毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第574話 記憶障害

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 ハルパーの使い道は決めてある。その使い道の為に進化をさせた。
 寄生虫。
 ハルパーには、寄生菌を喰らい尽くす寄生虫になって貰う。
 世界には既に「マゴットセラピー』っていう治療法があるんだ。対象を腐肉じゃなく『珊瑚』にするのだって出来る筈だ。
 まずは鼠に寄生させよう。その次はモルモット。その次はフェレット。兎。犬。豚。猿……。
 『珊瑚』に感染したかと思えばハルパーに寄生されて、骨になるまで消耗されていく小動物を眺めて、僕は失笑する。此処に愛護団体の人間がいたら、僕を悪魔だと非難するだろうね。
 ウロボロスに居た頃は動物どころか浮浪者やら孤児やら、命を命と思わないで消費していたけど、不老不死を目指している組織の割に命を尊ばない。僕含めて。こんな実験、人類の為でも何でもなく、極々個人の願望エゴだ。ウロボロスも自分自身と、クライアントに当たる国連の為。そのクライアントの正体は何なのか。興味がなかったし下っ端だった僕に仔細を語られる事はなかったから知らないけど、横暴で独善的な人間なんじゃないかとぼんやりと想像する。

 人工人体でも使えれば、より早く正確な実験が望める。でもあれは高級品だ。僕の力じゃ手に入れられない。
 だから猿の次は、僕自身を実験台にしなきゃ、この治療方法は完成させられない。
 ブロムには反対されたな。虫に身体を喰わせるなんて危険だから止めてくれ、と。けど何もしないままでいたら珊瑚症は進行していく。僕の身体を作り替えて脳を支配して、増殖だけを望む養分へ変貌させる。そうしたらブロムを襲うかもしれないし、ブロムに僕の始末を任せる事になるかもしれない。
 そう伝えたら、ブロムはグッと唇を噛み締めて暗い顔をした。
 脅しているようでごめんね。でも本当の事だ。
 感染した『珊瑚』から逃れる術は、まだ誰も見付けられていないんだから。

 コールドスリープの存在は当然、知っていたけど、僕がそれをブロムに伝える事はなかった。
 だって使えないから。
 僕は潜伏しているんだ。誰にも見付かってはいけない。頼ってはいけない。これは身の安全を守る為に必要なこと。でもそれ以上に、僕だけの力で『珊瑚』を殺して、モーズの身体から取り除く方法を探したいから。っていう思いが強い。
 モーズの『珊瑚』を殺すんだ。他でもない僕の手で、僕だけの力で。この役目は誰にも奪われたくない。共有したくない。抜け駆けも先駆けも許せない。
 だってそうじゃなきゃ、僕はいつ、贖罪が叶うんだい?

 僕は皮膚の下で蠢く蛆を眺めながら、もう3年も会えていないモーズの顔を思い浮かべていた。

 ◇

「フランチェスコ先生」

 あ。

「今日の朝食は、もう摂りましたよ」

 そうだっけ?

「ありがと。え、と」
「ブロムです。俺の名前は、ブロム」

 そう、そうだ。ブロム。ウミヘビ。僕が造った人造人間ホムンクルス

「ブロム。ハルパーは何匹、増えたんだっけ」
「今朝の段階で1,542,376匹です。うち半数は11時までに死にました」
「そっか。ありがと。君の記録は正確で、とても助かる」
「この程度の手伝い、幾らでもやりますから」
「優しい、ね。君は、ええと」
「ブロムです」

 そう、そうだ。ブロム。ウミヘビ。僕が造った人造人間ホムンクルス
 瞬間記憶能力カメラアイを持つ、僕の頼れる助手。

「やっぱり、君を連れてきてよかった」

 僕は木製椅子の背もたれに体重を預けて、薄く笑う。
 実験を進めるうちに、僕の記憶は欠けるようになってきた。
 昨日の事が思い出せない。今朝の事が思い出せない。今、何をしているのか思い出せない。ブロムの事が思い出せない。
 脳に侵蝕した『珊瑚』をハルパーが食べる事によって、脳が欠けていっているから、仕方がないんだけど。
 記憶がまだマシな状態の時、僕は研究記録を読み返す。何度でも。僕の軌跡を覚えてくれているブロムにも、今まであった事を話して貰う。
 何度でも。

「根気よく付き合ってくれて、ありがと。ブロム」
「お役に立てるのなら構いませんよ、フランチェスコ先生」

 ブロムは僕の向かいの席で、笑ってくれる。
 でも表情が悲しげだ。僕がこんな体たらくだからね。ごめんね。
 最初は潜伏に丁度いいからって理由で孤児院ここを拠点に選んだけど、脳に障害が出るようになってから、此処にして良かったと改めて痛感した。
 僕が育った場所だから、直近の記憶を失っても暮らしていける。
 寝室も水場も日用品の位置も忘れない。ハーブが採れる場所、虫が捕まえられる場所、モーズとの思い出、『珊瑚』への恨み辛み、書庫で勉強し合った日々。
 それから、それから。

「……此処で暮らしていた子供達は、何処に行ってしまったんだっけ?」
「全員、他所の施設へ引き取られていきました」
「そ、っか。そうだ。僕が、追い出したんだった」

 『珊瑚』を殺す研究をする為に、他を全て押し除けて此処に居座ったんだった。
 実験は、蝿は、ハルパーは、僕の理想に近い進化を遂げてくれている。方向性は間違えていない。でも記憶が保ち難くなってしまったから、効率がとても悪くなった。モーズがステージ5になる前にどうにかしたいのに、間に合わなかったらどうしよう。
 再生施術を受ける? 脳のクローンを作って移植する?
 どれも現実的じゃないな。資金と、素材と、設備と、よっぽど腕の立つ医者がいなければ成立しない解決方法。誰にも頼ろうとしなかった僕が、どうこうできる訳がない。

「ハルパーには、宿主の生活能力を欠けさせないように、調整しなきゃな……」

 宿主と共生できるようにしなくっちゃ。アイギスと同じように。寄生させて『珊瑚』を喰らい尽くす事が叶ったとしても、それが原因で宿主が死んでしまっては意味がない。
 生きなきゃ。生きて、生きて、生き抜いて。
 僕は、モーズに……。

(生きてさえいれば、って。誰が、言ってくれたんだっけ?)

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