毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第572話 台所の実験室

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 オフィウクス・ラボの使者は直ぐにやってきた。リークから2日も経っていなかったと思うけど、凄く迅速だ。
 迅速に、研究所へかち込んだ。正面から堂々と入って行って、研究員の困惑やら抵抗やら全て無視して片っ端から捕らえていた。ウミヘビも沢山連れているし、物理的にも潰す気なんだろう。

「慣れているなぁ」

 僕は研究所に仕込んだ監視カメラの映像を眺めながら呟く。
 裏口からいつでも逃げられるように準備をしていてよかった。このまま残っていたら僕もとっ捕まっていたよ。今パソコンの画面に映っている、十字剣のフェイスマスクを付けた人があのパラケルススなんだよね? 全身を見るのは初めてだけど思ったより小柄というか華奢というか……。
 ……子供?
 骨格が成人男性として見るには違和感がある。とっくに40歳を超えている筈なのに。もしかしてあの連れ歩いている、アイギスの不老の効果の結果なのかな?
 っと、考察している場合じゃない。裏口から出て茂みに身を隠してはいるものの、僕もいつ見付かるかわからないからね。

「先生、移動するのですか?」

 しかもブロムを連れ出しているんだ。
 今はまだパラケルススはブロムの存在に気付いていないだろうけど、いずれ研究所に残ったデータから辿り着く筈だ。暗号化してあるけど、あの人ならそう時間をかけずに解いてしまうだろうし。

「そうだね。直ぐここを離れよう」
「わかりました、フランチェスコ先生」
「……ん? あぁ、ちょっとだけ待って。ブロム」

 ブロムと一緒に出発しようとしたその時、僕は路肩に停まる空陸両用車が視界に入った。オフィウクス・ラボの車だ。運転席にはルービックキューブを弄っている赤毛の男が座っている。
 僕の記憶が正しければ、彼はテトラミックス。
 第三課に所属している、毒素の強い、それでいて穏やかな性格をしたウミヘビ。
 味方に取り込めば心強いかもしれない……。
 いや、何を考えているんだ僕は。見ず知らずの僕の話なんてまず聞かないだろう。怪しい動きをすればパラケルススに目を付けられる。ブロムを奪われたら僕の目標が果たせない。都合のいい妄想は放っておいて、次の目的地を……。
 ……。…………。

 結局、僕はテトラミックスへ声をかけた。
 当たり前だけど誘いは断られた。時間と労力のロスだ。本当に。
 でも不思議と後悔していない。
 たった一人で待ちぼうけを受けるテトラミックスの姿が、たった一人で寝室に押し込められていたモーズの姿と、重なって見えたからかな?

 ◇

 トルコを出る前にアイギスを手に入れられないか試したけど、駄目だった。
 ブロムに怪我をさせて終わってしまった。悪い事をしたな。元々、分の悪い賭けだとは認識していたけど、あそこまで拒絶されるなんてね。国連がアイギスを利用できない訳だ。
 でも何も出来ないまま帰るのも何だから、僕はブロムに頼んで天井に落書きをして貰った。青い血を使ったから、まず消えないだろう落書き。
 パラケルススはそのうち、僕の足跡を辿ってここに来るだろう。その時、僕が残した落書きを見る筈。でも意味を解けるのは、モーズだけだ。
 モーズが今どこに居て、これからどんな道筋を辿るかわからないけど……。
 僕とモーズに接点があると知ったら、パラケルススはモーズに接触して、いつか此処に連れて来てくれるかもしれない。そこから僕の軌跡を辿ってくれるかもしれない。
 まぁ、実際どう転ぶかはわからないけどね。これは全部、こうなったらいいな、なんて都合よく考えた僕の願望だから。
 でも、もし僕に今後何かあった時に……。
 ……託したいのは、モーズだから。

 それから僕はトルコを去って、ほとんど徒歩で移動をした。
 目的地はフランスのプロヴァンス地方にある、僕の故郷。
 教会と、そこに付属する孤児院。
 2年ぶりに訪れた僕をシスターは温かく迎えてくれた。ちょっと落ち着きがなかったけど。勘がいいね、シスター。
 この土地ぜーんぶ、僕に頂戴?

 元々、シスターがしていた悪業の証拠は押さえていたから、逮捕まで早かったなぁ。これも匿名での通報だったんだけど、送り付けた証拠品が決定的だったから、警察は見逃せないしシスターも言い逃れできなかった。のかな?
 シスターを堀の向こうへ追いやった後、孤児院にいた子供達は他所の施設へ引き取られて行っていた。散り散りになって。
 こうして無人になった孤児院を、僕とブロムが独占したんだ。
 ここを拠点に選んだのは愛着があるから、地の利があるからとか、そういうのも理由に含まれてはいるけれど、一番は潜伏するのに都合がいいからだ。
 ここには発電機も井戸もある。近くにある森は自然が豊かで、木の実も山菜も獣の肉もある。二人暮らし、それも必要エネルギーが少ないブロムと暮らすには充分過ぎるほど自給自足ができるから、街に買い出しに行くのは月に一度ぐらいで済むんだ。
 これであの『珊瑚』の怪物に見付かる事はないだろうし、勝手にウロボロスを抜けた、何なら不利益を被せた裏切り者である僕を研究員が探し出すのも難しい筈だ。
 誰の目も気にせず、腰を据えて研究ができる。

 昔、モーズが話してくれた事を思い出す。
 錬金術師は台所で実験をする事もあったんだって。
 僕も今、台所で実験をしているよ。モーズはよく此処で調理をしていたね。朝ご飯に昼ご飯、夜ご飯。お菓子にケーキにお祭りのご馳走だって、何でも作っていた。
 魔法のように。
 ねぇ、僕も魔法を使えるかな? 君から異物を取り除く魔法。ウミヘビの血の実験は失敗してしまったけど、次の手も考えてあるんだ。

 ブゥン。ブブゥン。

 その手を閃いたのは、森の中。
 腐肉に、蝿が集っているのを見た時。
 『珊瑚』に侵されている腐肉を、貪っているのを見た時。

 この蝿を、研究しようと思う。
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