るのが常識的な反応である。
「此処で研究をしていたフランチェスコは『珊瑚』を食べる蝿を品種改良で生み出した、らしい。詳細はまだわからないが……」
蝿と治療、という単語を並べた時に結び付けられる言葉が、一つある。
「『マゴットセラピー』から、着想を得た物だと推測する」
マゴットセラピー。
太古から近代に入るまで行われていた、原始的な治療の一つ。
それは蝿の幼虫、蛆に傷口を食べさせ、壊死組織のみを除去する事で傷の再生を促進させる方法。
まず蛆を無菌状態で繁殖させる。その蛆を患部に起き、呼吸穴を開けたカバーで覆う。そうする事で壊死組織のみを分泌液で選択的に溶かし、食し、人間がメスで腫瘍を取り除くかのように、切除ができる。
この治療方法は第二次世界大戦時まで積極的に行われていたうえに、2320年現在でも保険外とは言え受ける事ができる医療だ。
「壊死組織を珊瑚置換部位に、幼虫だけでなく成虫までも食するのは驚きだが……。人間を宿主にするのは、蝿が動物に寄生する蝿蛆症の応用だと思われるがな」
「ようそしょう……?」
「わー。絶対、想像したくない病気だー」
聞き慣れない単語に戸惑うセレンに、何となくどのような病気かわかった為に頭の中からそのワードを追い出そうとするテトラミックス。
事実、マゴットセラピーも蝿蛆症も絵面はグロテスクそのものである。特に虫に避けられる事が多いウミヘビは虫特有の生理的嫌悪に慣れておらず、人間よりも耐性がない事だろう。
ブロムは慣れきっているので涼しい顔をしているが。
「此処での調べ物は虫に関する事だ。気分が悪くなる事も多いだろう。無理をせず、外に出ていても……」
「モーズ先生を置いていけませんよ!? 昨晩だけでも嫌だったというのに!」
「俺もまー、頑張るー」
「そ、そうか。まぁ深刻な事態になる前には伝えてくれ」
それからも暫く、セレン達が街で買って来てくれた朝食を挟みながらも、フランチェスコの残した痕跡を調べて回っていると――
『アンチモン!!』
突然、大声が台所に響いた。
音の発生源は、部屋の隅で不快そうな表情を浮かべていたアンチモンの手首、腕時計型電子機器からだ。
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