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第二十七章 虫籠の底
第573話 ハルパー
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蝿に目を付けたのは、たまたまだ。
いや今までの積み重ねも関係はしているんだけど、『珊瑚』に感染した腐肉に群がる蝿を見かけたのがキッカケ。
僕は小さい頃から虫が好きで、視界に虫が入るとつい目で追ってしまうから、それで気が付いたんだ。『珊瑚』は沢山の人が研究をしていて、ウロボロスでも不老不死の可能性として研究している人も居たけど、多分誰も気付いていないんじゃないかな?
腐肉に蝿が集るのなんて、普通の光景だからね。
でもさ、『珊瑚』は虫にも感染をするんだ。寄生をするんだ。明確に害のある対象に、安易に近付く? それに『珊瑚』は細胞が固いから食べるのに向かない。なのに敢えて感染した腐肉に群がっている理由は何だろう? って考えた所、寧ろ危険だから近付いているんじゃないか、って仮説が思い付いた。
感染した対象には他の虫、それどころか哺乳類だって近寄らない。独占が出来る。
虫という生き物は成虫になるのが一握りという前提で、沢山の卵を産んで繁殖する。だから多少の危険は目を瞑って餌に群がるんだろうね。リスクよりリターンを取ったんだ。菌床の『珊瑚』や活動が活発なステージ5に比べたら、その辺に転がっている腐肉なんてぐっと危険性が低いし。
それから、操られていない事にも気が付いた。感染自体はする。養分になって干からびている事も多い。でもこの腐肉に集う蝿は、どうしてか攻撃性を発揮しない。『珊瑚』を繁殖する為の操り人形にならない。
どうしてだろうかと、僕は台所で観察を続けた。そしてわかった。
共食いをしている。
蝿は感染した対象がわかるようで、寄生によって身体が操られる前に他の蝿に喰われて事なきを得ている。
喰われる蝿は抵抗もなくその身を明け渡し、次世代の橋渡しをしていた。
どこまでも機械的だ。システマチック。感動を覚えてしまうね。
僕の隣で実験を見守ってたブロムは不快感を覚えていたけど。ごめん。慣れて。
ブロムに見せて聞かせて、研究を記録させてはいるけれど、本にも残そうかな。そうしたらいつでも気軽に見返せるし、リスク分散にもなる。
誰彼構わず読み解けないよう、研究記録は昆虫日記風にしよう。ペガサス教団なんていうカルトが此処を訪れて、『珊瑚』を殺す書物を見かけて焼く――なんて事も、なくはないんだ。
ドイツ感染病棟で起きた、ペガサス教団が元凶って噂の災害を考えても、用心するに越した事はない。
僕は街でノートとペンを沢山買って孤児院に戻って来ると、白紙に文字を埋め始めた。
◇
やっぱり、虫は面白いね。世代交代が早いからどんどん進化していく。
『珊瑚』の腐肉を喰らうに最適化していった蝿は、いつしか強靭な顎を持つようになって、『珊瑚』ごと腐肉を喰らうようになっていった。子実体を腹の中に収めたら感染するんじゃないかと思ったけど、予想に反して蝿は感染しない。
抗体ができた?
いや、少し違うな。感染はしているんだ。でも問題なくなってしまった。『珊瑚』の胞子は粘膜感染の場合、ゆっくりと感染していく。ワクチンをしていない人間の場合、感染した『珊瑚』が全身に広がるまでおおよそ10ヶ月かかる。鼠の場合は5日。虫は一日足らずと更に短い。
けど虫は元々、寿命が短い。蝿の場合、早くて二週間。環境が良ければ一ヶ月生きられる場合もあるけど、そんな運による結果、蝿は考えていないだろう。
一週間。成虫となってからの一週間を期限として、『珊瑚』の侵蝕を耐えた後に蝿は寿命を迎えているんだ。
蝿は世代交代を重ね進化を遂げ、『珊瑚』の侵蝕スピードを遅らせるのに成功していた。自前のワクチンを体内で形成するようになった、と考えたらいいかな? 根絶ができなくったって、全身に巡って悪さをする前にこの世を去れば問題がない。朽ちた蝿は他の蝿が捕食すれば無駄も出ない。合理性の権化だね。
長命だからこそ問題になる病は沢山ある。人間の場合は癌や認知症が当てはまるね。
けど、まさか命を投げ捨てる方向で感染を解決するなんて。人間には出来ない芸当だ。
とても真似できない。けど、使える。ウミヘビとは全く違う方向で『珊瑚』に対抗できるんだ。使い道がない訳ない。
僕は更に蝿の世代交代を進めた。
その結果、一般的な蝿とは全然違う方向に進化していった。腐肉じゃなく、『珊瑚』を積極的に喰らうようになったんだ。成虫が『珊瑚』を栄養源として認識したから、卵までも『珊瑚』へ植え付けて――孵化した蛆は、『珊瑚』を食べるようになった。
こうなると消費スピードが段違いになる。蛆を植え付けられた腐肉は、『珊瑚』ごと溶けるようになくなった。こうも明確に『珊瑚』が負けるなんて笑っちゃうな。そう仕向けたのは僕だけど。試行錯誤を重ねた甲斐があった。『珊瑚』も進化や増殖スピードが早いけど、質量を増やす点に関しては虫に劣るんだ。ステージ5まで進化してなきゃ、所詮は真菌なんてこんなもの。って事なのかも。そのうち菌床に放てば、この蝿が菌床を枯らしてくれるようになるかもしれないね。
もう新しい種として認識した方がいいかもしれない。区別をする為にも名前を付けよう。
名前、名前は、うーん。
あぁ、そうだ。
《ハルパー》。
ハルパーと呼ぼう。メデューサを殺すのに使われた武器の名前。
『珊瑚』を殺す蝿に、ぴったりの名前だ。
いや今までの積み重ねも関係はしているんだけど、『珊瑚』に感染した腐肉に群がる蝿を見かけたのがキッカケ。
僕は小さい頃から虫が好きで、視界に虫が入るとつい目で追ってしまうから、それで気が付いたんだ。『珊瑚』は沢山の人が研究をしていて、ウロボロスでも不老不死の可能性として研究している人も居たけど、多分誰も気付いていないんじゃないかな?
腐肉に蝿が集るのなんて、普通の光景だからね。
でもさ、『珊瑚』は虫にも感染をするんだ。寄生をするんだ。明確に害のある対象に、安易に近付く? それに『珊瑚』は細胞が固いから食べるのに向かない。なのに敢えて感染した腐肉に群がっている理由は何だろう? って考えた所、寧ろ危険だから近付いているんじゃないか、って仮説が思い付いた。
感染した対象には他の虫、それどころか哺乳類だって近寄らない。独占が出来る。
虫という生き物は成虫になるのが一握りという前提で、沢山の卵を産んで繁殖する。だから多少の危険は目を瞑って餌に群がるんだろうね。リスクよりリターンを取ったんだ。菌床の『珊瑚』や活動が活発なステージ5に比べたら、その辺に転がっている腐肉なんてぐっと危険性が低いし。
それから、操られていない事にも気が付いた。感染自体はする。養分になって干からびている事も多い。でもこの腐肉に集う蝿は、どうしてか攻撃性を発揮しない。『珊瑚』を繁殖する為の操り人形にならない。
どうしてだろうかと、僕は台所で観察を続けた。そしてわかった。
共食いをしている。
蝿は感染した対象がわかるようで、寄生によって身体が操られる前に他の蝿に喰われて事なきを得ている。
喰われる蝿は抵抗もなくその身を明け渡し、次世代の橋渡しをしていた。
どこまでも機械的だ。システマチック。感動を覚えてしまうね。
僕の隣で実験を見守ってたブロムは不快感を覚えていたけど。ごめん。慣れて。
ブロムに見せて聞かせて、研究を記録させてはいるけれど、本にも残そうかな。そうしたらいつでも気軽に見返せるし、リスク分散にもなる。
誰彼構わず読み解けないよう、研究記録は昆虫日記風にしよう。ペガサス教団なんていうカルトが此処を訪れて、『珊瑚』を殺す書物を見かけて焼く――なんて事も、なくはないんだ。
ドイツ感染病棟で起きた、ペガサス教団が元凶って噂の災害を考えても、用心するに越した事はない。
僕は街でノートとペンを沢山買って孤児院に戻って来ると、白紙に文字を埋め始めた。
◇
やっぱり、虫は面白いね。世代交代が早いからどんどん進化していく。
『珊瑚』の腐肉を喰らうに最適化していった蝿は、いつしか強靭な顎を持つようになって、『珊瑚』ごと腐肉を喰らうようになっていった。子実体を腹の中に収めたら感染するんじゃないかと思ったけど、予想に反して蝿は感染しない。
抗体ができた?
いや、少し違うな。感染はしているんだ。でも問題なくなってしまった。『珊瑚』の胞子は粘膜感染の場合、ゆっくりと感染していく。ワクチンをしていない人間の場合、感染した『珊瑚』が全身に広がるまでおおよそ10ヶ月かかる。鼠の場合は5日。虫は一日足らずと更に短い。
けど虫は元々、寿命が短い。蝿の場合、早くて二週間。環境が良ければ一ヶ月生きられる場合もあるけど、そんな運による結果、蝿は考えていないだろう。
一週間。成虫となってからの一週間を期限として、『珊瑚』の侵蝕を耐えた後に蝿は寿命を迎えているんだ。
蝿は世代交代を重ね進化を遂げ、『珊瑚』の侵蝕スピードを遅らせるのに成功していた。自前のワクチンを体内で形成するようになった、と考えたらいいかな? 根絶ができなくったって、全身に巡って悪さをする前にこの世を去れば問題がない。朽ちた蝿は他の蝿が捕食すれば無駄も出ない。合理性の権化だね。
長命だからこそ問題になる病は沢山ある。人間の場合は癌や認知症が当てはまるね。
けど、まさか命を投げ捨てる方向で感染を解決するなんて。人間には出来ない芸当だ。
とても真似できない。けど、使える。ウミヘビとは全く違う方向で『珊瑚』に対抗できるんだ。使い道がない訳ない。
僕は更に蝿の世代交代を進めた。
その結果、一般的な蝿とは全然違う方向に進化していった。腐肉じゃなく、『珊瑚』を積極的に喰らうようになったんだ。成虫が『珊瑚』を栄養源として認識したから、卵までも『珊瑚』へ植え付けて――孵化した蛆は、『珊瑚』を食べるようになった。
こうなると消費スピードが段違いになる。蛆を植え付けられた腐肉は、『珊瑚』ごと溶けるようになくなった。こうも明確に『珊瑚』が負けるなんて笑っちゃうな。そう仕向けたのは僕だけど。試行錯誤を重ねた甲斐があった。『珊瑚』も進化や増殖スピードが早いけど、質量を増やす点に関しては虫に劣るんだ。ステージ5まで進化してなきゃ、所詮は真菌なんてこんなもの。って事なのかも。そのうち菌床に放てば、この蝿が菌床を枯らしてくれるようになるかもしれないね。
もう新しい種として認識した方がいいかもしれない。区別をする為にも名前を付けよう。
名前、名前は、うーん。
あぁ、そうだ。
《ハルパー》。
ハルパーと呼ぼう。メデューサを殺すのに使われた武器の名前。
『珊瑚』を殺す蝿に、ぴったりの名前だ。
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