毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第568話 下っ端の暗躍

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 フランスから出た僕は、トルコに辿り着いていた。
 なるべくフランスから離れた研究所を希望したら、此処へ誘導されたんだ。シスターを介して僕に送られた、秘密の招待状の案内で。
 ウロボロスの研究所は、一言で言えば陰鬱だった。
 窓一つない施設の中で、研究員が各々勝手に研究をしている。協調性なんてない。こき使える部下を持っている研究員やこの研究所の主任は偉ぶっていたけど、それだけ。個人主義が当たり前みたいだ。
 でも足並み揃える必要がないのは有り難い。『珊瑚』に集中できるから。
 とは言え新人で下っ端の僕は最初、施設の設備を覚えるのも兼ねて雑用係をやらされた。掃除に洗濯、備品の補充などなど。孤児院で家事を任されていた頃を思い出す。こんな事をしている場合ではないんだけど……。
 果ては解剖の手伝いや死体処理もやらされた。被験体を、人間を消耗品として扱うなんて、いかにも秘密組織らしい。かな? 嫌がらせも含めて汚れ仕事を押し付けられた可能性もあるけど。
 でも他の研究員の研究を覗き見られた事は、新しい知見を得る事に繋がった。

 特に衝撃だったのは、『珊瑚』の特性を利用して、不老不死になろうとしている人間がいると知った時だ。あのおぞましい真菌カビに身を委ねるだなんてゾッとしない。その研究員はどうして『珊瑚』に不老不死を見出したのか……。
 他所の研究所で活動していたその狂人は、『珊瑚』について調べ上げたデータを此処でも共有していた。動機はともかく、よく研究されている。データはとても参考になった。
 それから「モーズは被験体として優秀だ」と綴られた記録を見付けた。『珊瑚』がよく稀有な存在、らしい。……何それ。
 これはシスターがウロボロスへ流した情報で、専用のパソコンの中の、データファイルの片隅に置かれていた。シスターは子供を高く売る為に誇張表現を多用していたから、この情報は信憑性なしとして放っておかれていたみたい。モーズ以外にも見知った子供の名前が並べられていた。孤児院に居た子だ、皆んな。これじゃ片っ端から名簿を送っているように見られても仕方がない。

『仮に本当だとして、子供の内に『収穫』をしても仕方がない。大人になってあわよくば医者になって、外から沢山の刺激を受け育った後は――』

 ブツン
 そこまで備考を読んで、僕はデータをデリートした。
 トルコここだけに限らず、他所の研究所にも侵入してデータを破壊した。モーズの存在は徹底的に消した。
 『珊瑚』に馴染む存在、『適合者』は『珊瑚』の進化を促進するとして、どこかの研究員は重要視していたようだ。
 けどその研究員、もういないみたい。所属していた研究所が閉鎖されてしまったから。正確には摘発されたらしいんだけど、どっちにしろ生きているのか死んでいるのかもわからない。
 都合がいい。
 ファイルの片隅に放って置かれたデータは、モーズの存在はこのまま忘れ去られる筈だ。見返す存在がいないのだから。万が一、現れるとしても僕が妨害しよう。そう結論づけて、僕は勝手に研究を引き継ぎ、資料や情報を独占した。

 世間一般的に認識されている珊瑚症のステージは五段階。
 身体を侵蝕する『珊瑚』の割合が増える程にステージは上がっていき、ステージ4までになると理性を失い攻撃的になってしまう。更に進んでステージ5になってしまえば災害怪物になる。麻酔も効かない、増殖だけを目的とした『珊瑚』そのものに。
 でも研究資料にはという記述があった。

 それは『適合者』にしか辿り着けない特別な領域。人間性を保ったまま全身を『珊瑚』へ置換できる存在。
 苗床に成り果てる事なく動け、それどころか苗床を己が理想のままに創造する事も出来てしまうのだと。
 ステージ5を操り、菌糸ネットワークによって苗床を隅々まで知覚でき、『珊瑚』の増殖によってどんな造形も叶えられる、そんな楽園の中で神のように振る舞える――いわば、箱庭の皇帝。
 しかしこれで完成ではない。食物連鎖の頂点には立てない。霊長類に取って代わられる訳ではない。

 何故ならば《ウミヘビ》と言う天敵が存在するから。

(ウミヘビ?)

 僕はこの時、初めてウミヘビと名付けられた人造人間ホムンクルスの存在を知った。かつてウロボロスに所属していたオフィウクス・ラボの所長、パラケルススが作り上げたものらしい。
 胸に埋め込まれた青い卵を核として、青い血を全身に巡らせ、毒素を源に活動する。しかも不老で再生能力を持つ、ウロボロスの目指す不老不死に非常に近い生態……生態? 特徴がある。
 そしてこのウミヘビは病に罹らず、人類を蝕む『珊瑚』をいとも簡単に死滅させられる。過去の大規模な生物災害バイオハザードは、ウミヘビの手によって鎮められた。
 表では秘匿されていた記録にも辿り着けた僕は、『珊瑚』に打ち勝つ力を持つウミヘビに興味を持ち、片端から調べた。そしてどうにかウミヘビの『レシピ』に辿り着けたんだ。
 わかったのは、ウミヘビは《卵》がなければ造れない事。
 肉体の造り方も難易度が高い事。
 人間と同じ思考を持つ為に制御が難しい事。
 完璧なレシピを把握しているのはパラケルススだけという事。
 あと、一人造るのになかなかお金がかかる事。

 でも僕はウミヘビを諦めたくなかった。
 僕にはフランス感染病棟から出る時、ミシェル院長が渡してくれたお金がある。逃走資金用にって事だったんだろうけど、思ったよりすんなりとウロボロスに辿り着けたから使っていない。それと両親の遺産を合わせればそれなりの金額になる。
 待って。そもそもウミヘビを造れるだけの設備が此処にはあるのかな? 材料を入手する伝手も確認しなくては。
 何より《卵》は、どうすれば手に入れられる?
 これが一番大切だ。ウロボロスで造られていたのだから、何処かにはあると思うのだけれど……。
 ……下っ端で新人の僕では限界があるね。こういう時は上に頼るのがいい。
 僕は研究所内で大きな顔をしている主任に取り入る事にした。彼が着手していた実験の手伝いをしたり、研究データを纏めたり……。
 それから研究所の予算を横領していた証拠を整理して突きつけてお願いすれば、主任は簡単に僕の味方になってくれた。

 そうして研究所全体でウミヘビ造りを主題とした研究が始まったんだ。
 その過程で《卵》をちゃんと入手できる辺り、ウロボロスという組織の大規模さと人脈を感じたね。
 ウミヘビの肉体……《器》と呼ばれていたっけ、それを造るのには苦労したけど。何せちょっとやそっとじゃ全く《卵》が馴染まないんだ。《卵》の持つ毒素に侵され壊れてしまう。毒素に耐え切れなければ《器》は《器》たり得ない。これだけ強い毒素を持つウミヘビは他にもなかなかいないらしくって、主任含め皆んな頭を悩ませていたな。最終的に培養槽の培養液で、毒素をある程度中和する事によって《器》の崩壊を防ぐ方法を見付けた。主に僕が。
 人間で言う脳に当たる機関も未熟で、そっちの意味でも外では活動できないとして、睡眠学習や《器》を調整する為にも、当分は培養槽から出さないっていう結論に落ち着いた。

 ウミヘビの名前は、宿す毒素から《パラチオン》と名付けられた。
 生物兵器としての活躍を望まれて造られた子。
 僕が勝手に、『珊瑚』を殺してくれる事を期待している子。
 培養槽の中で一日の、いや一週間の大半を眠って過ごす君は、青年の姿をしている筈なのに、膝を抱えて丸くなって、何処か幼い顔をしていて。

 僕は胸がキュッと締め付けられる錯覚に陥った。
 
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