毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第566話 罪滅ぼしを。贖罪を。

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 ――そんな所で、何を見ているの?

 あれは10歳にも満たなかった頃。

 ――蛇を観察しているんだ。モーズも見る?

 僕はネズミを捕食している最中の蛇を観察していた。

 ――その蛇は毒蛇だよ、あまり近よらない方がいい。
 ――そうなの?
 ――クサリヘビだ。図鑑にのってた。
 ――じゃあ、ちょっと距離をとって観察をしよう。

 モーズに注意を受けても、少し距離を取るぐらいで蛇から目を離さなかった。

 ――観察をやめる気はないの? こないだは小一時間アリの行列をながめていたし、そんなに楽しい?
 ――うん、楽しい。

 昔から観察するのが好きだった。特に虫を観察するのが。
 機械的で無駄のない活動をして、群れだろうと一律で行動する不思議な生物。僕の好奇心を掴んで離さない。

 ――僕はねモーズ、物事は観察してはじめて存在する、って考えているんだ。
 ――哲学の話? 見えても見えなくとも、空気のようにあるものはあって、ないものはないと思うんだけど。
 ――見えないものは見える状態に落とし込んでから観察するんだよ。じゃなきゃ人はレントゲンやサーモグラフィーを発明してない。
 ――それも、そうかな。

 モーズは納得したようなしないような、曖昧な表情を浮かべていたっけ。

 ――今でも見えないから存在していない物って、沢山あるんだろうな。モーズなら何が見えるようになると嬉しい? 宇宙の果て? 地球の中心? 深海の底? それとも、未来とか。
 ――いきなりきかれても回答に困るなぁ。でもそう、だね。《道標》が見えるようになれば頼もしい、かもしれない。
 ――道標?
 ――道に迷った時、選択に迷った時、何でもいいけれど、道標があれば無駄な時間をすごさなくてすむから。
 ――えぇ~。モーズの答えは面白くないなぁ。
 ――えっ。
 ――迷って悩んで戸惑って寄り道しての方が人生面白いし、そうしないと出会えないこともあるものだよ。僕は短距離走より長距離走、それも障害物競争の方が好き~。

 そもそもイタリアからフランスに向かうっていう冒険を経てなかったら、僕はモーズと会えなかったからね。
 失ったものも大きかったけど、失うばかりじゃなかったと思えるのは、きっと幸せな事だ。

 ――うぅん。わからないな。結果を手早く求めるのがそんなに悪いとは、思わないんだけど。
 ――悪いとは言ってないよ。好みの問題だ。……でも。

 僕は、君と出会えてよかった。

 ――モーズにもいつかわかってくれたら、嬉しいなぁ。

 ◇

 出会わなければよかった。
 僕は何をした? 何を考えていた? 昨晩は自分が自分じゃなかったみたいだ。あの真っ赤な目玉を見た所為? 幻覚を見るぐらい具合が悪かった所為?
 いいや、いいや、そんなのただの言い訳だ。
 僕はモーズに感染うつしてしまった。意図的に。幼稚な願望を叶える為に。
 最低だ。最悪だ。鬼畜で非道で外道。
 まだモーズには陽性反応が出ていないけど、きっと近いうちに出てしまう。何故だかわからないけど確信がある。
 離れた方がいい。別居しよう。僕はモーズにそう持ちかけた。モーズは渋っていた。医者を志すにあたって、民間人よりも感染リスクが高い環境にいるのは重々承知していたから、特に慌てる事なく引っ越しを急ごうとしなかった。お金に余裕がないからスピーディーに動けない事情もあったけど。
 半端な時期だから軍の寮も満室で空きがなく、そうこうしている内にモーズの感染も確定した。予想通りだ。これで離れる意味はなくなったからと、ルームシェアは継続された。

 嬉しいのに、嬉しくない。
 罪悪感に蝕まれる。自己嫌悪に苛まれる。全部全部、僕が悪いんだ。
 父さんと母さんと一緒に死んでいればよかっただろうか。孤児院に入らなければよかっただろうか。君と出会わなければよかっただろうか。医者を目指さなければよかっただろうか。モーズが僕に付き添ってくれたのを、隣に立ってくれたのを、歓迎しなければよかっただろうか。突き放せばよかっただろうか。
 そしたら君が感染する事なんてなかっただろうか。
 考えても答えなんて出ない。所詮は全部、たらればにしかならない。
 こうなってしまっては、後戻りはできない。時間は前にしか進まない。
 治さなくては。消さなくては。取り除かなくては。モーズの中に埋め込められた異物、全て。
 罪滅ぼしを。贖罪を。一刻も早く。

 頭痛がする。目眩がする。真っ赤な目玉に見られている気がする。
 鬱陶しい。
 視線なんて気にしている暇はないんだ。まずは医者にならないと。試験を早く受ける方法はあるかな? ミシェル院長に口添えしたら手を回してくれる? 何でもいい、頼ろう。
 僕は両親の遺品、写真の裏に書かれていた番号を携帯端末に打ってコンタクトを試みた。その番号は生きていて、ミシェル院長へメッセージを送る事ができた。そして驚く事にあの人は僕の事を覚えていた。孤児院に送る事しかできなかった事を、ずっと気にしていたと話してくれた。あの人の計らいで、上級者に混じってこっそり試験を受けた僕は、僕は同期よりも早く医師免許を取る事ができた。……モーズには、内緒。
 次は腰を据えて研究できる場所を探さないと。『珊瑚』を専門に扱っていると言えばオフィウクス・ラボだけど、あそこには推薦がないと入れないってミシェル院長は言っていた。実績も何もない僕が入所するのは難しそうだ。他に手は、何か手は、探さないと。
 ……あぁ、でもその前に、モーズから離れる前に、ずっと不信を抱いていた教会について、調べておこう。
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